白魔導師、歓迎される
◇
あれから街に帰ってすぐ、俺はユイ達オススメの居酒屋へと連れていかれた。
お金を持っていないため、やっぱり断ろうかとも考えたが、ユイに「奢るから!」と言われ無理やり連れてこられたのだ。
それに、明日から始まる依頼の作戦会議もすると言われては断ることが出来なかった。
「はぁ……」
ここまで来たら仕方ない。
この分は後で、金が入った時にでも返すとしよう。
イシュタルの街の一角にある、いわゆるザ・居酒屋な場所はユイらの行きつけらしく、そこで歓迎会をするそうだ。そこまで広い店舗ではないが、中は多くの人で賑わっており、随分と酔いの回っていそうな人の姿も見受けられる。
「それでは、ロイドがパーティーに入ったことを祝して……かんぱーい!」
「か、かんぱーい」
ユイがジョッキに注がれたビールを一気に飲み干す。
「ふぅ……やっぱりビールは美味しいねぇ。あっ、店員さーん。お代わりください!」
ユイがビールを追加で注文する。
それに対し俺は、ただただビールの注がれたジョッキを眺めていた。
「ロイドはビールが苦手なのか?」
俺がビールを飲んでいないことに気がついたダッガスが尋ねてくる。
「まぁ……苦手と言えば、苦手なのかもな。味は、別にいいんだが」
お酒自体は飲めないことはない。味は、好きでも嫌いでもない。
ただ、お酒に関するちょっとしたトラウマがあるため、普段は飲まないようにしているだけだ。
アルコール類を見ると、どうしてもあの日の師匠を思い出してしまう。
「苦手なら無理はしなくていいと思いますよ。ほら、私はお酒が飲めないのでジュースを飲んでいますし……」
そう言うシリカの右手には、ジュースの入ったコップが握られていた。紫の液体だったため、ワイン系かと思っていたが、果汁百パーの葡萄のジュースだそう。
「シリカも苦手なのか?」
「はい、お酒とかビールはダメですね。あっ、ロイドさんにも同じものを頼みましょうか?」
「……いや、大丈夫だ。ちょっとトラウマがあるだけで、別に飲めないと言う訳じゃないからな」
「そうですか……まぁ、無理はしないでくださいね」
無理はしないでと言われてもだ。
奢ってもらっている立場で好き嫌いするのはあまりよくないだろう。
それに俺は本当に、お酒の味が嫌いとか、酔いやすいとかそう言う訳ではない。
師匠のことを思い出さないように別のことを考えながら飲めばいいだけの話だ。
呼吸を整え、ジョッキを手に取る。
そして中身を一気に飲み干した。
「ふぅ……」
「だ、大丈夫か?」
心配そうな目を向けながらダッガスが尋ねる。
「……大丈夫だ」
「そうか? ならいいんだが……やっぱり、次からはジュースにしておくか?」
「あぁ、そうさせてもらう……」
初めは、もう頼まれた後だったため飲み干したが、わざわざ無理してまで飲むことはないだろう。
それにビールやお酒よりもジュースの方が安い。
俺はメニューの書かれた紙を手に取り、目を通していく。
「そうだな、それじゃこのオレンジジュース……」
「ねぇねぇ、ちなみにそのトラウマって言うのは何なの? ねぇ、教えてよ!」
ユイが興味津々と言わんばかりに尋ねてくる。
かなり酔っぱらっているらしく、呂律が怪しくなってきている。
顔が真っ赤だ。さっきから結構な量のビールを飲んでいるが、だからと言って強いわけではなさそうだ。
「おい、ユイ。そういうのは、あんまり聞かない方がいいだろ」
「えー、いいじゃん……何でダメなの?」
「……っ、酒くさ! ユイ、お前酒を飲み過ぎだぞ……」
ダッガスが完全に酔っぱらってしまっているユイを少し面倒くさそうにしながらも注意する。
おそらく俺に気を使っているのだろう。
トラウマと言うのは、誰だって思い出したくはないものだ。
俺だって思い出したくはない。
しかし、ここまで言われてしまえば、嫌でも思い出してしまう。
あれは確か二年前。
