白魔導師、共闘する①
ハイドは部下四人を引き連れ、隣町へと馬を走らせる。
「いいのか? 俺一人でも……」
ハイドがそう言うと、四人は笑う。
「ハイド……確かに、私は貴方ほどは強くはない。それでも、同志を放っては置けません。それにハイド一人に任せきりは嫌なんです」
銀色の髪を後ろで束ねる女性……レミノは、ハイドの参謀に当たる存在で、短刀を扱う戦士でもある。三年前に魔王軍に逆らった弟が殺され、敵を討つために、無謀にも魔王軍の支部に突っ込もうとしたところをハイドに救われた。
レミノだけじゃない。彼に付き従う四人は、特別ハイドに恩を感じる魔族であり、同時に魔王軍を恨む魔族でもある。
今回もハイドに指示されたわけではなく、隣町の一件を知り、ハイドなら動くと予想し、馬小屋で待ち構えていたのだ。
「隣町の同志を救いたいのは私たちも同じですから」
リスクは伴うが、人手が増えれば救える確率が上がる。
何より、彼ら、彼女らは言っていくような面々じゃない。
だから、ハイドは彼らを引き連れ、馬を走らせた。
全速力で。休息も最低限。この面々は馬の扱いにも成れており、スムーズに、順調に歩みを進めていた。
そのはずだった。
だから、
ハイドは先回りしている俺たちを見て、困惑を顔に映した。
「リエ!? どうして!?」
「ロイドとシリカの協力のお陰だ」
リエは馬にまたがる魔族らの行方を立ち塞ぐ。
「頼む……ハイド! 止まれ」
「ダメだ。俺が行かないと」
「そんなに叛逆軍での活動が大事か!」
リエの必死の叫びに、ハイドの瞳が一瞬、揺れる。
ハイド自身、この計画に付きまとうリスクの大きさを理解しているのだろう。己の力を過大評価しているわけでもない。
恐らく、無傷で隣町に捕まる魔族らの解放は無理だと、そう覚悟している。
それでも、ハイドには止まれない事情があった。
「今、あの街で捕まっている叛逆軍の連中は戦士でも何でもない奴らなんだ。それでも力になりたいって、出来ることを必死にやってくれていた。何より、その中には子供を持つ親もいるんだ!」
俺はハイドの言葉を聞き、耳を疑う。
「子供がいるのに、そんな危険な活動に……」
俺の言葉にハイドは「そうじゃない」と静かに返す。
「子供がいるから、だ。子供がいるからこそ、大切に思うからこそ、子供の未来のために足掻いているんだ」
「だが、それじゃ……」
リエが手で制し、俺の言葉を止める。
「ロイド……私らは本物の親じゃない。けどね、孤児院で子供を世話してきた。だから、その親の気持ちは否定できない」
リエの言葉には、俺の知らない重みが籠っていた。
反論の言葉は見当たらない。リエの言う通り、俺は子を育てる親の気持ちを知らない。親の心情と言うものをあまりにも知らない。
だから、何も言えなかった。
「だが、ロイドの意見にも一理ある。子供達の未来を案じ、より良き未来のために足掻くのはいいだろう。でもな、ハイド……あんたらのやろうとしていることは『足掻く』とは言えない。それはただの、命知らずの無謀……無駄死にだ」
ハイドは苦い顔を見せる。心の何処かで、分かっているのだろう。
己の進む道の無謀さを。救い出せる確率の低さを。
「……そうかもしれない。だが、俺は叛逆軍の副隊長。例え無謀と分かっていようと、皆の前に立ち、率先して犠牲となる義務がある」
「そんな義務はない」
「いや、ある。俺がもっと、もっと上手く立ち回れていれば、きっとこうはならなかった。これは俺が、不甲斐ない故の顛末だ」
叛逆軍の副隊長という肩書きが、それに伴う責任感が、彼を無謀な行動に駆り立てる。
「頭に乗るな……ハイド。あんたは、大層ご立派に聞こえる肩書きに、惑わされているだけだ。そんな責任も、力も、お前にはない」
リエとハイド……二人の信念の込められた視線が衝突する。
「やっぱり、分かり合えないみたいだな……」
薄々、予感はあった。
ハイドが孤児院の事を、全く考えていない訳がない。己が道の無謀さを理解していないわけじゃない。
その上で選んだ選択は、いくら弁を尽くそうと覆りはしない。
