個人撮影? やってません
その日はカラオケまでで一通りのイベントは終了。ゆきちとは秋葉原で別れ佑奈の部屋に一旦戻り本来の姿へ戻る勲。着替え終え男の姿に戻った時の羽の生えたような心模様は今までの人生で味わったことがないものだった。
「あー、落ち着くー!!」
そりゃそうだろうと言うツッコミをしてくれる人もいないが、一人着替え終わった部屋の中で小さく叫ぶ。リビングへ行き佑奈と顔を合わせる。
「お疲れさまでした。コーヒーかお茶でも飲みますか?」
「うん、じゃあお茶貰っていいかな? 冷たいのがあればそっちのほうで」
「はい、ちょっと待ってくださいね」台所へ向かい冷蔵庫の中身を探る佑奈。その後姿をじーっと見続ける。
「可愛いよなぁ。ちょっと新婚みたいで嬉しい」聞かれたらぶん殴られるかもしれないリスクを伴うセリフを口パクで言ってみる勲。当然佑奈は気づいていない。グラスに注いだお茶を持って戻ってくる佑奈。
「お待たせしました、どうぞ」
「あ、ありがとう」勝手な想像をして勝手に照れている。
「どうかしました?」小首をかしげて尋ねてくる。その仕草でまた照れる。エンドレス。
「い、いや。色々あったなーって」
「そうですか? メイド喫茶行ってカラオケ行っただけですよ?」
「そうなんだけど。恰好が恰好だったし、それに秋葉原も初めてだったし」まさか初めてが女装で闊歩とは、墓場まで持っていくレベルの話。
「でも、お陰で楽しかったです。ありがとうございました」お礼と笑顔。今向けているのは間違いなく男としての勲に向けられたもの。冥利に尽きるとはこのことかもしれない。
「いや、なんもしてないし。付いていっただけみたいなもんだし」
「この後どうしますか? 晩ご飯の時間ですけど」既に夜の7時に差し掛かろうという時間。
「さすがに今日はもう帰るよ。やらなくちゃいけないこともあるし」
「それもそうですね。すいません、一日中お付き合いさせてしまって」昨日からなんですけどね。
「じゃあごちそう様でした。また…、いつだろう?」
「次はイベントです。本題忘れてませんよね」デートと勘違いしていた。あくまで盗撮犯探しが今回の目的。個人的に会うわけではない。
「あぁ、そうか。じゃあ行く日が決まったら教えてもらっていいかな? 早めに教えてくれた方が大学のことと被らないで済むかもしれないから」
「はい、そうします。学校忙しいですか?」
「始まったばっかりだけど、一年生だから色々あるよね。うちは特にね…」
何を隠そう勲は東大生。日本最高学府の生徒だったりする。勲は地方の高校で、その学校始まって以来の東大生ということもあり、出てきた村では時の人。赤紙が来た軍人を送り出すかの如く村を上げて送り出されてきた。人生最大の恥と本人は言っている。
「それじゃあ、また」玄関まで送られて別れのあいさつを済ませる。何かちょっとだけ心残りがある。例の黒雪からの写真が引っかかっているのだろう。この家ですら今の彼女にとって100%安全といえる場所ではないのだから。出来ることなら泊まって、と言いたいところだが変に勘繰られてもよくない。というかそんなことを言う度胸はないというのが正解。友人の妹に早速手を出そうものならそれこそまた伝説を生み出してしまう。
「気を付けてね。何かあったらすぐ連絡して。割と近いから、何とか来れるかも」
「はい、何かあれば呼びます」
「じゃ」後ろ髪引かれる感じのまま玄関の扉を閉めて佑奈の家を後にする。マンションのエントランスを出てすぐにスマホの画面に目を移す。来てるはずもない連絡、やはり気になる。暗くなった街に浮かんでるマンションを見て、帰路に就く。何事もなければいいが、それこそもうあんなことが起こらなければいいのに。会いたいという気持ちよりも何事もなかれと言う祈りの方が大きい。
