レンタル撮影スタジオ探してるんです
翌朝。
外ではスズメが「よう、兄ちゃん眠れたかい?」と言わんばかりにジュクジュクさえずっている。ベランダの手すりにに止まっているそんな観客に対して、目の下にでっかい隈を作った勲が睨みを利かせている。
「二晩続けて、隣の部屋に可愛い女の子がいて。そんな状態で眠れると思ってるのかい?」言葉通じてたみたい。
時計を見るとまだ朝の5時半。朝日を見た途端眠気が一気に襲ってくる。改めて布団に潜り込むと数秒で夢の中へ突入する勲。そして遅い深い眠りにつく。自分で招いた客が来ることを忘れているのだろうか。
…結果
起こしてくれたのは、その来客の鳴らすインターフォンだった。どうも佑奈もまだ寝ているらしく、廊下に飛び出し代わりにドアフォンを取る勲。
「はい、沖波です。あ、メグルさんリリィさん、おはようございます」モニターに映っていたのはメグルとリリィの二人だった。結局気が逸り昨晩のうちに勲が「来てほしい」と依頼しておいたのだ。時間にして11時過ぎ、この部屋の主はまだ寝ているようだが人が動く時間としては別に早くもない。
「おっはよー。何、ユウナまだ寝てるの? 取り敢えず開けてもらっていいかな、旦那様」
「違います」冷静に返しドアフォンを置いて開錠ボタンを押す勲。ほどなくして部屋の扉の前から声がする。佑奈に代わって勲がその扉も明け二人を迎え入れる。
「おはよー。ユウナは?」
「おはようございます。多分まだ寝てるんでしょうね、インターフォンにも気づかなかったみたいですし」
「イサオくん、もうユウナ食べちゃったんデスカ?」無茶苦茶なことを聞いてくるリリィ。
「…してません。大変だったんですから昨日の夜は」
「みたいだね。詳しくは今から聞かせてもらうよ。さて、佑奈は起きてますか」
リビングの扉を開くと、そこにはまだ布団にくるまったままの佑奈がいた。
「おーい、佑奈。起きなー」声を掛けるメグル。その声に反応して寝返りを打つ。うつぶせ気味だった体があおむけになる。するとそこには…。
「あら」
「WOW」
「!!!!!!!!!!」
声にならないの一名。それもそのはず。パジャマの前がはだけており佑奈の胸が全開になっている。「見てません見てません!」と必死に弁解するも、脳裏にきっちり焼き付いている。
「う、ん…」騒ぎに佑奈が目を覚ましかける。
「町村君、今のうちに隣の部屋避難しといたほうがいいよ。黙っといて上げるから」メグルさんが口に人差し指をあて、もう片方の手でしっしと人払いの仕草をする。
「はい」若干前かがみになりつつリビングを後にする。隣の部屋に避難してからも、初めて同年代の女性の胸を見たという事実を整理するために、刺激の弱い下着写真を見たりと心を落ち着けようとしている。んなもんで落ち着くわけねぇだろう。
30分後、着替えを終え朝食の準備が出来たと言うことで改めてリビングに招かれる勲。
「おはよう。ちゃんと眠れた?」平静を装い佑奈に声を掛ける。
「おはようございます、はいグッスリ」お陰で眼福ですがと言いかけるが堪える。
「いいねぇ、守ってくれる王子様がいて」
「羨ましいデスネ、ユウナは」おだててくれる二人。
「それはそうと、二人とも町村さんに呼ばれたんですよね。何で呼んだんですか?」華麗にスルーして自分の疑問をぶつけてくる。
「あ、ええと。お二人を呼んだのはほかでもありません。ちょっとお願いがありまして」用意してもらった食パンを一旦置いて切り出す勲。
「お願い? 今回の件に関係する、よね」
「はい、あります」無論である。
「何すればイイデス?」
「はい、二人にはお客の振りをしていただきたいんです」
「客?」聞いていた3人が口を揃える。
「はい、お二人には部屋探しの振りをしてもらって、とあるマンションを見てきていただきたいのです」
「すいませーん、電話していた森本と申しますが。担当の方いらっしゃいますか?」
場面変わってとある不動産屋。森本とは『メグル』の本来の苗字。勲に頼まれた依頼をこなすためリリィと二人佑奈の家近くの不動産屋に来ていた。
「いらっしゃいませ、お待ちしてました森本様」担当に出迎えられる二人。
