兄の懺悔・罪と罰
リブラは弟のノヴァを捜し回った。
父に聞いたところによると、ノヴァは父に追い立てられ、【墓場の森】に逃げたらしい。
それから何日、いや、もしかしたら何ヶ月が経っているかわからなかったが、何も行動しないよりマシだと思った。
勿論、リブラには大神官の仕事も、【星の守護者】の役割も熟す必要があった。
満足のいく捜索は出来なかったが、捜索を打ち切るという思考にはならなかった。
──ノヴァはまだ何処かにいるはず。
リブラは希望が捨てられなかった。
ノヴァの遺体はない。
ノヴァの目撃情報もない。
だが、何処かでひっそりと生きているだろうと、そう信じていた。
「あいつのことは忘れろ」
ある日、実家に呼び出されて、父にそう言われた。
「あいつはもう死んでいる。魔物と戦闘したこともない子供が生き延びていられるほど、外の世界は優しくない。お前ならわかるだろう。あんな出来損ないは最初からいなかったと思え」
リブラは思う。
──……ああ、こいつのことをすっかり忘れていたな。
ノヴァをゾンビにした元凶。
それが野放しにされている。
──この二人にも、罰が必要だ……。
聖ソレイユ王国は、遺体の火葬に関して、厳しい基準を設けている。
中途半端に火葬してしまうと、ゾンビ化した遺体が仲間を増やし、王国内にゾンビが蔓延ってしまうからだ。
国はゾンビに厳しい。
リブラはまず、父が火葬の基準法に違反している証拠を集めた。
同時進行で、二人の身辺調査も始めた。
元々見栄っ張りで金遣いの荒い二人だ。
金の出所を探れば、何か出てくるだろうと思った。
結果、情けないくらいにボロボロと余罪が出て来た。
なんの変哲もないただのツボやロザリオを高値で売りつけるなどの、霊感商法紛いの詐欺へ加担。
身寄りのない子供を教会で引き取り、人身売買も行っていた。
──親だからと妄信していた自分が嫌になる……。
もう少し早く罪を暴けていたら、両親の被害者が増えることなく、ノヴァはゾンビになることもなかった。
──神官の仕事と【星の守護者】の役目に追われていて、そんな暇がなかった……など、言い訳にもならない。
もはや迷いはなかった。
リブラはアルタイル夫妻を告発した。
□
アルタイル夫妻の裁判はつつがなく行われた。
リブラの集めた証拠の数々が、アルタイル夫妻の罪を立証した。
「そんな証拠など、我がアルタイル家を妬む者のが捏造したに違いない!」
夫妻は最後までみっともなく足掻いた。
身内の者しか持ち得ない証拠もあったため、「告発者が我々に罪をなすりつけている」とまで言い退けた。
リブラは呆れて、証言台に立った。
「証言台に立つ必要はない」と検察官に再三言われたが、リブラは顔と名前を晒して、堂々と言った。
「告発したのは私です。提出した証拠品は全て本物です」
彼らは実の息子が告発していたとは思っていなかったらしい。
化け物を見るような目で、リブラを見つめていた。
──私が目を瞑るとでも思っていたのだろうか。
「リブラ、お前……! 何をしたのかわかっているのか! 私達が犯罪者になったら、お前は全て失うのだぞ! 大神官の地位も、【星の守護者】としての名誉も!」
「親の罪を見逃すことこそ、大罪でしょう」
リブラは呆れてため息をついた。
「私には地位も名誉も要りません。これらが全て片付いたら、私は大神官の称号を返し、【星の守護者】を降ります」
リブラの言葉に法廷内が騒めいた。
一番動揺していたのはアルタイル夫妻だったように思える。
何より、夫妻がリブラの地位と名誉を失いたくないのだ。
夫妻は大神官になれなかった。
だから、先代達の輝かしい功績にあやかって生きてきた。
そんな夫妻の息子が、大神官となり、【星の守護者】に選ばれた。
正に、『トンビがタカを産んだ』のだ。
育ててやった恩、とやらを売って、リブラに擦り寄るのは当然だった。
──地位や名誉など、後生大事にするようなものでもないだろう。
「リブラ・アルタイル、あなたが罪に問われることはありません。あなたは罪を白日の元に晒した。告発者は保護されます」
裁判官はリブラを嗜めるように言う。
リブラは「いいえ」と否定する。
「私も罪人です。両親の罪を知らず、汚い手段で集められた金で、今までのうのうと暮らして来ました。……いえ、心の何処かで『両親は何か罪を犯しているのではないか』と怪しんでいたのに、我が身可愛さで気づかないふりをしていたのです」
リブラは膝をつき、指を組んで、懇願する。
「私は罰されるべきです。どうか、どうか、私にも罰を……」
リブラの懇願も虚しく、彼が罪に問われることはなかった。
大神官の称号が剥奪されることもなく、右胸に刻まれた【星の守護者】の証も消えることはなかった。
リブラの神官としての人望は厚く、【星の守護者】としての戦闘経験は国に必要不可欠なものになっていた。
人々はリブラを許した。
□
アルタイル夫妻には有罪の判決が降り、過酷な雪国監獄へと送られることになった。
移送される間際、リブラはアルタイル夫妻と面会をした。
少し見ない内に、夫妻はやつれていた。
あれだけ身なりを着飾っていた二人が、見窄らしい外見に変わっていた。
二人は獄中生活に苦しんでいる様子だ。
彼らはリブラの顔を見ると、目を釣り上げて罵り始めた。
「裏切り者め」
「実の親を告発するなんて」
「育ててやった恩を忘れたのか」
などと、二人はリブラに恨み言を言っていたが、全て聞き流した。
「ノヴァは苦しんだ。そして、今も苦しんでいる。貴様らも苦しみを味わえ」
リブラは鼻で笑う。
「……何、問題ない。ゾンビにさせられ、親に殺意を向けられ、国を追われることよりも、絶望的なことはない……」
二人は一瞬、口を噤んだ。
「まだ諦めてなかったのか、〝あれ〟のこと……」
「当たり前だ」
リブラは父の胸倉を掴み、言った。
「これから先、死ぬまでノヴァに懺悔しろ」
愚かな二人は雪国監獄へと送られる。
年中、雪雲に覆われ、星空の見えぬ場所。
神の目の及ばない場所で、神に救いを乞うて、ただただ生かされることになる。
──生優しいことだ。
二人への罰も、自分へ罰がないことも。




