限界オタクが地理について勉強してみたら
「さて。ご両人、ここまでは良いですかな?」
キャンサーが区切りをつけた。
「はい!」とイオリは元気に返事をした。
ヒナは「多分……」と目を回しながら言った。
「次に地理をさらっと話して行きましょう……」
聖ソレイユ王国は四つの都市がある。
それぞれ、火の都、土の都、風の都、水の都、と呼ばれている。
女性向けソシャゲのキャラは、大体、グループ分けされている。
アイドル育成ゲームならばユニットで分けられ、ファンタジー色の強いゲームならば所属している国で分けられる、といった具合だ。
【よぞミル】では、出身の都によって、グループが分けられるのだ。
火の都は、聖ソレイユ王国の王都。
雲がかかることは滅多になく、太陽も星も毎日見ることが出来る、星の神に愛された都。
そのためか、火の都の民は情熱的でエネルギッシュな性格をしている。
火の都出身者は、牡羊座、獅子座、射手座。
──ベリエ王子とレオ騎士団長はここの出身。
土の都は、砂漠地帯。
原住民が住んでいたと言われる遺跡が、砂に埋もれている。
原住民と考古学者が集まる都だ。
原住民は享楽的な性格で、土の都の民も皆、それに当てはまる。
土の都出身者は、牡牛座、乙女座、山羊座。
──ヴァルゴ姉とシュタインボック様はここ。
風の都は、豪雪地帯。
雪と風が強く、子供は家の中にこもり、勉学に励む者達が多い。
子供のように純粋で、誠実な者が多い。
風の都出身者は、双子座、天秤座、水瓶座。
──ノヴァくんとリブラさんはここ。彼らの両親が投獄されている雪国監獄はここにある。
水の都は、運河地帯。
富裕層の住む綺麗な水の都がある反面、汚水が流れる貧民街もある、貧富の差が激しい地域。
水の都出身者は、蟹座、蠍座、魚座。
「キャンサー先生は水の都出身ですよ」
キャンサーは言う。
「水の都の民は、一見温厚に見えますが、皆腹に黒いものを抱えています。水の都の民と話すときは、簡単に信用しない方が良いですよ」
「キャンサー先生もですか?」
「おや、小生が陰険に見えますかな?」
「いいえ全く」
イオリは首を横に振った。
キャンサーはそれを見て、にっこりと微笑んだ。
「姉聖女殿は詐欺に気をつけた方が良いですな」
「えっ」
イオリがショックを受けている横で、ヒナは地図をじっと見つめていた。
「この国って結構広いのね。ヒナが知らないところばっかり。ゾンビの森へは、ドアを開いたら直ぐだったわ」
「それは錬金術で作られた〝ワープドア〟という代物ですな」
「わーぷどあ?」
ヒナの質問に、キャンサーは答えた。
「錬金術具〝ワープドア〟。ワープドアを通ると、遠くのワープドアへ、一瞬で移動出来る、とても便利な錬金術具です」
「へえ〜。何処へでもドアみたいね」
ヒナは、某漫画の某猫型ロボットが出すピンクのドアを思い出しているようだ。
「おや、聖女殿の世界にも、同じようなものがあるのですかな?」
「あはは。創作物の話ですよ。実在はしてません」
イオリが笑いながら答えた。
「異世界の創作物ですか。興味深いですな……。今度、詳しく聞かせて下さい」
「勿論です!」
イオリは大きく頷いた。
「ワープドアの話でしたな。ソレイユ城の地下には、ワープドアの間があります。そこから各地のワープドアへ自由に行き来できるのですよ。
「へえ、便利〜! それを使えば、何処へでも日帰り旅行が出来るじゃない!」
ヒナは目を輝かせた。
キャンサーは首を横に振った。
「旅行などの私用でワープドアを使うのは、許可されないでしょうな」
「許可?」
「ワープドアの使用には、王族またはワープドアの管理者の錬金術師の承認が必要でなのです」
「えー! 何でよ! 便利なんだから、自由に使って良いじゃない! 色んなところにワープドアを置いて、いつでも何処でも、一瞬で行けるようにしてよ!」
「そう出来たら良いのですがね。ワープドアには定期的なメンテナンスが必要でして。メンテナンスが出来る錬金術師も、足りていない状況なのです」
「メンテナンスなんて、誰かにやらせればよいでしょ」
「ワープドアのメンテナンスを怠ると、取り返しのつかない事故が起こる可能性があるのです」
「取り返しのつかない事故って何よ。故障でいざというときに使えなくなるとか?」
「それだけだったら良かったのですがね……」
キャンサーは含みのある言い方をした。
ヒナは気になって、キャンサーの次の言葉を待った。
「ワープドアの事故は本当に恐ろしく……。一歩、故障したワープドアに足を踏み入れただけで、体がバラバラになってしまうのです……」
「体が……!?」
ヒナがごくり、と唾を飲み込んだ。
「それだけではありません。バラバラになった体が、各地に飛び散ってしまうのです」
「その話、本当なの……?」
「本当にあった話です。何人もの人が犠牲になっています」
ヒナが口元に手を当てた。
「あのピンクのドアって実は結構危険……?」
「生物を瞬間移動させるには、時空間を超える必要がありますからな。細胞レベルに体を一度分解させて、移動位置で再構成する必要が──」
──SFホラーの話になってきた……。
イオリは呆れ、ヒナは話について行けず、ぽかんとしていた。
魔王軍の領地にもワープドアはあった。
イオリが魔王城に連れ去られるときと、【墓場の森】へノヴァと共に移動したときの二回、イオリは魔王軍のワープドアを通った。
ノヴァの管轄である【墓場の森】には、ワープドアが設置されていなかった。
ゾンビ達が勝手に通らないようにするためだろう。
そのため、移動の際は隣の【オークの山】のワープドアを使用した。
「ワープドアについてもっと詳しく語りたいのですが、今日はこの辺にしておきましょう」
ヒナはほっと胸を撫で下ろした。
話についていけなくて、眠くなっていたところだ。
それから、イオリとヒナは聖ソレイユ王国の歴史をさらっと聞かされた。
「──さて。今日の勉強会はここまでにしておきましょう。今回は初日ということで、さわりの部分だけ。次からは、もっと踏み込んだお話をする予定です。お疲れ様でした、聖女殿方」
「はい! ありがとうございました! キャンサー先生!」
イオリは頭を下げた。
居眠りをしていたヒナはイオリの声にハッと顔を上げた。
口元には涎の跡がある。
「今回の勉強会で何か質問がありましたら、是非、小生の部屋に聞きに来て下さいな。良い茶葉もご用意して致します」
キャンサーはそう言って微笑んだ。
 




