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かくりよに咲くは夢見の月かな  作者: 四片霞彩
新たな風鬼の誕生

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1/6

【1】

 仕事着である店名入りのジャンパーを脱ぎながらロッカーを開けると、ハンガーに掛けるのももどかしくて放り投げるように入れる。代わりにショルダーバッグと上着を掴んで乱暴気味にロッカーを閉めると、上着の袖に腕を通しながら慌ただしくバックヤードを後にしたのであった。


「お疲れ様でしたっ!」


 三月も終わりかけというこの日、弥生(やよい)はアルバイト先のコンビニエンスストアを出ると、夕暮れの道を駆け出したのだった。


(早くしないと、電車に乗り遅れちゃう……!)


 腕時計を何度も確認しては、頭の中で最寄駅の時刻表と照らし合わせる。

 いつもなら電車の発車時間に間に合うように余裕を持ってアルバイト先を出るが、今日は弥生と交代でレジに入る予定だった男子高校生が遅刻してしまった。

 当初は「数分で到着する」という連絡だったので代わりにレジに入っていたものの、結局三十分以上経ってから男子高校生は姿を現した。

 そこからレジの引き継ぎや事情を知って店にやって来た休暇中の店長に経緯を説明している内に、時間はあっという間に過ぎてしまった。

 結果として電車の発車時間にどうにか間に合うかという時間に店を出ることになってしまったのだった。

 弥生と入れ違いに駅から出て来る制服姿の学生やスーツ姿の会社員を避けつつ、どうにかして発車時刻直前に駅のホームに駆け込むと、既に停車していた電車に乗り込む。弥生が飛び込むように乗車したのと同時に、後ろで電車のドアが閉まったのであった。


(良かった……。間に合った……)


 本数が少ない田舎町の電車なので、この電車に乗れなかったら次の電車まで三十分以上も待たなければならなかった。ゆっくりと走り出した電車の駆動音を聞きながらそっと安堵する。


『お客様にお知らせします。駆け込みでの乗車は大変危険です……』


 聞こえてきた車内アナウンスがまるで弥生を指しているようでバツが悪い気持ちになる。弥生は小さく苦笑すると、人がまばらな車内を見渡す。椅子は全て埋まっており、吊り革もまぼらに埋まっていたが、車両の奥の方に吊り革が空いている場所を見つけた。弥生は車内の揺れに足元を取られそうになりながらも、周囲に気を付けながら移動する。


「あらやだ。晴れているのに雨?」

「本当ね。狐の嫁入りじゃない?」


 窓際の席に座っていた年配の女性三人の前を通り過ぎた時にそんな話し声が聞こえて足を止める。振り向くと、三人は外を見ながら話しているようだった。

 弥生も外に目を向けると、さっきまで晴れていた夕焼けの空からは雨が降り始めていた。


「じゃあ近くに狐のお嫁さんと嫁入り行列がいるのね~」

「狐のお嫁さんなんて迷信でしょう! 亡くなったうちのおばあちゃんはずっと信じていたけれども!」


 窓を打ち付ける急雨を眺めながら女性たちの話を聞いていると、やがて電車は次の停車駅に着いた。

 次の駅に電車が停まって乗って来た人たちも、雨雫が付いた折りたたみ傘を手にしている人やハンカチで身体を拭いている人ばかりで、誰もが急に振り出した雨に不快感を露わにしているようだった。

 いつの間にか話題は狐の嫁入りから都市部の百貨店で開かれている催事に変わったようで、小声で話しながら笑い続ける女性たちから離れる。地元出身のアーティストの曲をアレンジしたという発車メロディーを聞きながら人が少ない車両の奥に辿り着くと、弥生はまた窓外に視線を移したのだった。


 (狐の嫁入り、だね……)


 窓を打ちつける雨粒の向こう側には田畑が広がっており、その間を奇妙な一団が通っていた。

 ぼんやりと光る提灯を手にした一団の中心には白い着物姿の女性がおり、その前後には唐草模様の風呂敷包みを持った宰領、花嫁と花婿の親族や招待客と思しき老若男女が続いていた。花嫁の前を歩いている若い男が花婿だろうか。

 一団は二本足で歩いているが、白無垢姿の花嫁の頭からはピンと尖った三角形の耳が立っていた。その前を歩く花婿や後ろに続く人たちも花嫁と同じように頭から耳が生えており、中には服の下から薄茶色の毛を生やした尻尾が出ている者もいた。人間に化けようとして上手く変幻出来なかったのだろう。


(雪も解けて、暖かくなってきたから、狐たちにとっても嫁入りにはピッタリの時期なのかも。それにしても白無垢姿の狐のお嫁さん、可愛いな……)


 季節的に菜種梅雨(なたねづゆ)かと思っていたら可愛らしい狐の嫁入りだったので、少しだけ微笑ましい気持ちになる。

 ドアが閉まって走り出した電車の中から狐の嫁入り行列を見ていると、その行列の横を自転車に乗ったお祖父さんが後ろから追い越して行く。そのお祖父さんから少し遅れて、今度は子供乗せ自転車に乗った母親と小さな女の子の親子と思しき二人組も嫁入り行列の横を通り過ぎて行ったのだった。

 お祖父さんと母親は全く気付かずに自転車を漕いでいたが、母親の後ろに座っていた女の子は興味深そうに狐たちを見ているようだった。


(あの子は狐たちに気付いたみたい)


 無垢な子供に狐たちはどんな風に映ったのだろう。奇妙なものに見えたのか、それとも共に生きる隣人のように思えたのか――。

 電車が速度を上げ、窓から狐たちが見えなくなると弥生は窓から視線を外す。すると不意に後ろから誰かの視線を感じて、身震いしたのだった。


(この感じ……)


 不審者が見ているわけではない。

 人が向けてくるものとは違ってどこか冷え冷えとした視線。首筋を舐められているような全身が総毛立つ感覚。

 弥生は後ろを振り返るが、そこには誰も立っていなかった。周囲を見渡しても他の乗客は知人と会話をしているか、スマートフォンや本に目線を落としており、弥生に目を向けている者はいなかった。

 それでも鳥肌は立ったまま身の危険を知らせており、弥生の身体からはどんどん血の気が引いていった。

 ここから逃げなければならないと、本能が告げていたのだった。

 しばらくその場で身を固めて耐えていると、電車は次に停車する駅のホームに入って行った。ドアが開くと、弥生は他の乗客を押し退けるようにして電車から降りたのだった。


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