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葛城エース ―追放されたエース、女子だらけの野球部で再起します  作者: CIMAGIROW


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第54章 新監督


とある日の放課後、あたしは学校から練習場に向かって歩いていた


並木道を吹き抜ける風が、ふわりと髪を揺らしていく。


新緑の葉が陽の光を受けてきらきらと輝き、見上げた空はどこまでも青い。


「気持ちいいなぁ……」


思わず深呼吸すると、緑の匂いが胸いっぱいに広がった。


五月の風は少しだけひんやりとしていて、歩いて火照った体にはちょうどいい。


この並木道を歩く時間は、あたしのお気に入りだった。練習前の緊張も、不思議とここを通ると少しだけ軽くなる。


「おーい!千楓ー!」


あたしを呼ぶ声が後ろから聞こえてきたので振り向くと同じ野球部の及川ユリがいた


「ユリ!おいっすー」


「おいっすーって何その挨拶?」


ユリが笑いながら聞いてくる


「うーんなんとなくね、なんとなく」


「なにそれ?」


それから2人でたわいもない話をしながら練習場に向かう


二人で笑いながら歩いていると、校舎の方から吹奏楽部の演奏が微かに聞こえてきた。


学校の隣の第一グラウンドではサッカー部や陸上部が練習を始めていて、放課後の学校は今日も活気にあふれていた


「だからさー今日びっくりしたよ、いきなり隣のクラスから藤堂ー!!って声が聞こえてさ」


「夏海せんせーの声は大きいからね」


「藤堂くんが何したんだろう?ってみんなで話してたんだよ」


「うん、ただの居眠りだよ」


「夏海先生の授業で居眠りなんて、度胸あるねー。いつも寝てるの?」


「ううん、珍しいよ。今日は朝からずっと眠そうだった。」


「ふーん、あ!そういえばさ!千楓きいた!?」


「なにを?」


「うちの野球部にさ、監督が来るんだって!」


「そうなんだってね」


「なんだ知ってたんだ」


「この前、梓の仕事を手伝ってた時に夏海せんせーから教えてもらったよ。ユリはどこで聞いたの?」


「アタシは一年生たちが昼に騒いでるの聞いてさ」


「そうなんだ。情報の出どころはリオンとかかな」


「うん多分、いつから来てくれるかわからないけど、大会にも間に合いそうじゃん。」


「そうだね」


そうして話しながら歩いているうちに、練習場へ着くと門が開いていることに気づいた。


「あれ?開いてるね」


「梓かな」


「私がどうかしたか?」


今度は梓が後ろから声をかけてきた


「おっと、梓じゃないのか」


「なんの話だ?」


「門が開いてたから先に梓が来てるのかなって思ってたんだけど違うみたいだね」


「ああ、私は君たちのずっと後から追いかけてきて今追いついたんだ」


「そうなんだ、じゃあ違う誰かかな」


「うむ、一年生たちかもしれないな」


「とりあえず行こうか」


練習場に入るとベンチ前に1人、スーツ姿の小柄な女性が立っていた

目を細め何かを思い出しているようだった


スーツ姿にもかかわらず、その立ち姿にはどこかスポーツ選手のような無駄のない雰囲気があった。


小柄な体格なのに、不思議と目が離せない。静かにグラウンドを見つめる姿には、長い時間野球に携わってきた人だけが持つ空気が漂っていた。


あたし達はその様子を見て思わず立ち止まる


しばらくするとその女性はあたし達に気づいてこちらに向かって歩いてきた


「君たちは野球部の子たちだな」


「は、はい。あの…」


「どうも初めましてこのたび、野球部監督を務めることになりました。芦屋姫子といいます。」


「あなたがそうだったんですね、私は野球部主将の」


「別当梓さん、浦河千楓さん、及川ユリさんだね」


「なんで名前…」


「この前の試合を見させてもらった、3人とも良いプレーをしていた。」


「あ、ありがとうございます」


「アタシはエラーしちゃったけど…」


「今日は下見なんだ。正式な就任はもう少し先だがな。」



「あ、そうなんですね。」


「僕はレッドアイアンジムで働いているんだ。社長から『面白い学校がある』と紹介されて引き受けたんだ」



「なるほど、それで…だったんですね。すみません顧問の先生からは芦屋社長の紹介でとても優秀な方がいらっしゃるとしか聞かされてなかったもので」


「優秀かどうかわからないけど、人より野球には詳しいつもりだ。役に立てることもあると思う。よろしく頼む」


「はい」


梓と新しい監督がガッチリと握手をしていた


「それですまないが、もう少しだけ練習場を見させてもらっても構わないだろうか?無論、練習前には退散するから」


「ええ、どうぞ」


芦屋監督は室内練習場のバットラックを確認し、倉庫の整頓具合を眺め、監督室にも静かに足を踏み入れる。


どこへ行っても、何かを確かめるように視線を巡らせていた。そして練習場のマウンドへゆっくり歩いていく。


しゃがんで土を握って指先で土を確かめる。


ホームベースに視線を落とし、バックネット、そして外野へとゆっくり目を向ける。


そして一言。


「……いい練習場だ。」


「本当ですか!?」


「浦河さん…もう着替えたのか早いな」


「去年あたし達が来た時は草がボーボーで野球をするどころじゃなかったんですけど、名門時代の遺産で沢山設備が残ってたんです」


「……なるほど」


一年以上お世話になっている練習場を褒められてあたしは自分の事のように喜んだ


芦屋姫子さんはそんなあたしを見て優しく微笑む


「そのおかげで色々練習とかがかなり捗りました」


「そうか…だが僕が言ったのはその手入れのほうだ」


「え?」


「元々の設備も良かったのだろうが手入れも申し分なかったし大切に使われていた。これでまだ指導者がいないとは恐れいったよ」


芦屋監督はそう言ってマウンドからベンチを視線を移す

ベンチ前で梓とユリがキャッチボールをしていた


「この環境は羨ましい」


「羨ましい…ですか?」


「ああ、設備が整って主将を始めとするチームメイトがいて…僕もここだったら野球をやめなかったかもな」


何かを思い出すように目を細める


「それって…」


あたしが聞こうとすると


「いやすまない、関係ない話だった…忘れてくれ、グローブはあるかな?他の部員が来るまで僕がキミの相手をしよう」


「いいんですか?ありがとうございます!」


倉庫からグローブをあたしは持ってきて芦屋監督に渡して少し離れていく


「さあ、いつでもいいぞ」


シュッ、パシ!


シュッ、パシ!


「やはりなかなか良い球を投げるな」


「ありがとうございます」


そう言うと、芦屋監督は見た目からは想像できないほど力強いボールを投げ返してきた。


シュッ、パシ!


シュッ、パシ!


芦屋監督の投げたボールは、山なりではなく、低く真っすぐ伸びてきた。


さすがの新監督だと思わされるボールを投げ込んでくる


このあとみんなが来るまでキャッチボールをしてもらい、部員たちが集まったタイミングで新監督を紹介した


新しい監督が来てまた何かが変わる予感する


そんな気がした


だけど、あたしにはもう一つ気になることがあった。


今日生徒会室のドア越しに聞いてしまった雄平くんの思いをあたしは胸の奥にしまっておくのだった


第54章を読んでいただき、ありがとうございました!


ついに女子野球部にも新たな監督が登場しました。これから少しずつ動き出すチームの変化も楽しんでいただけたら嬉しいです。


と言いたいところなのですが諸事情により、しばらくの間『葛城エース』を休載いたします。再開の目処が立ちましたら改めてお知らせします。ご理解いただけますと幸いです。



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