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白魔導師、共闘する②


 俺以外の四人……ハイド、レミノ、シリカ、リエが武器を構え、戦闘体制に移る。

 先程までは意気揚々としていた三名程が、目の前の強大なモンスターの覇気に気おされ、腰を抜かしているが。

 まぁ、無理に加勢を頼んだところで、無駄死にするだけだろう。

 本当は俺もあちら側に居たいところだが、YESと答えた以上、仕方あるまい。

 未だ、この選択に納得はいかないものの、俺も仕方なく、杖を構えた。


 ――強化魔法


 支援魔法を発動させ、各々に適した強化を施す。ハイドとレミノはその装備から、近接での戦闘を得意とすると予想出来る。魔法面を強化する必要はないだろう。

 シリカとリエは魔法による、後方からの攻撃・支援で間違いない。こちらは魔法面はしっかりと強化しつつ、身体面も強化しておく。

 そんな感じで各々に合った強化を施しながらも、状態異常耐性だけは、出来うる限り協力なものを全員に付与しておいた。腰を抜かし、戦意を失った叛逆軍の魔族三名にも、念のため状態異常耐性だけは維持し続ける。

 この白狐(びゃっこ)が、幻惑魔法……いわゆる、幻を見せる魔法をかなり高度なレベルで扱うことは分かっている。

 リエの語った不穏な話もあるし、警戒するに越した事はないだろう。


 相変わらず、気乗りはしないものの、一旦後ろ向きな感情は奥底へと追いやり、思考を加速させる。

 リエから聞いた話を想起しながら、目の前のモンスターの攻略法を探す。


「来るぞ!」


 白狐がこちらを向き、巨体な図体に見合う大きく口を開く。

 直後、開かれたその大きな口からは、真っ赤な炎が吐き出された。

 準備動作の少ない唐突な一撃を前に、急場しのぎで各々が近くの木の陰に隠れ、炎をやり過ごそうとして、違和感を覚える。


「……熱くない」


 真横で業火が放たれているのに、これっぽっちも熱さを感じなかった。触れずとも、これだけ炎と至近距離に居れば、その熱気は伝わってくるはずだ。

 よく見れば、炎に当たったはずの草木は平然と揺れている。

 本来であれば聞こえるであろう、パチパチと燃える音も聞こえない。

 見た目は炎そのものなのに、その性質は全く炎らしくない。

 偽物か?

 状態異常耐性が働いていると仮定するなら、幻覚の類ではないはずだが。


「気を付けろ! 恐らく、噂の炎だ! 持ち主の魔力を吸い上げ、燃えるような痛みを与え続ける! 魔力も奪われる上、動きや思考は鈍る。何より、普通の回復魔法で治せない分、ずっと厄介だ。くれぐれも喰らうな!」


 木の陰に身を潜めながら、リエが叫ぶ。

 散々、この白狐の被害にあった者たちを見てきたリエは、この攻撃の恐ろしさをこの中で最も理解している。

 少しでも喰らえばじわじわと精神状態をやられる。痛みも相まって、動きと思考が鈍ってしまう。喰らった者の魔力が尽きるまで、燃え続ける。

 普通の炎と違い、掠めるだけでもアウト。

 なるほど。視覚的には本物の炎の如く見えるものの、熱はなく、触れることで精神を侵す魔法か。


 ならば、

 一か八か、隣でユラユラと燃える炎に、指で触れてみる。最悪、ダメそうなら、魔法を改良する過程で生まれた、とびっきり燃費の悪い魔法で魔力を吐き出せば大事には至らないだろうし。


「……痛みは、ないな」


 魔力が吸い上げられる感覚も、痛みもない。

 この炎の原理は不明だが、全員に付与した状態異常耐性が機能し、本来の効果を無効化しているのだろう。


「問題ない、攻撃してくれ!」


 そう叫びながら、俺は皆の不安を拭うため、実際に触れられる事をアピールすると、困惑しながらもレミノとハイドは駆けだした。

 二人は全く熱くない炎にその身を包み、姿を隠しながら白狐へと接近。レミノは右手に握る短刀を前足に突き刺した。

 白狐の白く分厚い毛の中に力一杯、短刀を刺し込む。

 この炎の中、真っ向から突っ込んで来るとは想定外だったのか、回避される事は無かったものの、白狐のその巨体から見れば、傷はあまりにも浅かった。


 短刀を突き刺された白狐は自身の攻撃が効かない事に驚き、目を丸く見開きながらも、反対の前足でレミノを払おうとする。

 あの巨体だ。軽い蹴りでも、かなりの威力になる。


「くそがっ!」


 ハイドはレミノと白狐の間に割って入ると、籠手を装着した両腕をクロスし、攻撃を受け止める。

 苦しい顔をしながらも、ハイドはしっかりと一撃を正面から受け止めて見せた。

 白狐は自身の得意の攻撃が効かなかった事がよほど不思議なのか、鋭い目を睨むようにこちらへと向けたまま、ゆっくりと距離をとる。


「すみません……この麻痺毒を体内へと刺し混めば、多少は効果があると思ったんですが」


 短刀を構え、後退しながら、レミノが申し訳なさそうに呟く。

 どうやら、彼女の握る短刀の刀身には毒が塗りたくってあるらしい。刀身を見れば、確かに何らかの液体が薄く塗られている。

 傷が浅い割に、何処か自信があったのはそういうことだったのか。

 

