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ディメンション・ドライブ!  作者: 晴海翼
第一章:四月に君と再会する

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01-08:零れ始めた砂

 しおりとの思わぬ再会。

 どうしても意味を求めてしまい、凛は殆ど眠る事が出来なかった。

 

 それでも。

 いつものように空がまだ薄暗い中、彼女はその身を起こす。

 どうせ布団にもぐっていても、心がざわめくままなのは変わらない。

 普段通りに過ごさなくてはいけないと、自らへ言い聞かせているようでもあった。


 ……*


「ふぁ……」


 何度目になるだろうか。凛の口が、だらしなく開けられる。

 その度に肺の中へ冷たい空気が流れ込むが、頭が冴える様子は見当たらなかった。


『凛。そんな様子だと、また紗香に怒られちゃうよ』


 《忘音(わすれね)》の声が頭へ響く。

 どうせ早朝に街をぶらぶらしているだけなのだ。ギリギリまで寝ていればよかったとぼやいている。

 

 尤も、これは《忘音(わすれね)》なりの気遣いでもある。

 しおりの心の内が判らないまま、心労だけを積み重ねてもしかたないだろう。

 だから、少しでも休むべきだと凛へ伝えたかったのだ。

 

「分かってるけどさぁ」


 無論、凛も《忘音(わすれね)》との付き合いは長い。

 自分が一番弱っている時も常に傍にいたぐらいなのだから、意図はきちんと伝わっている。

 《忘音(わすれね)》に感謝をしつつも、彼女は街の中を散策する。


 ただ、いつもと順路は違っている。

 しおりの居る天間家を、凛は避けている。

 もしも、彼女と鉢合わせた際にどういう顔をすればいいのか判らないから。


(あたし、ダメだな)


 《忘音(わすれね)》に聞かれないよう、凛は心の内で毒づいた。

 逃げないようにいつもと同じ習慣で動いているというのに。

 結局逃げてしまっているという矛盾を抱えたまま、凛は早朝の初根市を散策していた。


 その時だった。

 不意に、凛の元で一台の車が止まったのは。


「えっ?」

 

 周囲に人は見当たらず、すぐ近くに駐車場がある訳でもない。

 目的は明らかに自分だが、心当たりもない。

 きょとんとした様子で、凛は開いていく助手席を眺めていた。


「凛? こんな時間にどうして……」

「紗香ちゃん!?」

「凛ちゃん、おはよー」

 

 窓の向こうから顔を覗かせたのは、紗香だった。

 その奥にはハンドルを握る佐和の姿が見える。

 まさかと思い視線を後部座席へ動かすと、神妙な面持ちをする謙吾の姿が視界へと映った。

 次元境界線防衛機構(ディバイダー)初根ヶ丘第三支部の面々が、集結してしまっている。


「支部長やまどかさんまで……」

 

 凛は眉を顰める。

 この状況は明らかにおかしかった。今日は平日で、当然ながら学校もある。

 紗香は普段、徒歩で登校をしている。送り迎えなど一度たりともされた事はない。


 そんな彼女が早朝から車に乗っている。いや、そもそも彼女は制服を着ていない。

 暗に学校へ行くつもりはないと、宣言をしているようなものだった。


「紗香ちゃん。もしかして、今日は学校に行かないの?」

「ええ。先ほど、学校には連絡を入れました。

 新学期早々ですみませんが、今日は休ませてもらいます」


 反射的に「どうして?」と尋ねかけた凛だったが、その必要はなかった。

 謙吾と紗香だけならいざ知らず、佐和が一緒にいる。

 O-dis(オーディス)関連以外の状況が考えられない。


「ちょっと、O-dis(オーディス)絡みで急な会議が入ったのよ。

 紗香ちゃんは第三支部(ウチ)適合者(ドライバー)代表としてついてきてもらうけど、凛ちゃんはどうする?」

「佐和さっ――」

「……?」

 

 佐和から捕捉された内容は、想像通りだった。

 一方で、隠すような内容でもないにも関わらず動揺を見せる紗香を見た凛は小首を傾げる。


「ええと、適合者(ドライバー)は紗香ちゃんだけでいいんですよね?」

「ええ、あくまで報告が主な目的だから紗香ちゃんだけで平気よ。

 というか、凛ちゃんはあまり報告書も読んでないでしょ?」

「う……」


 返す言葉もないと、凛は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

 支部長である謙吾が行くような場なのだから、きっとお偉いさんも集まるだろう。

 そんな場で求められるような対応が自分に出来るとは思えない。


 とはいえ、自分だけがさぼっているように見えてしまうのも不本意だった。

 妙な自尊心と葛藤が生まれる凛の胸中へ答えを示したのは、後部座席に座る謙吾だった。


「音無君、気にしなくてもいい。小難しい話をするのは、私たちの役目だ。

 裂空現象はいつ起きるか解らないんだ。

 もしもの時は第一支部や第二支部の適合者(ドライバー)と協力をして、討伐に当たって欲しい」

「支部長……。はいっ、わかりました」

(なるほど……)