次のイベントは何時だろう。来週だろうか、来月だろうか。それまで会えないのも少し寂しい。そんなことを考えながらさっきは女装で歩いた道を今度はいつもの格好で歩いている。
そして、次の再会は勲が思っていたよりも異常に早く訪れることになった。
勲の帰った後一息つく佑奈。長湯が日課と言うこともあり、一人になってすぐ入浴タイム。久々に心からくつろいでいる。
「はぁ、楽しかった。今度なに着てもらおうかなぁ。あ、でも何でもないときに女の子になってもらうのも悪いかなぁ。男の人の格好で歩いてもらえばいいか…。ってそれじゃデートみたいじゃん」
完全に今日は女性と歩いていた、と認識している。隣にいたのは女装ではなく女性。それを男性に置き換えた途端に恥ずかしくてたまらなくなる。
「男の人が隣じゃ、今日みたいに普通に歩けないよ。まだ付き合ってもいないのに。あれ? 私付き合おうとしてるのかな?」顔まで浸かり息をブクブクさせている。誰が見ているわけでもないのにその表情を隠す。
少なからず恋心はあるようだ。それもそうだろう、そんじょそこらの芋くさいのに比べれば勲は上玉。女装じゃなくても隣にいれば目を引くだけの素質の持ち主。そのあたりをどうも認識していなかったらしい。
「でも、かっこいいよね、勲くん。ゆきちとか狙ってたりするんかな? あれ、ゆきち彼氏いたっけ? よし明日聞いてみよう!」
勢いよく湯船から立ち上がる。その水滴が滴る肢体は非常ににしなやか美しい。お世辞にも大きいとは言えない胸だが、その慎ましさが勲の女装の一助になってるとだけ言っておこう。貧乳はステーt。
「はぁ、疲れた」
こちらは勲、部屋に戻りベッドに倒れこむ。慣れない格好で一日歩き回ったせいもありグッタリグニャグニャの状態。風呂に入るのも面倒、このまま寝てしまおうかと毛布にくるまり右に左にゴロゴロしている。
「それにしても可愛かったなぁ。男の子っていうよりボーイッシュな女の子だよなあれだと。カップルが歩いているっていうより女の子二人、後程三人、で歩いてるようにしか周りからは見えないだろうな…。何言ってんだ僕」
その発言は自身を女性とカウントしていることをわかっているのかいないのか。わかっているからこその自己ツッコミなのだろうが。少なくとも今日一日は自分は女性として生きていた。世間もそう見ていた、ということだけは理解している。
「次はイベントかな、今度が本番だよね。ボロ出さないように練習しとかなくちゃ…。……何を??」知るか。
「とりあえず、疲れたけどシャワーだけ浴びよう。靴擦れ酷いし湯船に浸かるのはやめとこ」結局ベッドから立ち上がって風呂へと向かう。
勲と佑奈、二人が別れ数時間が経過する。日を跨ごうとしている。勲は既にベッドの上で寝息を立てている。慣れないことが相当体に堪えたのだろう。佑奈はまだベッドの上でノートパソコンでネットをしている。
「ふあ、眠い。そろそろ寝ようかな…」
佑奈も久しぶりの外出で疲れた様子、夢の世界に行きそうで行けなさそうな状態。
「あ、洗濯物入れるの忘れてた。しけってないかな」衣裳部屋に面するベランダに干した洗濯物を取りに向かう。
掛かっているものを全て手にして部屋の中に戻ろうとする。
「さて、寝よ。ん?」そんな時ベランダの向かいに通る道に不穏な人影を見つける。確実にこちらを見ている。街灯にかすかに照らされているが顔まではわからない。だがその手にはカメラがあるのだけははっきりと見て取れる。
(何、あの人…)
気づかぬ振り、平静を装って部屋の中に戻ろうとする。すると後ろから小さく「カシャ」とシャッターを切る音が佑奈の耳に入ってくる。間違いない、自分を撮っているのだ。悟った佑奈は急いで窓を閉め鍵をかけカーテンを閉める。そして寝室まで戻り布団をかぶる。
(怖い、きっとあの人だ。誰か助けて!)