「普通の剣はないのか? あるいは盾とか」


「……はい。基本的に、叛逆軍の面々は魔王軍相手を想定してます。何より、大きな武器は街中では目立ちます。一方でこれなら、隠して持ち歩けますので」


 レミノは羽織る上着の内側に隠した、装着した短刀を仕舞うホルダーを見せる。

 いくら腕に自信がある者でも、日常の何気ない場面で、擦れ違いざまに短刀を振られれば回避は困難だろう。そして、その刃にはしっかりと麻痺毒が塗られている、と。

 先程の言動から察するに即効性の高いモノだろう。

 全く、恐ろしい国家である。

 

 ハイドの武器が鋼の籠手なのも、同様の理由だろうな。

 入り組んだ街中での対人戦闘を考慮するなら、大きな盾や弓、刀身の長い武器より、籠手や短刀の方が有利を取りやすいだろうし、隠し持つことが出来る。

 ハイドとシリカ以外の叛逆軍の面々から、先程、俺とシリカを相手どる際には在ったはずの自信が消えうせたのも、そこに関係してそうだ。


 叛逆軍はモンスターに弱い、か。

 冒険者が対人戦を得意としないのと真逆だな。


 叛逆軍と言う組織に対し、分析を進めながら、シリカを一瞥する。シリカは今の僅かな間に、戦意を喪失した魔族らの身柄を、土属性魔法を生かし、地の底へと沈み隠したようだ。

 万が一、彼らが巻き込まれないよう念入りに。

 一応、彼らにも強化魔法はかけているが……流石に本物の炎はどうしようもないからな。


「ロイドさん! 動きますよ!」


 白狐はその巨体の重さを感じさせないような滑らかな動きで木々の間を縫うように駆けまわりながら、頬を膨らませる。

 そして、ぐるりと鼻先を空に向け、上空に直径一メートルもある火の玉を数発撃ちだした。火の玉は落下すると同時に弾け散り、周囲の木々へと着火する。

 

「この熱気、今度は本物か?」


 ハイドがそう呟いた直後、白狐は更に口から炎を吐き出し、周囲へと撒き散らした。

 辺りは轟々と燃える炎に包まれ、気温が一気に上昇する。


「くっ……ロイド、この熱は何とかならないのか?」


「すまない。考えたことも無かった」


 肌に触れ、肺へと取り込まれる空気の熱さはどうしようもない。考えたことがなかった。その逆なら、対策の余地はあるが。

 熱はじわりじわりと俺たちから体力を奪う。燃え広がる火の後始末も考えれば、悠長に戦っている余裕はない。


「っ! あの野郎……」


 白狐の行動を見て、ハイドがそんな言葉を漏らした。

 白狐は唸り声を潜めながら、燃え盛る炎の中へと姿を隠したのだ。流石に本物の炎の中に、身を投じたわけじゃないだろう。

 なるほど。あの偽物の炎には、そういう使い方もあるのか。

 見失うはずのない巨体は、見た目だけの炎の中へと消え、見えなくなってしまう。


 俺たちを囲う火の壁を眺めながるリエの前髪を、汗が流れ落ちる。

 メラメラと燃え盛る炎は生み出す、嫌な熱気。

 状態異常耐性が機能しているなら、この熱気は本物で、確かに俺たちが肌で感じていることになる。


「偽物の炎と、本物の炎を撒き散らすことで、俺たちを困惑させるつもりだろう。触れていい火なのかどうか。そして、あの巨体が何処に潜んでいるのか……」


「姿も見えず、迂闊に飛び込んで、本物の炎だったら大火傷」


 ハイド、シリカ、リエがこの状況を前に苦い顔をする中、俺はシリカへと歩みより、肩に触れる。

 以前、イシュタルで初めて依頼を受けた際に使った手になる。

 どうやらシリカも覚えていたようで、待っていたと言わんばかりに頷いた。


「いけそうか?」


「勿論です」 


 シリカは自信ありげに、にっこりと笑って見せる。


鎌鼬(カマイタチ)