師匠が数少ない友達を集め、パーティーをした時のことだ。
当時十五歳になったばかりだった俺は、この国の法的には酒が飲めるようになったと言うことで、師匠にめちゃくちゃ酒を飲まされた。
吐くまで、いや、吐いても飲まされた。
師匠は酒に弱く、酔っぱらいやすい。
その上、酔っぱらうとかなり面倒くさい。
だから師匠が酒を飲む時、いつもは隠蔽魔法で己の気配を消し、隠れているのだが……
あの時の師匠は、よほど俺に酒を飲ませたかったらしい。
本気を出した師匠に、俺の隠蔽魔法は通用しなかった。
結果俺は捕まり、夜が明けるまで無理やり飲まされたのだ。ベッドの下に隠れる俺を探しださんと家を徘徊する師匠の姿は、怪談に出てくるような、化け物を連想させた。恐怖だった。
思い出すだけでぞっとする。
間違いない。
「……あれは地獄だ」
俺の口からは、自然とそんな言葉がこぼれていた。
次の瞬間、静寂が流れる。
「あっ、そう言えばロイドには師匠がいるんだよね? 少し気になるかも……」
「ロイドの師匠か。確かに気になるな」
気まずくなってしまった雰囲気を変えるため、ユイ達が頑張っているのが俺にも分かった。
「あの……その人って白魔導師なんですか?」
シリカが俺に尋ねる。
きっとシリカはこの中で唯一の魔法職と言うこともあり、同じ魔法系である師匠に興味があるのだろう。
「いや、白魔導師ではないぞ。どちらかと言えば、攻撃系の魔法職だと思う」
「えっ、それなのにロイドさんよりも支援魔法の腕がいいんですか!?」
「あぁ、俺よりはるかに凄い」
「へぇ……今度教わってみた」
「そ、それはやめておけ……」
シリカの言おうとしていることを理解した瞬間、俺はシリカの言葉を遮り、反射的にそんなことを口にしていた。
俺も魔法を使う職業だ。だからこそ、シリカの魔法を学びたいと言う気持ちはよく分かる。なんだかんだ言って、俺も魔法の研究や鍛錬は嫌いではない。
しかし、師匠に教わるのだけはダメだ。
あれだけは絶対に……
「えっ、どうして……」
「とにかくだ。師匠よりも凄い人なんか、この大陸にもいっぱいいるはずだ。他を当たった方が、絶対にいいと思う」
そう、あんなダメ女に教わる必要なんてない。
Sランク冒険者ともなれば、もっと適任はよそにいるし、きっと師匠じゃ手に余る。
「そうなんですか?」
「あぁ……あれだけは、何がなんでも止めておけ」
「わ、分かりました」
どうやら、納得してくれたらしい。
俺は師匠による新たな被害を防ぐことが出来、安堵した。
よかった。これで犠牲者が出ずにすむ。
その後、俺はユイ達と様々な会話をして盛り上がった。
各々の簡単な自己紹介をしたり、パーティーを組んでからの色々な出来事を教えて貰ったり……
そして気がつけば、この居酒屋に入ってから二時間以上が経過していた。
「あっ、もうこんな時間か……そろそろ作戦会議をしないとだね。うーん、でも私は説明とか苦手だからなぁ……ダッガス、説明してあげて」
「はぁ……もっとしっかりしてくれよ。仮にもリーダーなんだからな……まぁいいか、どのみちユイの説明だけじゃ伝わらなかっただろうからな」
「なっ、何よその言い方は! ねぇちょっと聞いてるの!?」
ユイがダッガスの肩を何度も叩く。
だが、まったく相手にされていないらしく、ダッガスはそのまま鞄から一枚の紙を取り出した。
それにしても、あの怪力を平気で受けるとは、流石はSランク冒険者。
「よし、それじゃ説明するぞ。まず、これが依頼書なんだが……」
「すまない。ちょっと待ってくれないか?」
「ん? 別に構わないが……」
俺は急いで収納魔法を発動し、ペンとメモ帳を取り出した。
「真面目だな……」
ダッガスが俺を見ながらぽつりと呟く。
「よし、話を始めてくれ」
「あぁ。それじゃまず、この依頼紙を見てほしいんだが……」
俺はダッガスの話に耳を傾けながら、重要そうな所をメモしていった。