気づいた時には、昨日登録したばかりの勲の電話番号を鳴らしていた。
「ヴーンヴーン」サイレントにしていたスマホが突然振動する。完全に眠りに落ちていた勲は意識朦朧とスマホを手に取り画面を見る。
「誰だよ、こんな時間に…。沖波さん!?」急いで画面をスライドする。
「もしもし、どうしたのこんな時間に?」
「助けてください。誰かが家の前にいるんです!」
勲が話すのと同時に向こうから必死な声が聞こえてくる。ただ事じゃない、眠気なんか一瞬で吹っ飛んでしまった。
「え? 誰かって。もしかして!?」
「わかりません。でもカメラを持っているのは確かです。もしかしたら犯人かもしれません」
「ええと、わかった。家に鍵かけてるよね? 取り敢えず少し待ってて、すぐ…ってわけにはいかないけどすぐ行くから」
「はい」その声は相当怯えている。さっきまで聞いた明るい声ではなかった。
「えっと、ごめん。住所だけメールで教えてもらっていいかな。電車無いけど多分自転車で30分くらいで行けると思うから」
「わかりました。すぐ送ります」
「怖いだろうけど待ってて。部屋の中にいれば大丈夫だから。じゃあ一回切るよ」
「はい、待ってます」電話が切れる。そしてすぐにメールで佑奈の住所が送られてくる。
「えっと、駅あそこだから。うん、この時間なら20分くらいで行けるかも」急ぎ身支度を整え、家を出る。電車だといろいろ迂回しなくてはいけないが、幸いにも勲の家から佑奈の家までは、真っすぐ南下する感じで到着できる。自転車通学することを考えて購入したなんちゃってロードバイクのペダルが深夜うなりを上げる。
「待っててね、沖波さん」
うなりすぎたペダルのせいで、一度チェーンが外れるというトラブルに見舞われたが、何とか30分程度で佑奈の家に到着する。「東京って、この時間でも車通り多いなぁ」などと、環七を田舎者丸出しの発言をしながら走る車をごぼう抜きで。
佑奈のマンション近くに差し掛かり、取りあえず怪しまれない程度に周りを見渡しマンションの敷地へ入る。ここで犯人に気付かれては元も子もない、自然に駐輪所に自転車を止めエントランスに向かう。集中インターホンを鳴らし佑奈を呼び出す。
「はい、どなたですか?」声に恐怖が見える。それほど怖かったのだろう。
「あ、町村ですけど。開けてもらえますか?」
「はい、すぐ開けます!」暗かった声が一気に明るくなる。なんだか姫を助けに来た勇者の気分になる。
エントランスの自動ドアが開き中へ進む。この時を狙って入ってこないとも限らないので念のため周りを警戒する。不審者の侵入もなく自動ドアは閉まる。見届けた後、佑奈の部屋がある2階まで歩を進める。階層が低いことも覗かれる原因になっているのかもしれない。最上階にでも住んでくれ、とは言えない。部屋の前につき、再度自宅用のインターホンを鳴らす。中からパタパタとスリッパの足音が近づいてくる。
「町村さん、ですよね?」
「うん、間違いなく僕です」
鍵の開く音がして「どうぞ」と一声。扉を開くと目の前には佑奈、ホントに目の前に飛び込んできた。そしていきなり抱き着いてきた。
「まちむらさーん!」
「ぎゅう!!」という勲のどこから出たのかわからない声と共に、閉まった扉に「ゴィン」と頭を二人ともぶつける。勲は後頭部、佑奈はおでこを抑えながらうずくまる。
「ご、ごめんなさい」
「い、いや。大丈夫?」
痛いがそれ以上に抱き着かれたことの喜びが完全勝利。今日(正確にはもう昨日)出会ったばかりの女の子、しかも友人の妹に抱き着かれてしまう。「すまん巽よ、お前をお兄さんと呼ぶ日が来るかもしれない」心の中で詫びる勲。
痛みも治まり立ち上がる。よく見ると佑奈はパジャマ姿。目のやり場に困って困って仕方がない。「抱き着かれた時どうも中に付けてる感触も無かったし、これはもしや」など、あの一瞬の接触で色々察しエロ妄想をめぐらせてしまう。頭がいいだけに変な部分の回転もマッハで速い。しかし今邪な気持ちは無用。心を落ち着け本題に入る。
「嫌な予感、当たっちゃったな」
「嫌なって。なにかあったんですか?」
「ああ、黙っててゴメン。実は今日黒雪さんから連絡があって。沖波さん、どうもプライベートも狙われてるみたいなんだ。この部屋を盗撮している画像も見つかったらしい。どういうのかまでは見てないけど」一つだけウソをつく。
「そうだったんですか…。でも、不安にさせないように黙っててくれたんですよね。ありがとうございます」お礼を言われることではないのだが、なんだか申し訳ない気分になる。
「結果、こうなっちゃったけどね…」
「いいです。こうやってすぐに来てくれたので。騎士様みたいでかっこいいです」
「いや、そんな…」もうこれ以上ないくらいに照れる勲。真っ直ぐ佑奈を見ることが出来ない。
「そ、そんなことより。その人、何処にいるの?」話を本題に戻す。
「あ、その部屋のベランダから見える通りです。ちょっと遠くなんですけど、絶対にこっち見てます。暗くて顔まではわからないんですけど…。あ、でも多分あのカメラは○○○の****って機種で、それについてるレンズはたぶん△△△のωωωってやつだと思います。望遠凄いんですよ、確か…」
※機種、レンズ名は読者のご自由に当てはめてください
スラスラとカメラを特定する佑奈。それわかるなら顔わからない?
