限界オタクが推しの兄を説得してみたら
「もう! リブラちゃんったら! アタシの出る幕がないじゃない! 久しぶりに強い男と戦えるって聞いたからついて来たのに〜!」
ヴァルゴがぷりぷりとリブラに怒る。
「はい。貴方を連れてきた意味がありませんでした」
リブラは平然とした顔で言ってのける。
「酷い人……。でも、嫌いじゃないわん」
ヴァルゴは「うふふ」と頬を赤らめた。
リブラはノヴァに歩み寄る。
「とどめを」
リブラが手を振り上げる。
彼の後ろには、ノヴァに刃先を向けた無数の剣が浮いている。
「待って! 待って下さい!」
リブラが手を振り下ろそうとしたとき、イオリはリブラの前に立ちはだかった。
イオリは手を広げて、ノヴァを庇うような姿勢を取っている。
「退きなさい、イオリ様」
リブラに冷たい瞳で見つめられ、イオリはびくり、と肩を飛び上がらせた。
「もう。駄目じゃない、リブラちゃん。姉聖女ちゃんを怖がらせちゃ。この子は従属契約で従わされてるだけなのよ」
「……そうでしたね。ヴァルゴ、イオリ様の保護を」
「任せて頂戴」
ヴァルゴはウインクをして、イオリを持ち上げる。
所謂お姫様抱っこの態勢だ。
「もう大丈夫よ、姉聖女ちゃん」
「は、離して! 離して下さい!」
イオリはヴァルゴの腕の中でじたじたと暴れる。
「従属契約の解除には術者の契約放棄か、死亡が必須。貴女を解放するにはこのゾンビを死亡させるしかありません」
リブラにそう言われ、イオリは動きを止めた。
「死亡……させる……?」
「王国に戻りたいでしょう、イオリ様」
リブラは再び剣を構える。
──ノヴァくんが殺される!
「待って! やめて! ノヴァくんは貴方の弟でしょう!?」
イオリは無我夢中で叫ぶ。
リブラはイオリの言葉に体を硬直させ、目を見開く。
「何故それを……」
小声でポツリと確かにそう言った。
──やっぱり、思い違いじゃなかった。
イオリは確信した。
俄かに囁かれていた、ノヴァとリブラの兄弟説。
それがたった今、真実だったと証明された。
リブラは長く息をつき、眼鏡のつるを掴んで眼鏡の位置を正す。
眼鏡の奥は冷酷な目に戻っていた。
「私の弟は魔物に襲われて星になりました。それは弟ではありません」
リブラの言葉を聞いて、ノヴァの顔が悲痛に歪む。
「ノヴァくんを殺さないで! お願い……!」
──何かリブラさんを言いくるめられる方法を考えないと……!
イオリは頭を回した。
──ノヴァくんが殺されたら、自害するように命令されていると言う? 否、リブラさんにノヴァくんの悪い印象を与えてしまう!
それでは駄目だ。
結局、ノヴァの殺害は免れない。
──では、正直に『私がノヴァくんに惚れている』とでも言う? 否、命令でそう思い込まされていると思われて、ノヴァくんが殺されてしまう!
他に、何か良い案はないかと考える。
リブラのキャラストーリーの中に、何か利用出来そうな情報はなかったか。
──……あ、そうだ!
「リブラさん、ノヴァくんが殺されたら、私、みんなにあのことをバラします」
「……あのことは?」
「リブラさんは実は酒癖が悪く、酔うと赤ちゃん言葉で誰彼構わずあやすようになってしまうことです」
期間限定イベントガチャ【酔いどれ】ガチャで排出されるSRリブラのキャラストーリーの情報である。
「えっ……そうなの……?」
ノヴァが驚いたように呟く。
「普段は人目のあるバーで飲み、飲み過ぎないように自身を律しているんですよね。知ってますよ」
「何故、そのことを……。一体誰から」
リブラはヴァルゴを睨みつける。
「冤罪よお」
ヴァルゴは首をぶんぶんと横に振った。
イオリは続けた。
「他にもあります。寝起きが非常に悪く……固有スキル《正義の秤》で自分の頭を叩いて無理矢理起きている」
これは、期間限定イベント【ビューティー・スリーピング】の報酬Rリブラのキャラストーリー情報である。
「他にももっとありますよ。リブラさんの恥ずかしいエピソード。大神官という立場のあるリブラさんはイメージを崩されたくないですよね?」
「……この私を脅すつもりですか」
「はい!」
イオリは無邪気に笑う。
「いや、『はい』じゃねえよ」
ノヴァがそれにツッコミを入れる。
「てか、事実なの……?」
「赤ちゃん言葉は事実よ。アタシ、見たことあるもの」
「マジで……?」
「ヴァルゴ黙れ」
リブラがヴァルゴを射殺さんばかりに睨みつける。
「それに、ノヴァくんには生かしておく価値があります」
「……まだ何かあるんですか」
「ノヴァくんの固有スキルはゾンビを操れるものです。【墓場の森】のゾンビには、リブラさん達も手を焼いていますよね?」
ゾンビが犇く【墓場の森】。
足を踏み入れれば、多数のゾンビが襲いかかってくる。
故に、王国軍はその先の魔王軍の領地に進軍出来ないでいる。
「でも、ノヴァくんがいれば、【墓場の森】を安全に、無傷で、通れます。一考する価値があると思います」
リブラは深い、深いため息をついて、ゆっくりと口を開いた。
「……わかりました。これの処分は見送ります」
「やった!」
説得が上手くいったと、イオリはパッと表情を明るくさせた。
「その代わり、条件があります。イオリ様と共に、これも一緒に、聖ソレイユ王国に連れて行きます」
ノヴァは困惑を隠せない。
「は……? 何……考えて」
リブラは眼鏡を指で押し上げる。
「わかりました」
イオリは頷いた。
「ノヴァくんに手荒な真似はしないで下さいね」
「それは、これ次第です」
リブラは足でノヴァを蹴った。




