限界オタクが推しを助けてみたら
ノヴァが敗北した。
塔の中からイオリはその様子を見ていた。
ヒナ達の姿が窓から見えなくなっても、地面に伏して動かないノヴァから目を離せずにいた。
「ノヴァくん……」
【星の欠片】でパワーアップさせたのに。
さっきまでノヴァの方が優勢だったのに。
ストーリー通りに、負けてしまった。
「どうして……?」
自分を騙した聖女にまで優しくて、魔王城でひっそりとスキルの練習をするほど努力家なノヴァ。
そんな彼に神は残酷だ。
イオリが悲しみに暮れていると、塔の扉が勢いよく開いた。
「お姉ちゃん!」
ヒナが涙を撒き散らしながら、部屋に飛び込んでくる。
「大丈夫だった!? 怪我はない!?」
ヒナは大袈裟なくらいイオリの心配をする。
王国にいたときは、気にかけることすらしなかったのにも関わらず。
イオリは振り返った。
ノヴァの命令は『この塔の扉を〝誰かが開けるまで〟、この部屋から出るな』だった。
ノヴァ以外の者が開けても、イオリは外に出られる。
ノヴァは自分が負けることも想定していたのだろう。
「ごめん、ヒナ」
──そして、ごめん、ノヴァくん。君の厚意を無碍にしちゃう……。
イオリはヒナ達の横をすり抜けて、塔を飛び出した。
「はっ? お姉ちゃん!?」
ヒナには目もくれず、イオリは一目散にノヴァの元へ走る。
窓から見ていた限り、ノヴァはまだ【星の欠片】になっていない。
──まだ、助けられる!
塔を出たイオリは倒れたノヴァを見つけると、彼の元へと駆け寄った。
「ノヴァくん……!」
イオリは倒れたノヴァの横で膝をつく。
「聖女の力で助けるからね……!」
イオリは先程ヒナがしていたように、手を組んで祈るポーズを取る。
目を瞑り、天に向かって叫ぶ。
「星の神様、ノヴァくんを癒して!」
【墓場の森】に、イオリの声が木霊する。
しかし、ノヴァが動き出すことはなかった。
「やっぱり、駄目……?」
イオリはこの世界に召喚されてから、聖女の力を使ったことが一度もなかった。
対して、ヒナは聖女の力を使いこなしていた。
誰かから教わったのか、それとも、天性の才能なのか、わからない。
怪我をした王国民や【星の守護者】は皆、ヒナの力を求めた。
対して、イオリは聖女の力を全く使えなかった。
だから、イオリは『役立たず』と言われていた。
ゲーム上の聖女は使えていたし、同じように召喚されたヒナも使えていたのだから、自分にも聖女の力は備わっているはずだった。
ヒナが王国民や【星の守護者】を癒していたときと同じことをすれば、ノヴァを助けられる。
そう、信じていた。
──結局、見様見真似じゃ聖女の力を使えない……。
「私は本当に役立たずなのね……」
イオリは目に涙を溜め、ノヴァの手に触れる。
「お願い、ノヴァくん……。死なないで……」
溢れた涙が零れ落ちる。
イオリの涙は流れ星のように軌跡を描いていた。
「え……?」
ノヴァの手のひらに、イオリの涙が落ちる。
涙の粒はキラキラと星が瞬くように輝いていた。
イオリは驚いて、思わず、その涙に触れた。
星の輝きは、涙に触れた指先から、手のひら全体へと広がっていく。
イオリは輝く自分の手を見る。
手から星が溢れるように輝いている。
──これって……。
イオリはそれに見覚えがあった。
【よぞミル】のゲーム画面をタップする度、波紋が広がるように星が瞬いていた。
この光はそれに似ている。
──なるほど。これが、聖女の力……。
イオリは妙に納得して、手をノヴァの胸にそっと添えた。
「ノヴァくんがこれから先、幸せでありますように……」
聖女の力にイオリの願いを込めた。
星の輝きが収まると、閉じていたノヴァの瞼がゆっくりと開く。
「ん……」
「ノヴァくん! 良かった……」
目を開けたノヴァに、イオリは再び涙を流す。
「お前……」
ノヴァはゆっくりと顔をイオリに向ける。
「……なんで、オレなんかを助けた……?」
「え?」
「魔物の味方をしてるとこなんて、【星の守護者】達に見られたら、人間の国にてめえの居場所がなくなんだぞ……?」
──死にかけてたのに、君は私の心配してくれるんだね……。
イオリはノヴァの手を取る。
「ノヴァくんに死んで欲しくなかったから」
「んだよ、それ……。オレのことが好きみてえじゃん」
「好きだよ」
ノヴァは苦しそうに顔を歪めた。
「嘘つくな! オレなんかの何処が好きなんだよ!」
「ビジュ」
ノヴァはきょとんとした顔をする。
「び、びじゅ……?」
「あとギャップ」
「ぎゃっぷ……」
「サングラスとピアスつけたチンピラ風の外見で実は努力家とか最高過ぎるし自己肯定感が低いとか滅茶苦茶に甘やかされろと思うし実家が太いせいか育ちが良いのが度々見えるの本当に刺さるあと優秀な兄にコンプレックス抱えてるの私そういうのマジで癖だから──」
「も、もう良い! 止めろ!」
ノヴァは顔を真っ赤にさせて照れる。
イオリはそれが愛おしくてたまらない。
「それにね。貴方に会って、実際に話してみて、貴方がとっても優しいんだって知ったから」
「優しいって……何処がだよ」
「敵に良くするとこ。普通、捕虜なんてベッドに寝かせないんだから」
「それは……てめえに利用価値があるから……」
「ヒナ達と戦ってるときもさ、彼女達がゾンビにならないようにしてたでしょ」
人間がゾンビに噛まれたら、ゾンビになる。
しかし、彼らは誰も噛まれていない。
ゾンビになっていない。
部下ゾンビ達が噛まないように、ノヴァの固有スキル《死霊の指揮者《ネクロマンス》》で行動を制限していたのだろう。
自分の精神力を犠牲にしてまで、だ。
ノヴァが優しい、何よりの証拠だ。
「バレバレだよ?」
イオリはふふ、と笑う。
ノヴァは真っ赤な顔を手で覆い隠した。
「……はあー……。てめえ、マジで訳わかんねえ……」