「わ、わかった。とりあえずそこにいるってことだよね」それ以上のカメラ講釈は脳が追い付かないので遠慮する。
「ちょっと私服借りていい? ああ、それとウィッグだっけ、今日お昼に被ってたやつ。それと帽子も」突然自らの意思で変装をすることを佑奈に告げる。
「え、構いませんけど。自主的になんて、とうとう目覚めたんですか?」
「そうじゃなくて…。こんなチャンス逃すわけにはいかない。ちょっと変装してコンビニ行くふりして見てくるよ。もしかしたら捕まえられるかもしれない。カメラに画像が残っていれば証拠にもなるし」
「なるほど、流石です。じゃあちょっと待っててくださいね、今持ってきます」
「なるべくラフな格好で。それとスカートはこの時間変だし勘弁…」
「はい、わかりました。下着どうします?」目は真剣だが丁重にお断りした。
「普通に入っちゃうからすごいですね」
「うん、喜んでいいのか情けないのか微妙だけどね…」
女物のGパンがすんなり履けてしまう。スマートと言うべきか「モヤシ」と言うべきか悩むところ。佑奈にウィッグを装着してもらい、今朝同様簡単なメイクを施してもらい準備完了。
「じゃあ、行ってくる。暗くて怖いだろうけど、電気消すからね」
「はい。気を付けてくださいね」
外出したことを装うため、部屋の電気を全て消し部屋にこもってもらう。玄関まで見送ってもらう。扉を開こうとするが前に行けない。佑奈に手をつながれている。
「心配? 大丈夫だって。こう見えて割りと強いんだから」安心させるために伝える言葉は単純なほど伝わりやすい。
「わかりました」握った手から力が抜ける。
「あ、その前に」今度は物理的にではなく言葉で引き留められる。
「ん、なに?」振り向いて佑奈を見る勲。すると肩に手を掛けられそれを支えに近づいてくる顔。ぶつかりそうになる。そして軽く唇と唇がぶつかる。
「え」何が起こったか理解できない勲。目の前には顔を真っ赤にしている佑奈がいる。
「色々迷惑かけちゃってごめんなさい。今はこれくらいしか出来ません。初めてってことで、許してもらえますか? なんか女の子にしたみたいな感じで変ですけど」
「ごごごごご、ごめん! そんなことしてもらうつもりで来たわけじゃないのに、ありがとう!」ご馳走様。
「町村さん、声大きいです」
「ああ、ゴメン…」二人うつむき無言で数秒。
「よし」気合を入れ直す勲。
「いってらっしゃい」
「じゃ、行ってくるね」お姫様に見送られ外に出る。さて今度は一人だ、さてどこまで女性を装えるか。今までと入れる気合が異なるが、それでも気合を入れて歩き出す男の娘がそこにいた。
「さて、参りましょうか」
マンションを出て佑奈から聞いている最寄りのコンビニまで歩き出す。時間にして5分とかからない距離。果たしてこの間にあちらさんは行動を起こすか。そもそもまだいるのだろうか、それすら怪しい。とにかく今出来ることをしてみよう。
マンションのベランダを見渡せる通りに出る。直接この通りにいる訳ではない、交差する通りの少し先にいる、そう佑奈は言っていた。仮に向こうがこちらに気付いたとして、追ってくるだけならまだいい。もし襲ってこようものなら、これが本物の佑奈だったらと考えるとゾッとする。ポケットに忍ばせた拳に力が入る勲。
交差する道の前を横切る。堂々と向こうを見るわけにもいかないので、目線だけで確認する。誰かがいるようには見えない、撤収したか? そう思ったが何か暗闇で動く影がある。街灯が切れていて丁度いい暗がりが出来ている。そこを狙って物陰に隠れている。
「気付いたな。よし、来いよ」心の中で挑発する。
交差した通りを通り過ぎ、10メートル程度進んだところで、後ろに気配を感じ始める。振り向くわけにはいかないが、確実にそこに誰かいる。多少なりとも鍛錬を積んでいる勲にはわかるが、これが普通の人だったら気付かないかもしれない。付かづ離れず絶妙な距離を保っている。慣れた者の行動、そう判断する。
(プロっぽいな。そもそもプロってなんだろう?)
