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レンズの向こうの男の娘  作者: 小鳩
2/24

君、デビューする気ない? ごめんなさい、興味ありません

 翌朝

「おはようございます、眠れましたか?」

「はい、お陰さまで…」

 そんなこと言っているが、実は衣裳部屋で寝かされ洗濯ものの下着やら何やらに気を取られてしまい、ぶっちゃけ2時間程度しか眠れていない勲。

「朝ご飯、何か食べますか? 簡単なものしかないですけど」

「じゃあ、食パンあればコーヒーと一緒に」

「あ、ごめんなさい。お米とお味噌汁ならあるんですけど。後目玉焼きと焼きジャケしかないんです」十分な朝定あるじゃないですか。

 食卓に掛け、佑奈と二人向かい合って朝食を取る。知らない人が見れば恋人同士にしか見えない。が、今は囚われの身と言ってもおかしくない。

「美味しいですか?」

「うん、美味しい」

 一人暮らしになってからと言うもの、レトルトやコンビニ弁当に頼る、普通の男子大学生をしてきたため、こういった手の込んだ朝食は非常にありがたい。これなら毎日来てもいいな、とつい思ってしまう。

「毎日ちゃんと作ってるの? 偉いな」つい褒めてしまう。

「え? ご飯は炊いてますけどおかずはコンビニですよ」夢を見ていたようだ。ゴミ箱に目をやると、そこには開封されたレトルトの袋があった。

「ちゃんと作るときもあるんですけど、今日は材料が無かったので。ごめんなさい」

「あ、じゃあ、今度是非…」

「はい」

 食事を終え、今日の話題に移る。

「じゃあ、着替えて秋葉原行きましょうか」

「ハードル高くない?」一発目から世界記録を狙うらしい。私服とコスプレが混在しても違和感のない街秋葉原。紛れ込むにはいい街かもしれないが、その分人の目も増える。

「ちょっと待って。二人で歩くことはいいんだけど、もし仮に犯人がいて僕のことばれちゃったらどうするの?」

「大丈夫です。私変装していきますから。町村さんが私になってください」

「ああ、なるほど」

「そうしないと私のダミーがいるってばれちゃいますよ。私が今日は町村さんになります! 大丈夫ですよ、ちょっと男の子っぽい服用意してますから」

「ああ、準備いいんだね。ってちがーう!」ノリツッコミがわかっている。

「久しぶりに秋葉原行けると思ったんですけど。ダメ、ですか?」

 ちょっと涙声になって訴えてくる佑奈。

「あ、行こうか」折れる。

「嬉しい! じゃあどれ着ていきましょうか? あ、スカートにしてくださいね。私外出るときは大体そうなんです」

 僕はリカちゃん人形なのかな? 思ってはみたが声には出さず。


 …30分後


「はい、できました。いいですよ」

 メイクをしてもらい完成。姿見を持ってきてもらい自分の姿を見る勲。

「うわ。佑奈さんそっくりだ…」自分で見ても驚くほどの出来。佑奈の私服を借り似た感じのウィッグを付け、伊達メガネをかけて。紺のフレアスカートに大人しめのフレンチスリーブにカーディガン。

「ここまで似てると、本当に姉妹なんじゃないかって思っちゃいますね。あ、はいこれ。もしもの時のためにこれも被っておくといいかもしれません」

 そう言って手渡されたのは、昨日佑奈に会った時に彼女が被っていたものよりは少し小さ目のキャスケット。

「これ被っておけば、ウィッグがずれたりするのも気になりませんから。私はもうちょっと大きなの被って顔隠していきますね」

「あ、ありがとう」手渡されるままに被る。これで準備完了。

「どこからどう見ても女の子だよなぁ。これならボロ出さなければバレそうもないや」

「さて、私も着替えますね」

「うん」出ていかなくていいのだろうか。ちょっと期待してしまう。やましい気持ちはどこでも湧く悲しい男という生き物よ。

「ごめんなさい。隣で待っててもらえますか?」結局男扱い。ちょっと残念。

「まだ恥ずかしいので」

「まだ!?」


 佑奈の家を出て私鉄の駅に向かう。乗り換え含め40分程度の道のり。勲にとっては人の目にさらされる危険な長旅。家を出た時からすでに逃げ腰で足が震えている。

「ちょ、ちょっとまって佑奈さん。本当に大丈夫かなぁ」

「変なかっこうしてると余計に怪しまれますよ。大丈夫、絶対ばれません、私が保証します」やけに自身があるドヤ顔を向けられる。

「それと、今はあなたが佑奈なんですよ。私は…、なんだろう?」

「もう僕でいいんじゃないでしょうか」名義貸し。

「ですね。じゃあ今日家に帰るまではわたしがあなたであなたがわたしです」

 初の身代わり。イベント事だけのはずだったが何故かプライベートまで付き合わされている。しかし嬉しそうだ。例の件でどれだけ彼女が抑圧されていたのかと思うといたたまれない。この笑顔が見られれば協力してやろうという気にもなる。こんな格好でなければなと言うのはもう考えないことにした勲。

