限界オタクが引っ越し準備をしてみたら
リブラはゆっくりとノヴァに顔を向けた。
「ノヴァ、お前を連れて【墓場の森】遠征する件も進めています」
ノヴァは顔をこわばらせる。
「いよいよ、か……」
「……くれぐれもしくじらないように」
リブラは念を押す。
「わかってるよぉ。遠征でオレの有用性が認められなきゃ、国を追い出されるんだからなぁ」
「追い出されることはありません。生涯、ここで軟禁されるだけです」
「まあ、死んでるから生涯も何もねえけどな」
ノヴァは冗談めかして笑う。
リブラは口を真一文字に結び、ノヴァの顔を睨みつけた。
「はは、冗談。冗談だって。そんな顔すんなよ……」
ノヴァはへらへらと笑って誤魔化した。
リブラはフゥ、とため息をついた。
「……さて、イオリ様。明星寮に持って行きたいものは今から運び出しますが」
「え!? 今からですか!? ちょっと待って下さい! 直ぐにまとめます!」
イオリは立ち上がり、急いで自分の部屋に入っていった。
「お手伝いします」
「大丈夫です! そんなに多くないので……!」
リブラはイオリの後ろを歩いて追いかける。
「わー! 待って、待って! 入らないで下さい!」
「荷物を詰める鞄が必要かと」
「それは……ありがとうございます! 荷造りは自分で! やりますから!」
「わかりました……おや、イオリ様が手に持っているそれは絵ですか? お上手ですね」
「ぎゃあー! 見ないでー! 恥ずか死ぬー!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐイオリと冷静なリブラを見て、ノヴァは思わず吹き出してしまった。
「全く……引っ越しなんて、今日急に言うことか? イオリの気持ちも考えろよなぁ」
「本当よねえ」
ヴァルゴは笑いながら頷いた。
「遠征の件もきっと突然話が来るわよ。心の準備してなさいな」
「そうっすねえ」
ノヴァはヴァルゴにへらりと笑って見せた後、真剣な表情になる。
「《死霊の指揮者》、暫く使ってないけど、上手くやれるかな……」
ノヴァは腕を組んで、ブツブツとそう呟いた。
そんなノヴァの顔をヴァルゴはじっと見つめている。
「ねえ、ゾンビちゃん。アナタ、どうしてそんなに頑張るの?」
「……え?」
ノヴァは驚いて、ヴァルゴの顔を見る。
「実兄とはいえ、リブラちゃんはアナタに刃を向けたわ。人間達もゾンビのアナタを追い出したがってる。彼らのために、アナタがが頑張る理由はないでしょ?」
「……別にオレは、兄貴のためとか、王国のために頑張る訳じゃねえ」
「……ふうん?」
ヴァルゴはテーブルに肘をつけ、頬杖をついた。
話を詳しく聞きたい、と言っている様子だった。
「イオリには世話になった。オレが星になりそうなのを助けて貰ったし、王国での扱いも良くしてくれたし、兄貴とも話せた……。オレはイオリに恩を返したいんだ」
ノヴァの真剣な表情に、ヴァルゴは「ウフフ」と笑った。
「愛ね」
「くだらねえだろ」
「あら、そうかしら。『人類のために〜』とかご高説垂れる誰かさんよりかは、よっぽど信頼出来るわ」
その〝誰かさん〟はリブラのことだと、ノヴァは直感的にわかった。
「……兄貴のこと、嫌いだったりする?」
「好きよ? でも、嘘つきは嫌いなの。みんな、もっと欲望に忠実になれば良いのにね」
「本能だけじゃ、生きられねえもんだろ。オレが本能剥き出しにして、人間を襲い出したら大変なことになる」
「人に迷惑をかけないのは前提条件よ? アタシの服装や口調だって、誰にも迷惑かけてないわ。……不愉快に思う人はいるけれど」
ヴァルゴはにっこりと笑う。
「ね、イオリちゃんに恩を返した後はどうするの? 告白? 告白かしら! ウフフ!」
ヴァルゴは恋バナする乙女のように微笑む。
ノヴァは『告白』と言う言葉に、表情を曇らせる。
「告白は……もうした」
「あら、本当!? アンタ、やるわねえ」
ヴァルゴがノヴァを小突いた。
「でも、フラれたようなもん」
ノヴァはイオリに告白紛いのことをした。
イオリを押し倒して、『結婚』という単語も出した。
しかし、イオリの反応はあまり良くないものだった。
だから、ノヴァは『冗談だ』と言って逃げた。
今の関係が壊れることが怖かったのだ。
「ええ? あんなにベタ惚れなのに?」
「オレはあいつに惚れてるけど、向こうは違う。なんつうか……オレを愛玩動物だと思ってる節がある……」
「うーん。わかるような気がしないでもないけど……」
ノヴァとヴァルゴはこれまでのイオリの行動や言動を思い出した。
「可愛い」ばかり連呼して、まるで、ペットを目の前にしているような様子だった。
「それが愛に変わらなくたって良い。オレがあいつに何かしてやりたいだけ──」
「ノヴァちゃん」
ヴァルゴは低い声でノヴァの名を呼んだ。
ノヴァはびくり、と肩を飛び上がらせた。
「アタシ、嘘つきは嫌い。言ったでしょ? アナタ、本当はどうしたいの?」
「本当は……」
ノヴァは言った。
「……あいつを振り向かせたい。駄目で元々だ」
「よく言ったわ!」
ヴァルゴはノヴァの背中をバン、と思いっきり叩いた。
「まずは、遠征を成功させなきゃね。人間に認められないと始まらないわ」
「ああ、わかってる」
ノヴァは強く、そして、深く頷いた。