白魔導師、ロイド
森の中を、杖を持つ不審な格好をした人間二人と、白衣を着た魔族が駆ける。木々の間を、葉を揺らしながら、風のように通り抜ける。
慣れないであろうリエを考慮し、なるべく走りやすそうなコースを選別しながら、先頭を駆けた。
「これが、ロイドの支援魔法」
少し後ろで、リエは驚いた様子で目を見開き、シリカはあきれた様子でこちらを見ている。
「イシュタルの時に比べて、また随分と早くなっていますね」
イシュタルの時、か。
冒険者ギルドで依頼を受け、ハイウルフの討伐で離れた農園に向かったが、それはユイたちをイシュタルから遠ざけるための、魔族の罠だった。ユイたちが戻らなければ、イシュタルが滅ぶかもしれない危機的状況で、俺は確か、この走力を上げる強化魔法を使った。
あの時と比較し、魔法の効果は倍以上になっている。
「帝国では、とんでもないフィジカルの獣人と旅をしてたからな。その過程で色々と改良した。いや、せざるを得なかったという方が正しいかもな」
ガオンは、俺の強化魔法を軽く凌ぐ、脚力の持ち主で、それに追いつくため、俺は必死に知恵を絞った。
あの旅が、俺を少しだけ、進化させてくれた。
彼女との短くも、長くも感じる冒険が脳裏に蘇る。
「ガオンさんですか。今や、帝国軍最強を謳われる獣人。そんな彼女も、ロイドさんとの出会いがなければ、帝都に来ることはなかった」
ガオンとの出会いは、帝国の辺境にある、小さな集落。マキナとか言う、未だによくは分かっていない存在に、俺は姉を探せと言われ、転移させられた。
そして転移先でいきなり襲われた。
その後も、色々なことに巻き込まれ、辿り着いた帝都で魔王軍四天王と戦った。
「ロイドさんって、不思議ですよね」
「どうしたんだ? 急に」
シリカの視線がチラリとリエに向けられる。そして、再び視線を俺に戻し、言う。
「もしかすると、ロイドさんの一番の強みは、魔法ではなく、その人脈かもしれませんね」
シリカが何を言いたいのか、イマイチ、ピンとは来なかった。
人脈の広さは、まぁ、あると思う。なんやかんや、各国のお偉いさんとは接したことがある。
王国の国王には、勇者候補だのと言われ、聖教国に向かわされ。
聖教国じゃ、その主と言われるマキナの魔法で帝国に飛ばされ。
帝国じゃ、ガオンの連れとして、散々巻き込まれ。
いや、待てよ。これって……、
思い返せば、どの人脈からも、碌な扱いを受けていないことに気が付く。
少なくとも、俺の人脈は強みとは思えなかった。
だとすると、俺の魔法の腕は、
「そうだな……シリカたちの仲間として、恥かしい限りだ」
「……」
◇
ロイドの何処かずれた言葉に、シリカは言葉を返さない。もう、呆れを通り越し、どこか安心感さえ抱いているように、私の眼には映った。
恐らく、かなり長い付き合いなのか。或いは、相当濃厚な日々を過ごしてきたのだろう。
仲の良い友人のような、目に見えてあからさまな親密さはない。
ロイドとシリカには、何処か距離が感じられる。
しかしながら、そこには確かな信頼が見えた。
背中も、命さえも、預けられるほどの、太く、強い絆があった。
そして、シリカの話を聞く限り、ロイドはそんな縁をいくつも持っている。立場を超えた絆を、至るところに張り巡らせている。
今や、この魔導国にさえ、その根を下ろそうとしているのではなかろうか?
「…………」
一体、彼は何者なのだろうか。
改めて、ロイドと言う人間が分からなくなる。
そう言えば、ハイドが何かを言っていた気がする。
次々と魔王軍の幹部を打ち負かしている白魔導師の人間が、三大国にはいると。四天王の敗北は表向きには公開されていないが、既にその二人がやられ、一人は深手を負い、魔導国に帰還したと。
それぞれ、敗れた場所は異なる。その場に居合わせた面子も異なる。
しかし、その現場全てに、例の白魔導師はいたという。
ふと、とある可能性が頭をよぎる。
まさか、それがロイドだと?