「……リエさん」
「さ、というわけで、頼む! シリカ、ロイド!」
「まぁ、そうなると思ったけど……」
「この図々しくも、真っ直ぐで、否定の難しい感じ……ユイを感じるのは気のせいでしょうか」
事前の打ち合わせ通り、俺とシリカが武器を構え、リエの前に立つ。
話し合いの余地がないのなら、力で取り押さえる。とりあえず、隣町に向かえないよう、抑える。
そうすれば、彼らは死なずに済む。
何より、今ここで彼らに死んでもらっては困る。その命を、そんな無謀で無駄にするわけにはいかない。
「ハイドさん」
隣に居た、女性魔族……レミノが馬を降り、懐に仕舞っていた短刀を構える。
相手はハイドを含めて、合計5人。これまで三大国内で遭遇した魔族らのような、圧倒的な威圧感は感じられない。
リエに聞いていた通り、叛逆軍の構成員はそこまで強くはないのだろう。
しかし、俺たち3人とハイドら5人。戦えば、俺たちの方が圧倒的に不利だ。
何せ、まともな攻撃役がシリカしかいない。しかも、シリカ含めた全員が魔法系。ハイドの方は逆に、近接戦闘を得意とする面子で占めている。
中には、どう見ても魔法向けのスペックの魔族もいるが……。
これも、魔導国の抱える問題点の一つなのだろう。
近接戦闘は筋トレするなり、地道に実戦経験を積めば、それなりになる場合がある。実践の中で、少しずつ効率の良い動きを覚えていくことが出来る。
無論、教えてくれる存在がいるに越したことはないが。
しかし、魔法は異なる。魔法は簡単なものでさえ、独学で習得することは難しい。それこそ、下手をすれば怪我を負いかねない。
せめて図書館でも利用できれば、まだ可能性はあっただろう。
しかしながら、あの街にさえそれらしきものは見当たらなかった。
魔法の才がある魔族が居ようと、環境が整わなければ、その才は埋もれることになる。
大人になって気が付いても、子供の頃から地道にコツコツ励んできた凡人には届かない。
まぁ、今回はそれが幸い……いや、俺たちからすると災いしているわけだが。
「シリカ、行けるか?」
「はい。このブレスレッドを通し、近接戦闘用の魔法兵を生み出します。流石に、ユイやダッガスに比べると、非力ですが……」
「俺も強化魔法を使う。魔法兵、とやらに、どういう風に作用するかは分からないが……」
少なくとも、俺が前線で五人を相手どるよりはマシだろう。
最悪、ダメそうなら俺が前線で持ち応えればいい。
相対するハイドも、部下四人に指示を下す。
「お前ら、油断するな。シリカと言う魔術師も、ロイドと言う白魔導師も金級傭兵以上の実力者だ。そこにリエまでいる。はっきり言って、勝てる相手じゃない。とは言え、相手もこちらを殺すつもりはない。むしろ、こちらを殺せない……だから無理に勝とうとせず、ここを切り抜けることだけ考えろ」
真剣な面持ちでハイドに警告されるも、背後の四人は、未だピンとこない様子だった。
それもそのはず。彼らは、叛逆軍として鍛錬を重ねてきた。見様見真似ではあるものの、ずっと努力してきたのだ。
それがこんな……仮面を付けた二人組に劣るのか。
リエが凄腕の回復魔法の使い手であることは周知の事実だが、リエが滅法弱いこともまた、周知の事実であった。
だから、ハイドの警告に疑念が残る。
何せ、こちらの方が相性的には有利なのだから。
どうにも負けるイメージがわかない。
「シリカ、リエ、行くぞ」
「お前ら、行くぞ」
ロイドとハイドの台詞が、殺意のない開戦を告げ……、
しかし、それは突如森の中から現れた、一人の女性の登場で止まる。
「な、なんだ?」
ハイドの後ろに控える、魔族の一人がそんな言葉をこぼす。
真っ白い髪に、白い肌。
顔立ちは綺麗に整っており、目立たない鼻や、程よく大きな瞳など、癖のない美人という感じだ。
しかしながら、そんな美貌が気にならない程、異質でもあった。
女性は何故か、華やかな着物を身に纏っているのだが、そんな着物を纏いながら、裸足という点。
とても山の中を歩いたとは思えないほどの綺麗な肌。着物にも汚れ一つない。