「ほら、背筋伸ばしてください。目が泳いでますよ。挙動不審だと私まで怪しまれちゃいます」

「う、うん…」

「じゃあ行きましょう」手を引かれ歩き出す。初めて女性と手を繋いだ。小学校時代のフォークダンスは除く。照れちゃいけないはずなのにやはり照れてしまう。キャスケットを少しだけ目深にかぶってその照れを隠す。

 駅までの道すがら、既に人の目が気になる。見られているなんて自意識過剰と思われるだろうが確実に二人を見ている。絵になる美男美女が二人並んで歩いているのだ。何事かと目を留める人がいるのは当然。

「うぅ、見られてる」

「気にしちゃダメです。自然にしてください、自然に」

 と言われるものの、初変装で初外出に初電車。初物尽くしの勲にとっては全てが未知の領域。いつも普通に街を歩くのとはわけが違う。そしてどうしても気になるスカート。そんなにミニではない、膝丈くらいのものだがやはりそのスースー感は非常に違和感を覚える。

「風吹いたら、アウトだよね…」そんな風もないのに無駄にスカートを抑える。

「ダメですよ、そんなにスカート気にしたら。何もないですから大丈夫ですって」

「うん…。でも女の子ってすごいね。こんなの普通に履いてるんだ」

「気にしたことなんてないですよ、当り前ですから。それと今女の子はユ・ウ・ナちゃん、あなたですよ」佑奈(本人)に指で頬をつつかれる。

「そうだった、ごめん」

 どこからどう見てもじゃれ合っているカップルにしか見えない。

 最寄駅につき改札をくぐる。ほどなく来た電車に乗り込み空いている席に座る二人。まずはひと段落、ほっと胸をなでおろす勲。しかし次の問題が。

「スカートって…、覗かれるんだ!」

 対面式の席の為、向かいの人間が非常に気になってくる。女性は毎度こんな危機にさらされているのか、関心してしまう。そしてまた気にし過ぎてスカートの裾を抑えてしまう。

「どうしたんです? 大丈夫、覗かれたりなんてしませんよ」わかっている佑奈。

「そんなもん?」

「ええ、もっとミニじゃないと見えませんから平気ですよ。堂々としてください」

「そ、そっか」そう言われ安心してつい力を緩めてしまい閉じていた脚を開いてしまう。

「ダメです、ちょっとは女の子らしくしてください!」小声で怒られる。

「ご、ごめん」慌てて足を閉じる。女性の仕草って本当に難しい。

 自分のことで精いっぱい。普通に振る舞おうとするの頭が回らない。しかし何も会話無しでは不自然、落ち着いて会話を切り出す。

「ところでさ、秋葉原に何しに行くの? まさかただお披露目って訳じゃないよね?」

「あぁ、そういえば言ってませんでしたね。昨日いたゆきちって子覚えてますか。私の同級生の。彼女の働いてる店に遊びに行くんです」

「へぇ、そうだったんだ。どんな店?」

「メイド喫茶です」

「へぇ……、え?」佑奈を二度見。

「大学入ってからすぐ働き始めたみたいで。まだ一度も行ってなかったので折角だからまちむ…、佑奈ちゃん連れて行こうかなって」

「ちょっと、そんなところに行ったら余計危ないんじゃない? ただでさえ選球眼の優れた人たちが集まりそうな場所に僕なんかが行ったら、それこそ危ないって」

「大丈夫です! そこでも通用するくらいの自身はあります!」また小声で言われる。しかしその自身の根拠はどこにあるんでしょう。

「ええええええええ」顔面がどんどん青ざめて小さくなる勲。そのくらいの方がおしとやかで女性っぽく見えるぞ。

「楽しみだなぁ」そんなのどこ吹く風、佑奈(本人)は久しぶりの外出に胸躍らせている。

『間もなくー渋谷ー渋谷ー』アナウンスなんて耳に入ってない。

 