…時は遡ること2時間程度
「ほう、そりゃまた変わった依頼だこと。で、どこのマンション?」
「あそこです」リビングからも例のマンションは見える。レースのカーテンを少しめくって勲が指し示す。
「黒雪さんから情報はもらってると思いますので話しますが、沖波さんのこの部屋が盗撮されています。その盗撮したと思われる場所があそこなんです」
「あぁ、例の件か。聞いてるよ。何、もう場所特定したの? 凄いねキミ」お褒めの言葉をいただく。
「いえ、まだ断定できたわけではないんですけど。写真の撮られた角度なんかからすると、あそこかなって。そこでお二人にお願いなんです。中を見てきてほしいんです」
「部屋の中ってこと? どうやって? あぁ、なるほど、そういうことか」勲の考えを読んでくれるメグル。
「お察しがよくて助かります。はい、内見です。部屋を借りるふりをして見てきて欲しいんです」
「おっけー。なるほどねぇ、学生さんじゃちょっとってことだろうから私らってことなんでしょう。頭回るね、さすが東大生。ユウナいい旦那さん候補見つけたね」
「おだてないでください」まんざらでもない勲。
「じゃあお二人とも、ご面倒おかけしますがよろしくお願いします」相変わらずスルー巧者の佑奈。鼻水垂らしながら心が傷ついている町村君。
インターネットを調べれば一発。例のマンションの管理業者を発見、現在に至る。近場の不動産屋と言うこともありすぐに予約を取り内見へと向かう。部屋に空きがなければ内見もへったくれもないが偶然一部屋空いたらしい。運も味方しているようである。
「職場がお近いんですか?」移動の際不動産屋が訪ねてくる。
「えぇ、この子が渋谷に勤務してて。日本語は大丈夫なんですけどまだあんまり慣れてないから、私が付き添いなんです」
設定も二人で考えてくれたようで、リリィの部屋探しをメグルが付き合うという感じ。
「ニューヨークに比べれば人は少ないデスけど、電車がよくワカリマセーン」フランス人のはずなんだけどなぜか米国人設定。コスプレやるのもさすが日本文化に理解のあるフランス人だからこそ、クールジャパン万歳。
不動産屋より歩いて10分程度、佑奈のマンションからは少し離れているが同じ地域、目的地へと到着する。
「こちらです。ここの205号室ですね、ご案内します」早速部屋に案内される。
「綺麗ですね。築年数何年デスカ?」リリィが不動産屋の担当に話しかけている傍らでメグルが郵便ボックスに目をやる。
(名前は、貼ってないか。そりゃ最近はそうか、個人情報云々うるさいしねぇ)
盗撮犯の情報を探すべく色々見ている。あからさますぎるのもいけない、自然を装う。
(マンションの管理人は…、いるね。さすがに不審者は入れないか、住民だけだよね)
「森本様、上行きますよ」前の二人と少し距離が開いてしまったメグルが呼ばれる。
「あ、はいはーいすいません。ちょっとエントランスの写真だけ撮りたいんで待っててください」こちらも自然に内部の写真を撮る。彼女に任せて正解、勲の人選見事なり。数枚の写真を撮りいざ目的の部屋へと向かう。
「犯人いるかねぇ」小声でぼそりと呟くメグル。
…一方沖波邸
「はい、町村君5万ドル払ってねー」
「うわー、さっきから出資のマスばっかりだよ。僕向いてないのか」
「ぶっちぎりでドベですねー」
後から合流したゆきちを交えて人生ゲームをしちゃってる。
目的のフロアに到達する。一歩遅れて上がるメグルは目を動かすだけであまりキョロキョロとはせず絶妙に周りを見ている。
(まぁ普通よね。流石に住んでる人の顔見るとこまでは無理かなぁ。でもこっち見られちゃうとイベントでもしバッタリなんてなったらマズいか)
メグルがいろいろ思慮を巡らせている横では、リリィが不動産屋にフランス語で全力で話しかけている。全く理解できないため完全に逃げ腰の担当者。アメリカ人設定どこ行った。
「じゃ、じゃあお部屋にご案内します」鍵を取り出し空き部屋の扉が解放される。扉が開くと、クリーニングが済んだ独特の部屋の匂いが漂ってくる。
「綺麗ですね、写真で見るより広く感じるね。ね、リリィ」