彼女は、貼り付けたような笑みを浮かべながら、ゆったりとした足取りで、こちらへと歩み寄ってくる。
流石に、こんな山中を、着物姿かつ裸足で優雅に歩く不審者に、絆されるマヌケはここにはいない。
皆が警戒を高める中、俺は探知魔法を発動した瞬間に感じ取ったその気配の異様さに、自然と足が半歩下がる。
「皆! そこから離れろ!」
俺の叫びを聞き、真っ先にシリカが距離をとらんと、後ろへと下がった。
それからリエも遅れて下がる。
「これは、敵味方言っていられないな」
この場に居る全員に、強化魔法……状態異常耐性を付与する。
その瞬間、目の前の美女はふわっと中に溶けるように、消えていった。
そう、これは幻。
実在しないのだから、裸足で山中を歩こうと、土がつくはずもない。
本体は、その頭上。
「ひっ!」
ハイドの側に控えていたレミノが、それを発見した途端、悲鳴をこぼす。
綺麗な透き通るような白い毛を靡かせ、大木の上からこちらを見下ろす一匹の狐。
大木が頼りない枝に見えるほどの巨体……長く、先端の紅い尾も含めれば、全長は十メートルを確実に超えるだろう。
その大きな狐は、そんな優美な見てくれとは異なり、牙を剥き出しにし、その隙間からだらりと涎を垂らしている。
真っ赤な瞳が、真っ直ぐ俺たち一人一人を射抜いていく。
あの狐にとって、俺たちは餌……涎を垂らしながら、こちらを品定めしているように感じる。
「何でしょう。こんなにも可愛いと思えない狐は初めてかもしれません」
「同感だ」
恐らく、この化け狐は魔導国にのみ住うモンスターなのだろう。俺もシリカも、あのモンスターに関する情報がない。
現地民であり、多くの被害者を観てきたリエに「何者か」と問いかける。
「以前、金級傭兵の集団が、返り討ちにされ……孤児院に運ばれてきた。そこらの回復魔法じゃ、間に合わないってことでな。私が全力を尽くして一命を取り留めたが……」
五人中、三人が四肢のうち二つ以上を欠損、ないし麻痺などの後遺症を残し、傭兵業を廃業。残る二人のうち一人は白魔導師であり、後方にいた故、酷い怪我こそなかったが、精神を病み、今は引きこもり状態。
残る一人も、そんな病んだ仲間を側にいるため、傭兵は続けているが、危険度の高い依頼を受けることは無くなったらしい。
「もしかして、以前話していたやつか?」
「そうだ。アレを確実に討伐したければ、魔王軍の中でも幹部が出張る必要がある。一方で、そんな人材を派遣する余裕はない。あれも、わざわざ人里に降りて、大暴れする部類のモンスターじゃなさそうだしね」
ハイドの実力は金級傭兵……冒険者に換算すると、Aランク以上、Sランク以下のどこかに当てはまる。そして、得意は肉弾戦。ダッガスに近いが、タンクをこなしながら、攻めにも転じられる。その分、守りとしてはダッガスより、心許なくはあるが。
リエはおそらく、大聖人か、それに準ずるクラス。回復魔法の技量の一点で言えば、俺より遥かに優秀……Sランク冒険者の中でも、上位に食い込む技量だろう。
シリカは、ただでさえ優秀な魔術師だが、今はそれがアイテムで強化されている。
俺は……こう見ると、見劣りするな。回復はリエに任せるのが無難だろうし。
残るハイドの部下は……レミノって子が辛うじて戦意を保っている。
しかし、その手は震えており、どこまで戦力になるかは懐疑的だ。
「よし……」
この場合は、
「逃げよう」
「「倒しましょう」」
俺一人とその他で、意見が割れた。
「「えっ?」」
そして、今度こそは言葉が重なる。
「逃げるんですか?」
「むしろ、戦うのか?」
今ここで、リスクを取ってまで焦り、倒す理由はないはずだが。
「ロイド。今、ここで倒せば、新たな被害者を防げる」
「そりゃ、倒せればそうかもしれないが……」
「ロイドさん。実は私、結構いける気がしているんです。モンスター相手なら、加減も要りませんし」
シリカとリエの本気の眼差しに気圧される。
「いやいや、だって……」
「ロイド、行くぞ」
「えっ? いや、えっ?」
「ロイドさん、支援魔法をお願いします」
「あっ、はい」