 そしてその頃黒雪は…

「いけない、寝過ぎた! 昨日の写真のこと連絡しなくちゃ!」おそようございます。


 電車を乗り継ぎ、秋葉原に到着しかけた時、勲のスマホが鳴動する。黒雪からメールだ。昨晩「これからいろいろあるだろうから」と言うことで、サークルメンバーと電話番号とメアドの交換は済ませていた。そして早速直通連絡がきた。

「黒雪さん? 何だろう」

 スマホの画面を開きメールを確認する。

「おはよう町村君。これはちょっとユウナに直接伝えられないから君に連絡した。添付の画像を見てちょうだい…」

(画像? どれ…)画面をスライドして添付された画像を確認すると、そこにはマンションで着替えをする佑奈の姿が写った写真。よりによってこれを送ってくるとは策士である。

(え、佑奈さん? って下着姿!)メールの続きを即座に読む。

「これは昨日の夜見つけた画像。どうもコスプレだけに限らずユウナ自体にストーカーがついてるかもしれないヤバイ状態。今一緒にいるかわからないけど、もし一緒なら十分注意して。もうイベント会場だけの問題じゃないかもしれない。出会ったばかりの君にこんなこと頼んで申し訳ないけど、ユウナを守ってあげて、お願い。守ってくれたらお姉さん何でも言うこと聞いちゃうぞ♪」

 最後の一文が無ければかなり気が重くなっていたかもしれない。彼女なりの気の紛らわし方なのだろう、非常にありがたかった。最後の行に追伸があることに気付く。

「追伸 なお、この画像は一度見たら削除すること もっといいのあげるから」

 姉さん、速攻で削除します。

「なに、メール?」佑奈が覗き込んでくる。

「あぁ、うん。大学の友人から」嘘をついてしまった。本来ならば佑奈に先に来て然るべき内容なのに、隠し事をしてしまいちょっと心が痛む。そして顔が隣に来た時の髪の香りがあまりにも良かったことでうっとりしている勲。

「なんで女の子って無条件でいい匂いするんだろう」そんなことはありません。

「もう着くよ。お昼ご飯どうしようか。メイド喫茶だとあんまりないから、別のところで食べる?」

「あ、じゃあ行きたいラーメン屋が」女の子らしい回答をしましょう。


 秋葉原へ着き改札を出る。勲自身あまり来たことのない街のため勝手がわからない。右に行くべきか左に行くべきか、目の前のデパートの入り口へ入るべきなのか。全く見当がつかない。

「あんまり遠くに行ってもなんですから、このデパートの中で食事しましょう」

「あぁ、そうしよっか」言われるがまま佑奈についてゆく。

 まだ動いて数メートル、また多くの視線が二人に降り注ぐ。街が変われば見方も変わる、極上のショタとロリっ子が一緒に歩いている。漫画のような光景ではないか、自然と二人は注目される。

「また見られてるっぽい、今度は間違いないよ…」

「もうこの街は仕方ないですね。だってまち…、ユウナちゃんみたいな可愛い子と縁のない人が多いですからね」可愛い顔してキツイことをサラッと言ってのける。

「それ言ったらゆ…、イサオ君みたいな男の子だって狙われるんじゃない?」

「女の子に好かれる分には全然困らないからいいです。変な男の人さえ寄ってこなければ…」ちょっと顔が怖い佑奈。

「ま、まぁいいか。どこに入ろう?」

「ここがいいです」案内板で店を探して佑奈が指を刺したのは、何のことは無い普通のファミレスだった。

「じゃあ上がろうか」

「はい」エスカレーターに乗り最上階を目指す。

 カシャ

「ん?」妙な物音に気付いて振り返る勲。

「どうかしましたか?」佑奈も勲を見て尋ねる。

「いや、別に。気のせいだと思う」

(今の音、シャッター音っぽかったけど。カメラ構えてる人なんていないし、スマホのシャッター音みたいだったし。気にし過ぎかな)