「そうデスネ。これならお客さん呼んでも余裕ありそうデス」
間取りは既にネットで調べている、2LDKのちょっとお高めのマンション。都心に一本でそう時間もかからず駅からも近い。
「駅から10分弱、オートロックもついていて防犯カメラも完備してますからね。周りの相場よりちょっとだけ高いですけど、その分安心は買えますよ」
「なるほどね。すいません、このフロアって女性専用だったりしますか?」ちょっと切り込んだ質問をして見るメグル。
「ええと、残念ながら女性専用と言うわけではないのですが。現在埋まっているこのフロアの9部屋中7部屋は女性です。特にトラブルなども報告されていませんから、ご安心いただければ。管理人もいますし」
「そうですか、ありがとうございます」
(二部屋男性か、そのどっちかって可能性はあるな)着実に情報は集まる。
「ちょっとベランダ見てもいいデスカ?」リリィが訪ねる。
「はい、もちろんです。サンダル置いてありますのでそちらお使いください」
「Merci bien」だから英語でって。首をかしげる担当者。
「あ、すいません。ちょっと電話が」メグルがそう告げて部屋から出る。ここで一つ行動を起こす。
「もしもし、町村君? あたしだけど、今リリィが例のマンションのベランダに出てるけど、見える?」
「はい、ちょっと待ってくださいね…。はい、見えました。知り合いなら何とか顔を認識できるくらいの距離ですね。絶妙ですよ、この距離」
「なるほど、ありがとう。じゃあ写真撮っておくから後で確認して」そう言って一旦電話を切る。聞かれていないとも限らない、リスクは最小限に。
「すいませーん、私もちょっとベランダ見せてもらいますね」靴を持ってヒョイヒョイベランダまで踏み入れる。どれどれといった感じに景色を見渡す。ベランダから左斜めを見ると佑奈のマンションを捉えることが出来る。距離にして300メートルくらいと言ったところ。望遠レンズなら十分に狙うことが出来る距離。
「ここよね」
「ええ、そうだとオモイマス」声には出さない、アイコンタクトで会話をする二人。
「いいなー、写真だけ撮っておこうっと」スマホのカメラで一枚写真を撮るメグル。
「すいません、長居しちゃって。さて部屋の中に戻ろう」部屋の中に戻ろうとしたその時、二つ隣の部屋のベランダにあるものが置いてあるのを見つける。
(あれって、三脚?)よく撮られる立場になるメグルがそれを見間違えるはずはなかった。ベランダにカメラのものと思われる三脚が置いてあるのを見つける。再度見ようとすると仮に犯人が部屋にいたら怪しまれてしまう。とりあえずその場は引く。
部屋の内見を終え外に出る。部屋に鍵がかかり次は借りない限り中に入ることは出来ない。
「アリガトウゴザイマスー。とても参考になりました」
「いえ、ぜひご検討いただければ幸いです」
リリィがそんな会話を交わしているそばで例の三脚の部屋の玄関前にしれーっと向かうメグル。
(表札は、ないねぇ。下のポストにも名前無かったし。さすがにそこまでは無理か)
今日のところの潜入はここまで。撮影場所と思われるところがわかっただけでかなりの収穫。待っている勲たちのところへ戻ってさて検証。
と、エントランスで不動産屋とは別れ帰路に就こうとしたところ、マンションに入ってくる一人の男性。ポストも確認せずにオートロックを開けてフロア内に入っていく。
(あれ、今の人どこかで…。気のせいかな)
その男性がちょっとだけ気になるメグル。足早だったためはっきりと顔が見れたわけではないが、残像として脳裏にある顔がなんとなく気になった。別に好みだとかそういう話ではない、記憶の片隅で小人が「知ってるぜアイツ」と言いかけた気がした。しかしその場で思い出すことは叶わなかった。
「ただーま、行ってきたよー」沖波邸リビングに戻ってくるメグル・リリィコンビ。お役目は十分果たしたと言っていいだろう。
「お疲れ様です。どうぞ」佑奈からソファーを譲られ座る二人。
「で、どうでしたか?」
「うん、間違いないと思うよ。あのマンションで。ほらこの写真見てみ」先ほどのマンションのベランダから撮影した写真を待機組に見せるメグル。
