限界オタクが妹とエンカウントしてみたら
「──お姉ちゃん」
イオリとヴァルゴはハッとして、声のした方を見た。
廊下の真ん中で、妹聖女・ヒナが立っていた。
「ヒナ……」
イオリは身構えた。
「会議ではよくも、やってくれたわね。お姉ちゃんでしょ。リブラさんに色々吹き込んだの! 本当に最悪」
「私は、何も……」
「嘘! ヒナを偽聖女だって言いふらしたの、お姉ちゃんでしょ!? リブラさんにすっごく怒られたんだから!」
「それは──」
──『聖女の力が使える』って、ヒナが嘘をついたからじゃない。
イオリがそう言う前に、ヒナが次の言葉を発した。
「貯金箱の件もそう! 盗まれたとか大袈裟に言って、ヒナを悪者にして!」
「私は別に、ヒナを悪者にしたい訳じゃ……」
「みんなの前でヒナに恥をかかせて! 全部! お姉ちゃんのせいなんだからね!」
ヴァルゴがイオリを庇うように立つ。
「妹聖女ちゃん、アナタ、『お姉ちゃんが怖い。国内にいるのも怖い』って言ってなかったかしら。わざわざ会いに来るなんて、余程の大事な用事があるみたいね?」
ヒナはヴァルゴを睨みつけ、舌打ちをした。
「オカマがヒナに話しかけないで! キモい!」
「ちょっと、ヒナ! ヴァルゴ姉に失礼でしょ!」
イオリは堪らず叫んだ。
自分のことは何を言われても良い。
しかし、ヴァルゴを傷つけるような言葉は許せなかった。
そんなイオリの様子を、ヒナは鼻で笑った。
「『姉』〜? お姉ちゃん、そんな風に呼ばされてるの? 本当、オカマってキモい!」
「私が勝手にそう呼んでるだけ! ヴァルゴ姉は悪くないわ!」
「あ〜もう! うるっさいなあ!」
イオリは一度深呼吸して、怒りの気持ちを落ち着かせる。
「ヴァルゴ姉に酷いこと言わないで。ベリエ王子に口が悪い子だって知られたくないでしょう?」
「何? ヒナを脅してるの!?」
「ヴァルゴ姉がベリエ王子に、ヒナに何を言われたか、言わないとも限らないでしょう」
「誰がオカマの言うことなんて信じるもんですか! ベリエ王子はヒナの味方だもん!」
ヒナは頬を膨らませて言った。
「判断するのはベリエ王子だから」
イオリは努めて冷静に言う。
ヒナは眉を顰めた。
「やっぱり、あのゾンビに会ってから、お姉ちゃん変だわ。今まで、こんなに頑固だったことない……」
ヒナは親指の爪を噛む。
「あのゾンビに、何か悪い魔法にでもかけられたのね。リブラさんも同じ魔法をかけられて……。もしかしたら、会議で他の人も犠牲になってるかも!?」
「ノヴァくんは何もしてない。私もリブラさんも他の人も、正常よ」
「そんな訳ないじゃない! あんな死体で遊ぶキモい奴、みんなが庇うなんてあり得ないもの!」
そう叫び終えると、ヒナはぜーぜー、と肩で息をした。
苦しそうな様子に、イオリはヒナが心配になった。
「ちょっと、ヒナ、大丈夫……?」
イオリがヒナに手を伸ばすと、ヒナはその手を払い除けた。
「正常なのはヒナだけ……。ヒナが聖女の力を使えれば……」
ヒナはふらふらとした足取りで、その場を立ち去った。
ヒナの後ろ姿を見送った後、ヴァルゴは言った。
「……アナタも大変ね〜」
「ヴァルゴ姉……うちの妹が失礼なこと言ってすみません」
イオリは頭を下げた。
「アナタが謝ることないわ」
ヴァルゴは首を横に振った。
「それにしても、妹聖女ちゃんは大分参ってるみたいね」
「参ってる?」
「ベリエ殿下もおっしゃってたでしょ。この世界に来て、妹聖女ちゃんはお部屋で泣いてたって」
「そういえば、そんなこと言ってましたね……」
──あんまり、本気にしてなかったけど。
嘘泣きはヒナの十八番だ。
叱られたら、泣いて反省したふり。
悪者にされそうになったなら、泣いて被害者のふり。
ヒナの嘘泣きに騙される人は後を立たない。
イオリもその例に漏れない。
イオリは幾度となく、ヒナの嘘泣きに騙されてきた。
だから、今回も嘘泣きだろうとイオリは思っていた。
「ホームシックって奴よ。イオリちゃんもわかるでしょう?」
「ホーム……シック……?」
イオリは首を傾げた。
──家が恋しくなる、あれのこと?
「イオリちゃんはなったことなさそうね……」
「あはは……」
イオリは笑って誤魔化した。
ここはイオリの大好きなゲームの世界だ。
家が恋しくなる暇もなく、推しの供給がある。
──私にとっては知ってる世界でも、ヒナにとっては全く知らない異世界……。
この世界に来たばかりのヒナは、【星の守護者】達にちやほやされて楽しそうに見えた。
──でも、私が見てないないところで、苦しんでいたのかもしれない……?
「それでも、ヴァルゴ姉を罵倒したのは許せないです」
「んふふ。ありがとね。アタシのために怒ってくれて」
ヴァルゴは眉を下げて、微笑んだ。
少し悲しそうなその表情も、目の下のホクロのせいか、セクシーに思えた。
ヴァルゴはヒナが立ち去った廊下の先を見つめる。
「妹聖女ちゃんの心のケアは、ベリエ殿下にお任せしましょ。アタシ達が何を言ってもあの子、聞く耳持たないでしょ」
「そうですね……」
──ベリエ王子は太陽の光みたいな人だから、ヒナを悪い道には行かせないはず。今私が出来ることは、ヒナとあまり衝突しないように気をつけないと……。……出来るかな。
明日、開かれる第一回目の聖女勉強会に、イオリは不安を覚えた。