「早く行きましょう。お昼時だし混んじゃうかもしれません」

「そうだね」エスカレーターを降り少し速足で目的地のファミレスに向かう。

 下の階では今まさに上がっていった自分たちの姿を収めた写真をスマホの画面に映している人間がいることなど知る由もなく。


 一方黒雪…

「え、町村君とユウナ早速女装&男装デート!? なんて羨ましい、後付ければよかった!」

 勲からの返信に一喜一憂していた。


「女の子はあんなに食べませんよ…」

「そうかな? ハンバーグとカルボナーラと、それとドリア食べたくらいだけど」

「多すぎます。町村さん今はまだスリムだからいいですけど、お腹膨れるとみっともないですよ。今の内から自重した方がいいです」

 佑奈からお説教を食らっている勲。食と言うのは人が表れる、いくら外見はなりきってもそこだけは隠しようがなかったらしい。

「そうだったね…、今僕女の子だもんね。自重します」

「今だけじゃなくて、これからもそうしてください」

「はい…」反省。母親のようなことを言われる。

「さて、じゃあゆきちのところ行きましょうか。あ、ゆきちって本名じゃないですから。本名は…、ま、今のところいいか」紛らわしい。なぜ名前が二つも三つもあるのだろう。

 駅から歩いて5分程度のところにその店はあった。表通りからは一本裏に入った、表通りの喧騒はなく静かな通り。

「ここですね。…ちょっと並んでますね」人気店なのか喫茶店なのに行列が出来ている。見る限り堅気ではなさそうなのが多い。

「これ、絶対目的違うよね…。お茶しに来てる、わけじゃなさそうだね」

「でしょうね」この手の人種に対する態度が非常に冷たい佑奈。恨みでもあるのだろうか。自分は堅気でよかったと胸をなでおろす。

「まったく。グッズやフィギュアやカメラに掛ける金があるなら服の一着でも買えってんだよこの野郎。誰も見てないとでも思ってんのか? いつでもどこでも周りの目があるんだからその人間が見て不快にならない程度の格好は最低限しろってんだよ。だらしない格好見てこっちはイライラするんだよ全く。ブランド物㌔とは言わないけど、せめてチェックのシャツとケミカルウォッシュのGパンは止めろよヴォケ。後なんだよそのバンダナ、昔のハ○ショー気取りかってんだ。なれないなれない」

「ハ○ショー知ってるの!?」そこではない。何かすごい勢いで佑奈から愚痴のような文句のような、罵倒のような言葉が発せられたようだが、怖くて聞き返せない。その可愛い顔からそんなドぎつい言葉が出るわけない。「あぁ空耳だ」、勲は自己完結することにしといた。

「あれ、なに?」勲が彼らの背負っているリュックから飛び出る何かを指さして佑奈に尋ねる。

「ビームサーベルです」

「え?」サラッと言ってのける佑奈をガン見してしまう。

「誰をぶっコ○スつもりなんでしょうねー」目がとてつもなく鋭く冷たい。

 男一人で並んでいる客が多い中、こちとら美男美女のカップルが二人でイチャイチャ順番待ち。ただでさえ視線がグサグサくるのに、そんなことを聞こえる大きさでいうものだからさらに視線は痛い。勲が代わりにヘコヘコ謝っている。それを見て周りの男性はニヤついて許している。カワイイは正義。

 そんなこんなで入店の順番が回ってくる。中からメイドが出てきて案内をする。

「いらっしゃいませー。あ、ユウナいらっしゃい、来てくれたんだ。それと…」

 ゆきちの視線が女装した勲へと移る。それを見た佑奈が口の前で指を立て「シーッ」っという仕草をしている。

「あぁ、ようこそいらっしゃいました。ご主人様♪」


 ゆきちに通されさて店内へ。一見普通の店構えだが中にいるウェイトレスは全員メイドの格好をしている。別に個別の接待をしているわけではなく、ただ給仕する人がメイドの格好、と言うだけ。勲はちょっとイメージが異なったらしくほっとしている。

