限界オタクが同人活動してみたら
イオリの推し──ノヴァは敵であり、序盤に死んでしまうキャラクターであった。
公式でのグッズ展開はほぼないに等しく、ノヴァ推しは嘆いていた。
マイナーキャラにもファンはいる。
そして、マイナーキャラを推すオタク達は皆、かのマリー・アントワネットの有名な言葉を借りてこう言う。
──推しグッズがなければ、作れば良いじゃない!
明星寮のイオリの部屋。
イオリは創作活動に精を出していた。
限界オタクが狂気に至り、幻覚を出力する創作活動──同人活動である。
真っ白の紙に、思いつくまま絵と吹き出しと文字を描いていく。
内容は、ノヴァとリブラの和解の物語。
すれ違う二人、悲劇的な別れ、長きに渡る苦悩、そして、運命の再会──。
描く手が止まらず、百ページ越え待ったなしである。
──まずは、ネームだ。ネームを描き上げよう。
「──おや、芸術活動に精が出ますなあ、姉聖女殿」
「わあーっ!」
後ろから声をかけられ、イオリは肩を飛び上がらせた。
見られたらまずい、と咄嗟に原稿を腕で隠す。
振り向くと、見知った顔があった。
「きゃきゃきゃ、キャンサー先生!?」
【星の守護者】の一人、【蟹座の守護者】キャンサーだ。
彼には聖女勉強会で世話になっている。
キャンサーはにこりと微笑んだ。
「わはは。驚かせてしまいましたかな? これは失敬。ノックをしても、返事がないようでしたので」
「か、鍵は!?」
「かかっておりませんでしたよ?」
──鍵かけるの忘れてたー!?
イオリは机に突っ伏し、自分の危機感のなさにを憂いた。
キャンサーは顎を指で擦りながら、机に広がっている原稿に目を向ける。
「それにしても、姉聖女殿が我が同志だとは思いませんでしたぞ」
「キャンサーさんは字書きですもんね……」
「おや、よくご存知で」
キャンサーは自称・小説家だ。
だが、一冊も書き上げたことはないらしい。
故に、ストーリー内では『ニート』、『ボンボン』と好き勝手に言われている。
その代わりと言っては何だが、彼の固有スキルはかなり優秀だ。
魔王軍を戦うにあたり、非常に重要な戦力なり得るだろう。
本人は戦いたくないらしいが……。
「芸術は良い……」
キャンサーは胸に手を当て、ほう、と息を漏らす。
「真っ白なキャンバスに描かれる、作者だけの世界。それに値段をつけられるのだろうか。否、つけられない!」
──教科書通りの反語だぁ。
イオリはぼんやりとそう思った。
「しかし、値段をつけなければ売れないのも事実。安過ぎては軽んじられ、高過ぎれば手に取って貰えない。優れた創作者は大切に扱うべきだ。姉聖女殿もそう思いませんか?」
「思います」
イオリは真剣な顔で頷いた。
「原作者は勿論、二次創作者にも敬意を払います」
「人の心を打つ作品というのは、全ての人に認知されるべきだ。売れなさそうな作品でも市場に並べる機会は必要です。小生の創作物とか」
「なら、一作仕上げてみては……?」
「わはは」
キャンサーは笑って誤魔化した。
「……して、姉聖女殿は絵を描くのが趣味なのですかな?」
「ええ、まあ……」
「であれば、小生が画材を仕入れましょうか」
「い、いえ! そこまでは……」
イオリはデジタル絵しか描いて来なかったため、画材についてのこだわりがない。
今描いている漫画も羽ペン一つで仕上げる気満々であった。
「そうですかな。欲しい画材があれば、いつでも言って下され。少々、伝手がありましてな」
「ああ……。キャンサー先生のご実家は、大商会ですからね」
「おやおや、よくご存知で」
聖ソレイユ王国一の大商会・プレセペ商会。
キャンサーはそこの会長の息子である。
彼は売り手と買い手の橋渡しを担う両親を見て育った。
彼の人当たりの良さは、その環境で自然と備わったものであろう。
商人としての慧眼は、大人達から見ても舌を巻くほど。
だが、キャンサーは出来上がっているものに値段をつけて売るより、作り手になりたいのだという。
「それにしても……」
キャンサーはイオリの原稿を覗き込む。
「独特なタッチですな。シュールレアリズムですかな? 目が異様に大きい」
──誰がピカソじゃ。
イオリは心の中で悪態をつく。
「これは〝漫画〟です。物語を絵で見せる……みたいな感じです。こういう絵が今の漫画業界の流行りです」
「〝マンガ〟とな……。ほう……異世界ではこういう絵柄が主流だと……。この絵は何を表しているのですかな?」
キャンサーはとある絵を指差した。
「兄が弟に口枷をつけるシーンです」
「口枷を……?」
キャンサーは不思議そうな顔をする。
「下のコマはそれに対して弟が悪態をつくシーンですね」
「絵を二分割させているのですかな? シンメトリー、二分割構図……。それにしては、上の絵の比率が大きいような?」
「ここが魅せポイントですから。大きく枠を取りました」
──ノヴァくんの口枷は万病に効くからね。
イオリはうんうん、と頷いた。
「大小を変えて、絵にインパクトを持たせていると。ははあ、面白い技法ですな……」
キャンサーは感嘆の声を漏らす。
「技法ってほどじゃあ……」
「あの、この左下の端の小さな絵は?」
キャンサーは吹き出しだけの小さなコマを指差した。
「ああ、これは次のページに繋がるんです」
「次のページに……?」
「あ、えっと。漫画は一つの絵画ではなくて、たくさんの絵が繋がって、話が繋がるんです」
「絵本のようなものですかな?」
「まあ、そんな感じです」
「ではでは、この楕円の白枠は何を表しているんですかな?」
「これは吹き出しです。この中に文字を入れて、登場人物が話しているように見せてるんです」
「確かに横の人物が話しているように見えますな。異世界の文字は読めませんが……。もしや、姉聖女殿の母国の言語は縦読みが主流で?」
「私の母国語は縦でも横でも読めますが、漫画は大体縦読みですね」
「摩訶不思議な言語ですな……」
キャンサーは原稿の束を手に取り、ぱらぱらと見ていく。
──先生、漫画にかなり興味持ってるみたいだな……。私の漫画で異世界を知るのは勘弁して貰いたいんだけど。
イオリは恥ずかしくて、肩を縮こめた。
「ふむふむ。上から下に、右から左に読んでいく。漫画の読み方にはコツがいるのですね……」
キャンサーは感心する。
──確かに、私達って普通に漫画読んでるけど、全く漫画を知らない人は読めないよね。訓練されてるな、私達……。
イオリははは、と自嘲気味に笑った。
「それにしても、右綴じの本とは驚きました!」
キャンサーはパッと顔を上げた。
「この世界では左閉じが普通ですもんね」
「ええ! 横書きで、左から右に読んでいくのが主流です!」
【よぞミル】の世界の言語は英語とほぼ同じだ。
左から右に文字が書かれているから、必然的に本も左閉じになる。
「横文字の漫画もありますよ」
「そうなのですか!? つまり、この世界でもマンガの再現が可能……!?」
キャンサーは目を輝かせた。