 翡翠色に淡く輝く魔法陣から、見えない風の刃が放たれ、炎の中から大きな何かが倒れる音が聞こえてくる。


「これで四肢は封しました。あとは……メテオライト」


 反撃の魔もなく詠唱を続け、白狐の遥か上空に、小さな岩の塊が生成する。生成された岩石は、直径三メートルくらいの大きさに成長すると、落下を始めた。

 しっかりと目に見える程度の高さからの落下にはなる。流石に実物の隕石には遠く及ばないが、当たれば大抵のモンスターは即死だろう。


 ハイドとレミノはあんぐりと口を開き、上空を眺めていた。

 

 シリカの魔法を前に、各々が別々の感情を抱きながらも、これにて決着だと、五人全員がそう思った……その時だ。

 偽物の炎がふっと消え、白狐が姿を現した。四肢には鋭い刃で切り裂かれたような跡があり、立ち上がれずにいる。

 あの傷じゃ、その足で立ち上がっての回避は不可能だろう。


 白狐は俯せの体勢のまま、強引に頭だけを持ち上げ、落下する岩に向けて炎を放とうと頬を膨らませた。

 今更だが、本物の炎を吐く際には、頬を膨らませる必要があるのかもしれない。

 まぁ、本当に今更だが。


「破壊出来ると思うか?」


「微妙ですね。私はあのモンスターについて、詳しい事は何も知らないので」


 シリカは落下する岩石の軌道がズレぬよう、今も魔法を発動したままで、追撃を加える余裕は無さそうだ。

 この一撃で決まらずとも、こちら側にとっては致命傷にならない。

 だから、こうして会話する余裕があるわけだが、決められるに越した事はない。


 何か自分に出来る事はないかと、探知魔法を併用しながら周囲に目をやる。

 あの白狐の攻撃を止める一矢を探していて、俺はレミノの短刀に塗りたくられた麻痺毒から、僅かな魔力を感じ、目を止めた。

 この麻痺毒が魔力由来の、魔法に近しい物質なのだとすれば。


「レミノ! 毒を塗った短刀を貸してくれ」


「あ、危ないですよ!?」


「大丈夫だ!」


「わ、分かりました!」


 レミノが放り投げた短刀を受け取り、慣れないながらも構えてみる。受け取る際、レミノの懸念通り、若干刃に触れ傷を負ったが、やはり毒が効く感じはない。

 強く、状態異常耐性が作用している証拠だ。この支援魔法は魔力由来のモノ程、効力が発揮されやすい。


「強化魔法……魔法効果上昇」


 強化魔法で麻痺毒の性能を強化する。魔法による麻痺ならばと思ったが、うまくいったようで良かった。


「いいな……俺も持ち歩こうか」


 そう呟きながら、白狐の足元に転移し、麻痺毒を首元に叩き込む。


「ぐっ! 想像以上に硬い」

 

 白狐の分厚い毛皮に阻まれ、短刀は深くは刺さらなかった。

 いや、この刀身の長さじゃ、キレイに刺さったとて致命傷にはなりそうもない。

 それでも、強化した麻痺毒はある程度白狐にも作用したらしく、白狐の口からは弱弱しい炎が放たれた。

 当然、そんな弱火であの岩石を破壊できるはずもなく。俺が飛び退いた直後、その場を動くことのできない白狐の頭部は岩石と衝突し、地面に減り込んだ。


「……凄い」


 地面に減り込み、頭部から血を流す白狐の顔を見ながらレミノが溢す。

 白狐に直撃し、魔法が切れるや否や、シリカは辺りを水属性魔法で鎮火し、地中に仕舞った他の魔族らを地上へと戻す作業へと移った。

 急に地上に帰された彼らは、眼前で倒れる白狐を見て、相変わらず腰を抜かしたまま言葉を失っている。

 

「ふぅ、終わりましたね」


「……まぁ、何とかな」


 これで、この白狐による被害が出ることは……同種の個体が居ない限りはないだろう。

 それにしても、このモンスター。

 あれ程の一撃を喰らってなお、頭部は完全には潰れてはいなかった。

 どれだけ、頑丈なのやら。

 

「売ったらいくらになるんだろう。この素材」


「何にせよ。これで、しばらくは資金難に悩まなくて済みそうです」


「そうだな。売れれば、だけどな」


「た、確かに……」


 放置するにはあまりにも勿体なく、しかし、売るにはあまりにも有名過ぎる白狐の素材をどうするか、話し合う俺とシリカを、リエたちは遠くから、引き気味に眺めている。

 リエはまだ引いているだけだが、目の前の仮面の不審者二人に、ハイドとレミノは言葉を失っていた。


「一体、何者なんだ彼らは?」


「さぁね。まぁ、一つだけ。心当たりはあるけどね」

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