「何になさいますか?」ゆきちが注文を取る。

「あ、じゃあ抹茶ラテで」

「私は宇治抹茶金時苺チョコバナナパフェラージサイズで」耳を疑いたくなるようなメニューがある。それにあなた人に言うよりよっぽど食べるじゃないですか。

「承知しました、ご主人様」スカートを翻し厨房へと戻るゆきち。

「かわいいなぁ、ゆきち」両手を顔に当てデレデレし始める佑奈。

「確かに。かわいい子多いなぁ。ここにいる人ってみんなコスプレイヤーなの?」佑奈に聞いてわかるかどうか、質問する勲。

「いえ、よく知りませんけど。多分そういう人多いんじゃないですか。会場で見たことある人もいますから。ほらあの人とか」こっそり指さす佑奈。

「なるほどねぇ。イベント以外で会えるならそりゃ来るか。でも写真はダメなんだよね、こういうとこ」

「えぇ、あくまで喫茶店ですから。そういう目的のお客さんはお断りらしいですよ。あぁ、あの子もかわいいなぁ」

 相変わらずデレデレしっぱなしの佑奈をジッと見続けている。不意に小さく「佑奈さんもかわいいです」と口から出てしまう勲。

「ん、なんですか?」そのささやきに反応する佑奈。

「あ、いや。なんでも」気づかれていないようだ。

 両こぶしに顎を載せ、じっと勲を見てくる佑奈。男殺しの格好だ。上目づかいでただじーっと見られる勲。店内でも敢えて脱がないキャスケットが余計に可愛く見せる。

「な、なにかした?」

「ううん。ユウナちゃん、ここの子たちに負けてないなーって思って」爆発しそうなくらい恥ずかしい。

 そうか、今僕はすごく幸せな時間を可愛い女の子と過ごしているんだ。勲は自分がいかに幸せで羨まれることをしているのかということに気付く。

(こんな格好じゃなければ自慢できるのに…)

 向こうからとんでもない高さのパフェが運ばれてくるのが見える。

「お待たせしました~。宇治抹茶…、なんだっけ?」店員が覚えられないものをメニューにするのはよくないと思います。


 素晴らしい勢いでパフェをつつく佑奈。目の前ではその勢いに圧倒されている勲の姿がある。

カシャ

 今度は気のせいじゃない。勲が音のした方を振り向くとそこにはテーブルの下からスマホのレンズがこちらを向いているのが見えた。

「ごめん」そう佑奈に断り、パフェの器に敷いてあったコースターを取り上げ撮影者に向かって投げつける。

「いって!」見事命中。撮影に使ったであろうスマホが手のひらから床に落ちる。それと同時に席を立ちつかつかと撮影者のもとへ。そして落ちたスマホを拾い上げる勲。ざわつく店内など気にも留めず。

「これで今、何撮ってた?」

 拾い上げたスマホをその所有者につきつける。目をそらす男性客、やましいことがあるのだろう。

「画面見せてもらって、いいよね?」画像フォルダをクリックしかける。

「すいませんお客様。店内での撮影は禁止です。画像を拝見します。もし仮に撮影されているようであればご退店頂きますのでご了承ください」

 横から店長なのか男性店員が割って入ってくる。無言でスマホをその店員に渡す勲。

「失礼」男性店員がスマホを操作する。そして勲と佑奈を撮影したと思われる画像を発見しその客に確認する。

「こちら、当店の店員ではありませんが、お客様を撮影されていますね。予めお伝えしておりますように、店内での撮影はいかなる場合でもお断りしております。申し訳ございませんが、直ちに退店と今後のご入店をお断りいたします」

 そう促された客は男性店員にドナドナされて店を後にする。戻ってきた店員に声を掛けられる。

「お客様、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。それと気づいていただきありがとうございます」深々と頭を下げられる。

「あ、いえそんなことないです。たまたま音がしたのに気付いちゃっただけで…」

 お礼されている側の勲もヘコヘコ頭を下げだす。そして、目立っていることにようやく気付く。

(しまった!)

 時すでに遅し。店の客、店員全員の視線は勲に集まっていた。一人くらいにはばれてしまう、これはマズい。そう思っている矢先起こる盛大な拍手。

「すげぇぞねぇちゃん。かっこよかったぞ」

「よくやった。俺たちの聖地を汚さずにいてくれてありがとう!」

 勲に向けられる数々の称賛。どうやらばれていない上にローカル英雄扱い。

「へ? あ、どうも。恐縮です」手で頭をかきながらまたペコペコしている。

「ユウナちゃん、かっこいい」佑奈も混じって歓声を贈る。

「本当にありがとうございました。お客様の手を煩わせてしまって申し訳ありません。今日のお題は結構ですのでどうぞごゆっくり」

「あ、お気遣いどうも…」再び礼。

「すごいねーユウナちゃん、ありがとう」寄ってくるのはゆきち。ユウナ(勲)の手を取ってブンブン振り回す。

「なれ、なんだゆきちちゃんの知り合いだったのか。そりゃますます申し訳ない。折角来てもらってこんな目にあわせちゃって。何か一つサービスしますよ」追加サービス提案を受ける。