 謙吾は暗に待機を命じているのだが、その理由を凛へ与えている。

 自分のように口うるさく言うのではなく、彼女を尊重する言い方に紗香は感心をする。

 一方で『友人』ではなく『上司』のような目線をする紗香を見ては、佐和が苦笑いを浮かべていた。

 

 それからいくつかの言葉を交わし、車は再び動き始める。

 段々と小さくなっていく車体を見送りながら、凛は街に活気が溢れ始めるのを感じていた。



 

『凛、そろそろ学校に行かないと』

「うん、そうだね」


 《忘音(わすれね)》の声が頭に響くと、凛は静かに頷いた。

 

 また、今日も一日が始まる。

 たくさん。たくさん考えないといけない一日が。


 下ろした頃より少し形の崩れたブレザーを身に包みながら、凛は歩き始める。

 しおりがいるであろう、初根ヶ丘高校へ。

 まだ何を話せばいいか分からないという不安を、胸に抱えながら。


 ……*


 向こう側では、景色が駆け抜けている。

 窓に反射した自分の顔が困惑している事に、紗香は眉を顰めていた。

 

「佐和さん。凛に会議のことを話さなくても良かったのではないですか?

 それ以前に、わざわざ顔を見せる必要だって……」


 理由は明確で、先刻に凛と会った時の会話だ。

 もしも凛が「ついてくる」と言えば、断る理由はない。

 

 だからこそ、佐和が車を彼女の横に停めた意味を捉えきれずにいた。

 元より凛を連れていく予定はなかったのだから、そのまま車を走らせた方が良かったのではないかと考えてしまう。


「んー? だってさ、どうせ第三支部には誰もいないって言わないといけないんだから早い方がいいでしょ。

 それに、私たちがスルーしたって凛ちゃんが見つけるかもしれなしじゃない。

 気付かなかったって言い訳もできるだろうけど、少ない仲間なんだしそういう真似はするべきじゃないでしょ」


 対する佐和はというと、あっけらかんした様子で理由を語った。

 些細な事で関係に亀裂が入るのを、佐和も良しとはしていない。特に紗香とは拗れて欲しくない。

 だからこそ、彼女は凛と接触する選択を採った。

 

 尤も、成り行きに身を任せての行動ではない。

 凛へ「報告書を読んでいない」と釘を刺したのは、『行かない』方向へ誘導する為だ。

 

「確かに、佐和さんの言う通りかもしれませんが……」


 紗香は頭を捻らせながら、やや戸惑いの見える返事をする。

 理解は示したものの、完全に納得が出来た訳ではないと言った様子だ。

 

「紗香。佐和君の判断は間違っていない。

 この件は放っておいても、いずれ音無君の耳に入るだろう」

 

 後部座席から謙吾の声が聞こえる。

 どうやら彼も、佐和の考えに共感を示しているようだった。

 

「はい……。そうですね」


 大人が二人、そう言うのだ。きっと正しい判断なのだろう。

 頭ではそう理解していても心が追い付いていないのか。紗香の口から出た言葉は、歯切れの悪いものだった。


 紗香個人の考えとして。やはり可能な限りは、凛へ隠しておきたかったのだ。

 この会議の発端は昨晩、戸成市で起きた裂空現象に起因している。

 二名の適合者(ドライバー)が命を落とす前に伝えたO-dis(オーディス)の姿は、血のように紅く染まった身体を持っているというのだから。


「再び現れたというのでしょうか……」


 誰もが思い浮かべたであろう事を、紗香がぽつりと呟く。

 もしも一年前のO-dis(オーディス)と同一個体であるのならば。この一件は大きな意味を持つ。


 O-dis(オーディス)は裂空現象を用いて、次元の狭間を行き来できる。

 単独で化物が暴れている間は問題がないかもしれない。けれど、もしも組織的に行動を始めたら。

 そう思うと、一方通行ではないという事実は人類にとって大きな脅威と成り得る。


 そしてもうひとつは、裂空現象と共に消えた天間あかりの存在。

 次元の向こう側がどういったものなのか、誰にも判らない。

 

 けれど。

 もしも人間が生きられるような世界であるのなら。

 蜘蛛の糸のように細い希望が、凛へ垂らされる。


 きっとその事実を知れば、彼女は走り出してしまうだろう。

 真偽なんて関係がない。ただ、己の眼で納得をする為に。

 掴んだ瞬間に藁が解けるとしても、凛は躊躇なく掴むに違いない。


 それだけは避けたいと、紗香は考える。

 多すぎる不確定要素はそのまま凛にとっての危険性(リスク)となる。

 何より彼女を独りで行かせてしまえば、今度こそ自分は彼女との距離を縮められないと思ったから。

 

 あの時。現場へ間に合う事すら出来なかった己の不甲斐無さを紗香は悔やんでいる。

 戦うのなら。決着をつけるのなら。二人で果たしたい。

 紗香もまた、誰にも吐露出来ない想いを抱えたままだった。


 しかし。

 運命は紗香の事情も。ましてや、凛の事情にも関係がない。

 既に返された砂時計は、時を刻み始めている。


 彼女達がその事に気付くのは、もう少し先の話となるのだった。

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