どうでもいい考察をしながらなお歩き続ける。一向にこちらに何かしてくる様子はない。直に人通りがあり明るい通りに出てしまう。このまま何もしてこないのだろうか。
結果、目的地であるコンビニに何事もなく到着してしまう。さすがに店までついてくる様子はないが、やはり誰かはいた。おそらく通りを挟んで待っているのだろうか。見えない敵に警戒を怠らない勲。
「さて、来ちゃったし。何か買って帰ろうかな。あ、沖波さんなにかいるかな。聞いてみよう」
先ほど登録したメッセージアプリで佑奈にメッセージを送る。1分ほど待ってみるが読まれた形跡がなく返事もない。
「おかしいなぁ。寝ちゃったのかな、ちょっと心配だな。って、寝られたら部屋入れないじゃん! マズいって」返事がないことを寝たと解釈した勲、特に必要のないものを適当に見繕い急いでレジに持っていく。急ぐあまり小銭をこぼし拾い集める。その姿を見る店員はちょっと惚れかけている。やっぱり女性で通っている様子、お見事です。世界を欺くのはもう容易い。
レジ袋片手に佑奈のマンションへ戻る。横断歩道を渡る途中、そこでふと気づく。通り向こうにいたはずの人影がなくなっている。諦めたのだろうか。それともどこかに隠れてまだ何か伺っているのだろうか、もしくは。と、そこでもう一つの可能性を思いつく。
「まさか、僕が沖波さんじゃないって気づいて。だとするとまだ部屋狙ってるのかも。マズいマズい」
少し速足でマンションを目指す。遠くない距離、徐々に視界にマンションを捉える。勲の視野に入る範囲で人影はない。やはり今日は諦めたのだろうか、と思った次の瞬間だった。
「わっ!!!!」
自転車に乗った、犯人だろうか、後ろから突然だったので顔も見えなければ佑奈が見たカメラを持っていたかすらわからない。追い抜きざまに勲はGパン越しではあるがお尻を鷲掴みにされ思わず叫んでしまう。さすがに急すぎたため女性の叫び真似をすることは出来なかった。
「あ、待て!」
必死でその自転車を追いかける。しかし既にスピードに乗っていた自転車に追いつくことは困難。そもそも佑奈の靴を借りているためまともに走ることすらおぼつかない。結果取り逃がしてしまった。
「くそっ、追いつけない…」30メートルほど追いかけたところで諦める。そしてその場にへたり込む。息が切れたわけじゃない、疲れたわけじゃない。人生初の痴漢にあってしまったことに凹んでいる勲。
「まさか、男に触られることになるなんて…」orz←今彼はこうなっている。
「最悪…」立ち直るのに若干の時間を要することになる。
「とりあえず、沖波さんに危害が及ばなくてよかった。返事が来ないのも怖くて怯えてるだけかもしれないしね、そうだよきっと」
さぞ部屋で小さくなっているのだろう、僕の帰りを待っているのだろう。そんな想像をされ自宅待機中の佑奈だが…
「おぉ、すごい作画だ!」眠れなくなった為、深夜アニメを見てカウチポテトと洒落込んでいた!
勲くんのこと、もう忘れました?