「あ、いえ。ボ…、私はいいので、彼の希望でもいいですか?」佑奈に権利を譲る。

「あ、えぇ勿論。何がよろしいです?」

「え? いいんですか。じゃあこれと同じのもう一つください」もうなんでもいいや。

 佑奈が二つ目のソレを食べ終わる頃、店も落ち着いてきてゆきちが二人の席に寄って来る。

「ごめんね二人とも。面倒なことに巻き込んじゃって。で、覗かれなかった?」勲のスカートをチラとめくる。

「やめてください、見えちゃいます!」手がカップでふさがっているため抵抗できない勲。せめて口だけでも。

「よいではないか」どこかで聞いた気が…。

「まぁ、昨日の話もありますから少し気にしてただけで。たまたまです、たまたま…、オフゥ」サービスということでもう一杯もらった抹茶ラテを無理矢理胃に流し込みながら答える。腹が既にいっぱいなのに、断り切れないのはここでもか。

「さすが王子様やで。あ、今はお姫様か、グヘヘ」ちょいちょいオッサンくさいぞゆきち。

「どっちでもいいです、もう…」

「でもさー、改めてよく見るとさ…」マジマジと勲の女装姿を見るゆきち。

「もう、ここで働かね?」

「バフゥ」往年のジャンプ漫画で吹き出した際に使用するような擬音がよく似合いそうな吹き出し方をする勲。とっさに横を向いたので佑奈にぶっかけずに済む。

「やだなぁ、冗談だよ冗談」

「ホントお願いします。今回のためだけなんですから…」おしぼりで口と窓を拭きながら返す勲。

「ねぇゆきち。例の件だけどさ、ゆきちがこの店で怪しいって思った人って今までいない?」

「あぁ、それなんだけどね。ちょっと思い当たる節があってさ。今日3時までなんだけど、ちょっとどこかで待っててもらえる?」

 なんか急に話が確信に入ってきた。口のついでに顔も吹いている勲。少し化粧取れてますよ。


 ゆきちを待つため、秋葉原の街中を当てもなく散策して時間をつぶす。勲をもさすがに視線にも慣れてきて自然と過ごしている。もうばれようがばれまいが、この恰好を今変えられるわけもない。腹をくくって行動していた。途中ウェブ雑誌の撮影と言うことで声を掛けられ、佑奈と共にカメラに収まる。掲載するかしないかは別として「モデルとかの仕事に興味ない?」と言われるが「ごめんなさーい」と潔く断る。彼らは自分を女性と思っているのだ、その夢を壊すまいと丁重に。しかし複雑、もう完全に社会に女性扱いされている今日。脱いだらちゃんと男に戻れるのか心配になってくる。

「さっすがユウナちゃん。私が見込んだだけのことはあるわ!」鼻息荒くやけに嬉しそうな佑奈が見れるのが救い。

 15時半を回ったところ、佑奈のスマホが鳴る。

「もしもし、終わった? じゃあ今UDXの下にいるんだけど。うん、わかった。待ってるね」

「ゆきちさん?」間違いはないだろうが確認をする。

「うん、終わったからこっち来てくれるって。何処か座って話したいね。いいお店あるかな?」

「できれば、秋葉原から離れない? ちょっと疲れた…」慣れない格好で慣れない街。気を張り続けるのも限界、流石に提案する。

「そうですねぇ。カラオケでも行きましょうか。そこなら内緒話も聞かれませんし。ちょっと歩けばいいとこありますよ。ハニートーストがですね…」

「じゃあ行こう、そこ行こう!」話半分で同意する勲。

「わかりました。じゃあゆきち来たら向かいましょう」

(よ、よかった。脚が痛すぎるよ。女の子の靴って大変)

 そこまでヒールが高いものではないが、ずっとパンプスを履いている勲。そこかしこが痛い、靴擦れの一つや二つあるだろう。とにかく靴が脱ぎたい一心だった。ゆきちが来るまでの間もしゃがみ込んで足への負担を減らしている。相当なものなのだろう。

「脚、痛いです? カラオケ行ったら靴脱いで見せてくださいね。絆創膏とかありますから」さすが女の子。カバンの中は四次元ポケット。出てきてほしいものが出てくる。

 しゃがんでいる勲の横に佑奈も同じようにしゃがんでくる。被っていたキャスケットを取る。男の子変装用のショートウィッグを付けているため、脱落防止のため店の中でも取らなかったキャスケット。人通りも少ないため少しだけいい意味での油断。

