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22 約束の証は私のファースト・キス(魔王の娘視点)

 


「まだ納得がいかんな」


 ギルド長が私を見て不服そうに言った。


「ですが、ギルド長、Sクラス級の魔物とスタンビートともいえる魔物の来襲があったにもかかわらず、村人が誰も命を落とすことなく、彼らも生還したのですよ」


 副ギルド長が諌めるように言った。


「そこが気に食わんのだよ。いいか、Fランだぞ、Fラン。そいつがSランク冒険者のような結果を出せるわけがない」


「だから、それは報告したように、魔物たちが同士討ちを始めて、その結果、アース・ドラゴンがやられたのです。アース・ドラゴンが死ぬと魔物たちはみんな森の奥に帰っていったんです」


「それは分かっておる!」


「そんな状況で生きて戻ってこれただけで十分にランクアップに値すると思いますよ」


 副ギルト長が言った。


「別にランクアップに文句をつけているんじゃない。出来過ぎなんだよ。すべてが、それが気に入らない。何か裏があるはずだ」


 あの後、私は森で勇者が出てくるのを待っていたが、結局勇者は現れなかった。


 魔物も去って行ったので、街に戻り冒険者ギルドに報告をしたのだ。


 ミッションはクリアしたので、Eランクへのランクアップを申請したところ、ギルド長の部屋に呼ばれて、さっきから詰問されているのである。


 私はギルド長を適当にいなし、とぼけてみせた。


 私たちが囮となって魔物たちを引き付けている間に、村人たちが避難することができ、そのおかげで死者が出なかったことは、私たちに付いてきてわざわざ冒険者ギルドに謝りに来た村長が証言してくれていた。


 結局、それだけも文句のつけようがないということになりEランクへの昇格が決まった。


 私だけでなくローザもEランクになった。


 ギルド長の部屋を出ると、ホールにジョンがいた。


「ジョン!」


「アン、どこに行っていた。姿が見えないから心配していたぞ」


「あのね。ミッションをクリアしてEランクになったの。これで一緒に魔物の討伐に行けるよ。報酬もアップして、美味しいご飯も食べることができるよ」


 私は声を弾ませて言った。


「すごいな。いつの間に、そんなことを」


「へへへへ」


 ジョンの驚いた顔が、一番の報酬だ。


「アンさん」


 ギルド職員に後ろから呼び止められた。


「これ、今回の報酬です」


 渡された小袋を開けると金貨が詰まっていた。


「こんなに?」


「当然です。あの村だけでなく、街も救ったのですから特別報酬です」


「でも、私は……」


「ちゃんと村長に聞きました。アンさんが魔物たちを引き付けて森に連れてゆき、同士討ちを誘発させたと」


「たまたまよ」


「アン、どういうことだ。詳しく話を聞かせてくれよ」


 ジョンが心配そうな顔をして訊く。


「うん。じゃあ、まずこのお金で、美味しいものでも食べにゆき、食事をしながら話そうよ」


「いいけど」


「もちろん私のオゴリだよ。あっ、ローザも一緒に来なさい」


 そうして私はジョンとローザと一緒に、街でも一番と言われる料理屋にゆき、個室に案内してもらった。


「さあ、今日は、好きなだけ飲んで、食べて!」


 思わぬ臨時報酬を得て、これまでのジョンの親切に報いたいと思った。




「おやすみ」


 私はローザに手を振った。


 ジョンも手を振る。


 ローザを宿まで送るとジョンと二人きりになった。


 月明かりが前にかかっている橋の欄干を照らしていた。


 川面に月が浮かんでいる。


「ねぇ、アン」


 ジョンが真顔で私に向き合った。


「何」


「あんな無茶はもうしないでほしい」


「大丈夫よ」


「いや、大丈夫じゃない。聞けば、そのアース・ドラゴンはただのドラゴンじゃなくて、特別変異種かなにかで、ものすごい破壊力を有していたそうじゃないか。そんな魔物に一人で立ち向かうなんて無謀だ」


「でも……」


「でもじゃない。約束してほしい」


「約束?」


「ああ、もう無茶なことはしないって」


「分かった。約束する」


「うん」


「約束の証はどうしたらいい?」


「証?」


「そう」


 私はつま先立ちになるとジョンにキスした。


 ジョンは面食らった。


「いまのが証」


 ジョンが右の人差し指で自分の唇を驚いたように触る。


「もう無茶はしない」


 私は急に恥ずかしくなり、駆け出した。


 キスは初めてだった。



 ジョンを振り切ったところで、転移魔法で塔の上の棲家に帰った。


 気配がした。


「誰だ!」


 私は攻撃にもすぐに転化できるアイスシールドを張った。


「王女様」


 ダーク・エルフがひざまずいていた。


「お前か」


「はい」


「何をしにきた」


「魔王様に王女様のそばにいるように命じられました」


「いらぬ!」


 四大将軍の一人、ダークエルフのシルビアなどいらぬ世話だ。


「しかし、魔王様は心配されております」


「何をだ。この通り、人族の中でちゃんと暮らしている。お前など不要だ」


「もう既におわかりと存じますが、異変が起きています」


「異変?」


「アース・ドラゴンの件です」


「ああ、あれか」


「あれは魔王様が不許可を出した秘密の研究による秘薬が使われています」


「やはり」


「それに、あのアース・ドラゴンを倒したのは勇者です」


「それは分かっている」


「魔王様は、王女様を狙ったのではないかとご心配されています」


「それより、どうしてあの秘薬が使われた」


「それが……。まだ不明なのです。だからこそ王女様の身を心配されております。あの秘薬の存在を知っていて、使えるのは魔王様の側近しかおりません」


 父が禁じた秘薬の開発を続けて、それを実際に使えば、立派な謀反だ。


「まさか謀反?」


 シルビアは答えなかった。


「それに……。勇者の意図が読めません」


 それは私も気になっていたところだ。


「なので、王女様の身辺警護のために私が遣わされました」


「いらぬ」


 だがシルビアは動こうとしない。


「はあ~」


 私はため息をついた。


 せっかくEランクに昇格し、収入も増え、ジョンともいい感じになってきたのに、とんだ邪魔が入ったものだ。


 とりあえず疲れたので、私はシルビアを無視して、眠ることにした。


 横になると私はすぐに意識を手放した。




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