「た、ただいま」お役目を終え佑奈の自宅へと戻る勲。
「おかえりなふぁい。どうでしたか?」片手にポテチを携えた佑奈に出迎えられる。当然口の中にあるのもその中の一枚。
「あ、そっちは大丈夫そうだね…」ホッとしたようなどこか残念なような勲。
「ふう、取り敢えず、いたよ」取り敢えずウィッグを取り頭を軽くする。
「本当ですか?」ポテチを食べる手を止める佑奈。まだ食ってんのかい。
「うん、例の盗撮犯かどうかまでは断定できないけど、捕まえられなかったし。でも確実に誰かを狙ってるというのは間違いないと思うよ。あぁもう、悔しいな。何もできなかった」
悔しがる勲。尻を触られたことだけは自分の名誉のために伏せた。言ってしまうとなんか格好のネタにされそうな予感がしたため。特に黒雪さんなんかはアンテナがビンビン反応しそうな感じ。佑奈を下手に心配させたくないということもあるが。
「お疲れ様です。危ない目に合わせてしまってごめんなさい。はい、これ」手に持ったポテチを差し出されねぎらわれる。うす塩派なんですけど。
「ありがとう。あ、これお土産」替わりにコンビニで買ってきたものを手渡す。
「わざわざすいません。お茶入れますからリビングに来てください。あ、先に着替えちゃってください。その恰好じゃ大変でしょうから。今朝着替えた部屋使ってください。昨日のジャージありますから使ってくださいね」
「あぁ、ありがとう。助かる。ん?」
サラッと返事をしてしまったが、この流れは今日も泊まれということなのだろうか。廊下を歩く佑奈の後姿を見てふと気づく。
「待て待て、さすがに二晩連続はマズいだろう。そんな関係じゃないし、いくらさっきキスされたからと言ってその後もオッケー、なんてことにはならないさ、はっはっは。落ち着こう、取り敢えずお茶を飲んだら『じゃあ今日は帰るよ』と真摯に言って帰ればいいんだ、そうしよう」
ぶつぶつ独り言を言いながら部屋に入り、口とは正反対に用意してもらったジャージに着替える狼。内心泊まる気マンマン。
着替えが済んでリビングへ。既に温かい紅茶とお茶菓子が用意してある。
「お疲れ様、どうぞ」ソファーを勧められて腰掛ける勲。ただのティーバッグではなく、ティーポットからちゃんと注がれる。男の一人暮らしではまずお目にかかれないものがある。
「すごいな、ちゃんとしてる」
「紅茶好きなんです。だから引っ越すときに一緒に買ったんです、自分専用のを」
「へぇ、巽も飲むの?」
「いえ、兄さんには飲ませません。コーヒー派らしいので」
「あぁそうか。あいつそうだもんな。どこでもそこでもコーヒー飲んでるや」
「ええ、だから飲ませません。そもそも兄さんとは好みが真逆なんです。食事も夏と冬も、北米と南米も」規模デカいな。
「じゃあ、いただきます」注いでもらった紅茶をすする。温かい。春だがまだ夜は少し冷える。突然飛び出して来て必死に自転車を漕いで汗をかき、その汗も引かぬまま犯人探しに出た勲。今になって引いた汗で体が冷えてきていたので、これほどありがたいおもてなしはない。
「あ、なんかくつろいじゃって。これ飲んだら帰るね。沖波さんに悪いし」着替えておいて何を言う。しかしさすがに気が引けるらしく帰るそぶりを見せる勲。
「え、帰っちゃうんですか?」
「う、うん。そのつもりだけど」
「ダメです」
「ダメ?」
「怖いんです。独りじゃ。町村さんには本当に申し訳ないと思いますけど、お願いです。隣で寝てもらえませんか?」
「隣ですってーーーーーーーーーーーー!!!!!」
※これは心の声です。
本当は「待ってました」と声に出して言いたいところ。実は願っていた引き留めだが、まさか斜め上のお願いをされる。さて、今晩は長くなりそうだぞ。狼は送り狼ならぬ泊まり狼に化ける可能性が出てきた。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさーい(棒)」
世の中そう思い通りに行くと思ったら大間違い。隣と言っても隣の部屋、しっかり布団のセッティングをしてくれて佑奈とは壁一枚隔てて昨晩同様眠ることになる。お休みのあいさつを残し佑奈が扉を閉めリビングへ戻る。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」布団の上にいる勲が頭を抱えて転げまわる。