「ごめんね」理由もなく謝られる。

「え、なんで? なにも沖波さんに謝られるようなことされてないし」

「その恰好」

「あぁ、忘れてた…。でも別に謝ってもらうことなんて一つもないよ」

「無理してない?」確信を付く。

「してない、っていったらウソになるかも。でもいい、役に立てるならいい」

「ホントに?」

「ホント」この言葉に嘘はない。昨日押し切られた感はあるが、手伝うことを決めたのは自分。その言葉には男として責任を持っている。なんだかんだで本来は絵にかいたような日本男児の勲。

「ありがとう。私昨日まで男の子とちゃんと話したこと無かったの。高校まで女子高だったから、町村さんが初めて。でも、男の子っぽくなくて安心して話せました」

「あ、ありがとう。喜んでいいのかな…」微妙。

「町村さん『男の娘』って知ってます? 子じゃなくて娘」話題が変わる。

「いや、初めて聞くかな。それって…、今の僕みたいなののことかな?」説明を聞く前にほぼ察する。

「そうです。最近増えてるんですよ、女装する男の人。イベントなんかで女装コスプレする人も多いんですけど、そうじゃなくってプライベートで女の子の格好する。ひっどいのもいるんですけど、可愛い人もいて。でもそんな人たちの中でも町村さんは一級品です」

「お、おう…」喜ばしい、はずなんですけど。

「だからかもしれません。抵抗なく話せたし、こんなことお願いできたの。似てるのは偶然かもしれませんけど、お願い出来たのは町村さんだったからです。ありがとうございます、本当に」

 本当に嬉しそうな微笑みを向けられる。勲は男であることを再認識する。こんなに可愛い子と一緒に歩けている幸せを改めて噛みしめる。

「あ、いや、その…」何か言おうとするが何も言葉が出てこない。無理にでも何か捻り出そうとするが。

「お待たせ! 何してんの?」到着したゆきちが目の前に仁王立ち。ちょっとスカートの中が見えそうで目をそらす勲。

「お疲れさまー! じゃあ行こう!」いい雰囲気台無し。


「あー、疲れた。うわ、靴擦れしちゃってる」部屋に入るなり靴を脱ぎ足を放り出す勲。靴下も脱ぎ捨て履きなれない靴に付けられた傷を確認する。

「大丈夫ですか? 絆創膏ありますよ」

「あぁ、ありがとう。2枚貰っていいかな?」

「はい、どうぞ」佑奈から絆創膏を受け取る勲。かかとと親指の辺りにできてしまった靴擦れにそれを貼る。

「ふぅ、ちょっと落ち着いた」そう言ってソファーの上で胡坐をかく。

「店員さんに見られないようにしてくださいね。もうすぐドリンク持ってきますから」佑奈に釘を刺される。

「あ、うん。それは大丈夫」胡坐から瞬時に女の子座りにチェンジする。

「わかってるねぇ、町村君。やっぱセンスあるよ」ゆきちが怪しく微笑む。

「さて、話って?」本題を振る勲。

「その前に」

「前に?」

「一曲どお?」ゆきちからマイクと曲の入力端末を渡される勲。

「え? いいの。じゃあ…」喜々として受け取って曲を入力していく。入力完了、画面に映し出された曲目は…

ユニコーン『大迷惑』


 5分後…


 ソファーに女の子座り(正座を崩した感じのアレ)で腰掛けたまま借りてきた猫のようにおとなしくなっている勲がいる。全力全開の熱唱をドリンクを運んできた店員に見られ、しかも飛び跳ねたところスカートが捲れパンチラまで出血追加サービス。はれて一人目の目撃者となった名も知らぬ店員。

(カウンターに戻ってから別の男性店員と「チョーかわいい子のパンチラ見れた」と話していたことなど勲は知る由もない)

「いやー、いいもん見れたわ。ごちそう様」エロい目で勲とスマホで撮った動画を交互に見ているゆきち。隣から覗く佑奈も非常に嬉しそう。

「マイク持つと人変わるんですね。でもちょっと女の子っぽくなかったですね。店員さん気付いてなかったみたいですけど」

「…お恥ずかしい」一回りくらい小さくなってる。

「さて、本題に入ろうか」切り替えて今度こそ話を始めるゆきち。別に女装男装で全力で遊んでいるわけではないのだ彼ら彼女らは。あくまで佑奈とその周りのみんなの盗撮犯を見つけるという目的があり、その下準備?としてこの街で練習しているだけ。