「あぁ、そうですね。角度といいアングルといい。間違いないでしょうね」
「うん。スマホのカメラでこれだけズームアップできるんだから、普通の一眼で望遠とか使ってれば、全く問題なく撮れちゃう距離だね。怖いよねユウナ」
「はい…」呟いてうなずく。
「ですが、これで大体わかってきました。次の行動に出ます。これ以上沖波さんを不安に晒しておくわけにはいきません」切り出す勲。
「ほう、次って?」
「イベントに行きましょう。さっさとおびき出して捕まえます」舞台に上がることを決意したらしい。
「お、とうとう行くかね。ノリノリだねぇ、もう女装に抵抗なくなっちゃったん?」ゆきちが確認する。
「女装に抵抗はありますよ、そりゃ…。でも一日も早く犯人捕まえないと、沖波さんが安心して暮らせません。それに犯人野放しにしておいて、いつ何時危険な目に合わないとも言い切れません」
「かっこいいねぇ町村君。頼んでよかったよユウナ」
「はい、もうあんな目に合うのはたくさんです。ごめんなさい町村さん、私のために」頭を下げる佑奈。
「いやいやそんな頭下げないでよ。こんな話聞いてほっとくほうがどうかしてるよ」手をブンブン振って「とんでもねぇ」という仕草をする。
「ところで次の週末、イベントありませんかメグルさん?」
「はい、じゃあここにしよう! 規模も大きいし人も集まる。人ごみに紛れるのもこの規模なら絶好の場所でしょう」
「待ってました!」と言わんばかりにスマホのページを開いて開催されるイベントを瞬時に勲に突きつける。彼女達のようなベテランコスプレイヤーなら当然のようにいつどこでイベントが行われるかなぞそらで言えるレベル。
「これって…。お台場ですか?」
「うん、TFTって建物でやるイベント。コミケほどじゃないけど規模割と大きいからねー。勲君のお披露目にはもってこいかな」
「おー、デビュー戦がこことはねぇ。大舞台だよ町村君」
「町村さんの晴れ姿がとうとう見れるんですねぇ、はぁ…」うっとりしている佑奈。
「マチムラサン、ニューヨークやブロードウェイでは女装なんて当たり前ですから正々堂々イキマショウ!」お前がブロードウェイを語るな。どちらかと言えばシャンゼリゼだろうと心の中でツッコむ勲。
とまぁ、全員揃って全力でコスプレ好き、男の娘ラヴ、サークル内では男の娘日照りが続いていた彼女らは既に全力でイベント会場での勲のちやほやっぷりを想像して悦に入っている。
「僕は会場で何をされるんだろう」想像力があるため色々頭の中を駆け巡るが、とてつもない吸引力の何かでそれを一旦亡き者にする。どうせ1週間後に結論は出る、それまでは幸せでいよう。
「さて、じゃあデビュー戦決定を祝してお姉さんたちが出前を取ってしんぜよう。何がいいかね町村君?」
「寿司で」遠慮はない。
社会人2名パワーで結果寿司だけに留まらずピザやら中華も取る。黒雪も合流してちょっと遅めの大ランチ大会が開催されている沖波邸。
「どうしようっか、何着せる? 私たちも合わせないと不自然だからね。プリ○ュアにしとく? ちょうど5人だし」
「そうだねぇ。別に合わせなくてもいいとは思うけど。町村君が一人になるのはちょっと危険かな、精神的に」
「メグルー、ホームページどうしますカ? もう参加するってことで更新しちゃいますヨ?」
「いつも佑奈と合わせるからなぁ。町村君、何か着たい衣装あるかいね?」
「なんでも、いいっす…」
往年の高倉健を思わせるような低く渋い声でゆきちの質問に答える勲。さて、なぜ勲がこんなにも小さくダンディになっているかと言うと。黒雪が「ユウナの下着見た罰」とのことで、全力全開のコスプレをさせられ来る出前全てにその恰好で受け取りを強要された。会社ならパワハラっすよ。
「もう、なんでもやります…」取った出前を一口も口にせず、2㍉くらいに縮こまった勲の横ではゆきちがゲラゲラ笑っている。
「もうお嫁にいけないねー」
「……そっすね」大学に入って1か月程度、最初の3連休は思わぬ形で幕を閉じることになった。取り敢えず明日の授業はメンタルが戻っていたら出席しよう。そう心に決めた勲だった。
一限は無理だったそうで。