「そうだよね、そりゃそうだよね。そんな都合のいい話無いよね。てかもしあったとしても準備してないし、もしあったとしても出来ないよね」テンパりすぎてよくわからない日本語を発している。
「で、でも明日からいきなり巽のことを『お兄さん』って呼ぶ心の準備できてなかったし。その準備する時間は与えられたって解釈すればいいや、うん、うん…」
電気の消えた部屋、布団の上で今度は落ち込んでいる。
…数分後
ようやく落ち着き布団に入り天井を見上げながら考え事をしている勲。出会ってまだ二日しか経っていない女の子の人生を守ろうとしていることを不思議と思いつつ次の一手を考える。
「ここに僕がいれば取り敢えず安全だろうけど、早く捕まえないと。今日僕を襲ってきたヤツがきっと犯人かな。でもよくここ嗅ぎ付けたよな、凄い執念…。ん?」
あることに気付く。そしてスマホを開きおもむろに黒雪にメールをする。そして数分後、黒雪からメールの返事が届く。
「あ、きた。よかったまだ起きてた。さて…」開いたメールには、今朝送ってもらったものと同じ画像が添付されていた。そして本文には…
「なにー? そんなにユウナの下着姿見たいの? 若いから仕方ないだろうけど、絶対人に送ったりしちゃだめだからね!」しまった、送ってもらう理由を書き忘れてしまった。改めて黒雪にメールを送る。
「黒雪さん すいません、そういうんじゃないんです。この写真をよく見ると、ほぼ同じかちょっと高い位置くらいからの撮影なんです。それを確かめたくてもう一度送ってもらいました。別にやましい気持ちは…、無いといったらウソになります、ごめんなさい」正直でよろしい。
そう、勲はその写真の撮影された構図が気になったのだ。先ほどの犯人は通り沿いから狙っていた。しかしこの写真は明らかに同じ高さくらいであるということに記憶をさかのぼって気づいた。それを確かめるために再度送ってもらったのだ。
布団から出て、電気は消したまま窓際に行く。こっそりカーテンをずらしその写真が撮られたと思われる場所を探す。
「えっと…、下着青か」そこじゃない。ちょっと目に焼き付けようと頑張っている。特定が終わったらまた消す予定なので。そこだけは佑奈を裏切れない。とりあえず今のところ紳士で通っている、たぶん。
「窓に対してこうで…。カメラは、まぁ望遠なんだろうけど。そうすると…。ビンゴ、あのマンションかな」
早々に撮影場所と思われる建物を特定する。佑奈のマンションから数百メートル離れた先にある、こちらもマンションと思われる建物。さすがに部屋まで特定はできないが、一つ犯人に近づく手がかりを得る。
「あそこに住んでる、って考えるのが今のところは有力かな。でもなんで沖波さんなんだろう? たまたま見つけたのかな。それともコスプレ会場で見つけて引っ越してきたとか。まさか、そこまでするかな普通」
しかし犯罪者の思考と言うものは常識を逸脱する。勲の考えがどこまで正しいか、今の段階ではまだ何もわからない。取り敢えず明日更に探ってみよう。今の段階で出来ることは無い。カーテンを閉じ布団へ戻る。
「うーん。でも流石に何の用もないのに住んでない人間がマンションのフロア内うろちょろしてたら、それこそこっちが不審者だよ。どうすっかな…」
やはり冷静。こっちが怪しまれては仕方がない。それに感づかれでもしたら元も子もない。最もな方法を模索する。
「あ、そうだ。これなら何とかなるかも。よし、明日朝になったら連絡してみよう」何か思いついた様子。さてその考えは吉か凶か。
「さて、やることやったし寝よう。…その前にもう一度だけ写真」スマホを改めて開こうとする。するとその操作を邪魔するかの如く、黒雪から電話がかかってくる。
「もしもし。はい、泊まってます。はい、二晩連続です、ごめんなさい。いいえ、手は出してません、ごめんなさい。潔白です、信じてください」何かよくわからないが、深夜電話でガン詰めされる。