「お店の子たちに今までそういう経験がないかって聞いたの。そしたら、まぁ当然っちゃ当然なんだけどあってさ」

 コスプレイヤー特有のお悩みのようで。佑奈に限らずそう言った被害はいくらでもあるらしい。

「佑奈の写真見せたの。別に何がわかるってわけじゃないんだけど。そしたら同じイベントでコスプレしてた人がいて。まぁいるよねー」割りと世間は狭い。

「よくわかるね、だって下着しか映ってない写真だよね」自然な疑問をぶつける勲。

「ちっちっち、町村君。我々を舐めちゃあかんぜよ。ちょっと写る建物の端っことかですぐわかっちゃうわけよ。ホラあれだ。すごーく小さくて見分けのつかない部品。あれを説明書なくてもどのガンプラのパーツかわかっちゃう人いるでしょ。それと同じ」勲には非常にわかりづらい例え。首を縦に振ることもなく鼻水を垂らしそうになりながら目を細め聞いている。

「まぁそういうわけでいたわけだ、同じイベント参加者が。顔の広い人もいるから、大体のカメラマンの顔とかわかるんだって、一見さんじゃない限り」料亭か。

「そこでね、いつも見かけないちょっと不審なカメラ持った人がいたんだと。同僚が言ういにはちょっと遠巻きからカメラ構えて写真は撮ってるんだけど。決して話しかけてこないし名刺も渡してこない。慣れてない人かなーって思ったくらいなんだって、その時は」

「名刺?」

「あぁ。この業界の常と言うか、撮った写真を掲載するために自分のHPのURLやアドレス載せてる名刺を渡してくるの。今後変な期待を胸にお近付きになろうとする人も多いわけよ。無理なんだけど」可哀想に…。ここまで言われると、先ほどの佑奈のdisりっぷりといい、若干その同性達が不憫に思えてくる。

「で、名刺も渡さない、名乗りもしない、一枚いいですかも言わない。素人だろうってことで結論付けたんだってその場は。でも別のイベントでも見かけたみたいでさ」

「でも、それだけならただの新しいファンってことも…」勲が結論を先走る。

「いや、そうじゃないんだ。もうちょっと聞いて。そしてその子なんだけど、そのイベントで佑奈と同じように盗撮されてたんよ。掲載されてたサイトも一緒。構図は、まぁ衣装も違うから全く同じというわけではないんだけど。町村君にはちょっと刺激が強いので見せるのはNGね」そう言われると見たい。

「なるほど。一緒ね…」口に手を当て考える。

 ここまでの話ならば、ただのコスプレ盗撮犯として、特定することは割りと簡単そうに思えてしまう。しかし勲が引っかかるのは先ほどの黒雪からの連絡。ゆきちの同僚はそれで済んでいるかもしれないが、佑奈はプライベートまで晒されている。次元の違う盗撮。多分このことをゆきちはまだ知らない。だからこんな話をしてくれたのだろう。

「ありがとう。ちょっと絞れた気もするね。イベントでとっ捕まえられるかも」取り敢えず伏せて話を進めることにした。

「うん。みんなで目を光らせれば何とかなるかも。取り敢えず同僚にも怪しい人いたら教えてねって言ってあるので」

「ちょっとホッとしました。全く当てのない状態だったので、少しでも情報あると安心できます」

「そうだね」合わせる勲。しかし心は余計にざわつく。今の段階では佑奈を欺いている。それどころか、真実を知ったら余計に心配してしまう。コスプレどころか日常生活にまで支障が出てしまうかもしれない。

「守ってやらないと」昨日安請け合いした依頼だが、この時佑奈を守るという使命にやっと目覚めた勲。女の子の格好をした王子さまの目は漢の目に変わっていた。持ってきたウーロン茶をストローでブクブクと吹きながら。

「町村さん、お下品です」

「ごめん…」


 勲、佑奈、ゆきちがカラオケで話しているのと同時刻、自宅の黒雪。


「あぁ~、やっぱり私も合流すればよかったかなぁ」なにかひどく後悔している感じの様子。その手にはスマホがあり、とある画像が映し出されている。

「町村君、マジでエロいわ。いたら確実に押し倒してる自信あるし」

 そこには、先ほど勲が『大迷惑』を熱唱している動画が映し出されている。しかもこともあろうにゆきちがキッチリローアングルで撮影している。

「ゆきち、撮影上手いなぁ。犯人あいつじゃないだろうな?」


「へっくしょん!」

「ゆきち、風邪?」

「いや、噂されているのだろう」


 横では勲が2曲目を大熱唱している。曲名は『さそり座の女』。


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