妙にしっくりとくる半面、何処か腑に落ちない、相反する感情が沸き上がる。
目の前を走るロイドからは、噂に聞くような雰囲気がない。
腕は確かだが、どこか抜けている。何より、強者特有の気迫のようなものが、これっぽっちもないのだ。
少し気弱で、卑屈で、でも、優しい近所のお兄さんという言葉のほうが、ずっと似あう。
何人もの魔王軍幹部を返り討ちにした男とは、やはりどうにも想像できない。
こんな、無害そうで、優しげな人間が……。
考えに耽りながらロイドの後を走っていると、少しだけ、彼のスピードが落ちた。
「シリカ、前方三百メートル先……あの山と山の間。そこに複数のモンスターの気配がある。そこまで強くはなさそうだが、数が数だ。どうする?」
私たちの居た街から、隣町の間には山脈が連なっている。山脈、と言っても、そこまで高いわけではない。
一日もあれば、素人でも超えられる程度の高さだ。
そう、高さだけ見るならば。
あの辺りは、長らく、危険なモンスターが住み着き、各々が縄張りを持って生きている。だから、あの面倒な山脈はずっと手付かずで、馬などが通れる山道は迂回するように整備されている。
勿論、魔王軍が本気で取り掛かれば、あの山脈に道を切り開くくらいは出来るだろう。しかし、そうなると今度は、住み着いた危険なモンスターが他の生態系を荒らしたり、山を下りて別の場所に住み着く可能性が出てきてしまう。
だから、安易に手を出せない。
魔王軍さえ、そう考えるくらいには強力なモンスターが闊歩している。
そんな山脈を前にし、それでも二人が怯むことはなかった。
ロイドはその強大な気配を感じ取っているはずなのに。
もう、超えることは前提で動いている。
「どうするか……そう聞く、と言うことは、つまり倒せるならば倒してほしい、ということですね。分かりました。倒しましょう」
ロイドの言葉を信じ、シリカは戦う覚悟を決める。
「なるべく静かに頼む」
「了解です」
慣れた作業のような会話を交わす二人。
「おい、モンスターって。大丈夫なのか? 確か、この辺りのモンスターは強いって」
「シリカなら、問題ないはずだ。それに、急いでるんだろ?」
ロイドの言葉に、私ははっとさせられる。
そうだ。今は、安全を優先し、悠長に追いかけて居る時間はない。
「このルート以外も探したが、どっちにそれても、ちょっと面倒そうな気配があった。とは言え、全部を避けるとなると、相当な遠回りになるか、あの山を登ることになる」
そこまでではないとは言え、高さはある山だ。
山を登るとなると、その分距離は伸び、時間を浪費する。斜面は体力も奪う。
良く、解釈不一致などと言われるが、私の身体能力は孤児院の子供たちにも劣る。無論、体力もである。長距離を走ることは出来ない。
私は回復魔法の才を持って生まれた。しかし、その代償と言わんばかりに、身体能力面は酷いもので、鍛えよう試みても、筋肉が、体力が付かない。
運動神経はもっと壊滅的だ。
それこそ、先日情けない姿を見せてしまったように。
そうか。これはもしかすると、そんな私への配慮なのかもしれない。
ハイドを説得するのは、間違いなく私の務め。殆ど初対面の二人には厳しいだろう。
だからこそ、私がリタイアするわけにはいかない。
「恐らく、ハイドはこの山々を迂回してるはずだ。馬の通れる道は、その迂回路だけだからな。でも、馬の脚は舐められない。この身体強化があっても、追いつけないかもしれない」
そんなことはない……と思うが、何が起こるか分からないのが自然だ。ロイドの探知魔法だって、万能とは言えないだろう。
「もし仮に、ここであの山々の間を突っ切れれば、大きく近づくことが出来る。確実に、先回りできるはずだ」
ロイドの言葉を聞き、シリカの顔を見る。シリカの表情に、不安は見えなかった。
だから、信じることにした。
二人の決断を。
「ああ、怪我は私に任せな!」
私の覚悟の籠った言葉に、二人は頷き返す。
「シリカ! そろそろ、敵と接触する」
「分かりました。ちょうど、試したい技があったんです。ロイドさん、前にクロスに行ったように、探知魔法を私と共有できますか?」
「分かった」
ロイドは速度を落とし、シリカの横に並ぶと、肩にそっと触れた。
「ありがとうございます。これなら」
シリカは腕に装着したブレスレッドをそっと撫でる。左腕にブレスレッドを装着し、右手に杖を握りしめる。
その仕草を目の当たりにし、ロイドは一瞬、目を見開き、小さく「まさか……」と溢した。
私がその行為の意味を知るのは、その数秒後のことだった。
シリカは右手に握る杖を媒介に淡い緑の魔法陣を描き、ブレスレッドを媒介に濃い黄色の魔法陣を生成する。
そして、異なる二つの魔法陣を重ね合わせ、一つの魔法が完成される。
「これは……」
細長い一本の岩の体に、半透明の大きな羽が付いた……掌より少し大きな蝶のような何かが、その透明の翼を動かし、飛んでいる。
それが、十数匹。
それらは高く、高く飛翔し、見えなくなる。
「あれは?」
「魔法で作った蝶です。モンスターの頭上高くまで舞うと、羽を失い、岩の矢となり落下する。落下の際にかかる抵抗による軌道の変化は、ある程度風属性魔法で防ぎますが……それでも、全弾命中は、まず無理でしょう」
それでも、今回の場合は問題なった。
群れの数匹が上空から謎の攻撃を受ければ、モンスターも逃げるなりするだろう。本能的に、その場に留まることが悪手であると、察するはずだ。
私たちの通りたい経路から群れを退かせるのなら、それでもかまわない。
討伐依頼なら悪手でも、今回は有効打となる。
「それじゃ、行きましょう」
一分後、私たちがその場所を通過する際には、五、六匹の大きな猫のようなモンスターの亡骸があるだけで、群れの姿は見えなかった。
「こいつ、確か金級傭兵相当の強さじゃ……」
体躯は魔族より、二回りほど大きく、鋭く硬い爪を持つ猫のようなモンスターで、厄介なことにその爪には細胞を壊死させる猛毒が染み出ている。掠り傷でも、致命傷。壊死させる毒は徐々に広がるため、傷を負えば、その部位は切り捨てるしかなくなる。
しかも厄介なことに、この化け猫がまき散らす体液や血液にも、その毒が僅かに含まれる。皮膚に付着しようと、大量に浴びぬ限りは大丈夫だが、こちらも傷口にかかると致命傷だ。
その上、猫のようにすばしっこく、それ故に多くの魔族に恐れられている。
「それを、こんなにあっさりと……」
しかも、たった二人で。
本来のメンバーが揃わないこの状況下で。
「これが、人間の傭兵……いや、冒険者、だったか」
人間には、このレベルの戦士がザラにいるのだろうか。
いや、それ以上に、冒険者と言うのは、こんなにもお節介で、優しい奴らなのだろうか。
魔導国の傭兵は、利己的だ。己の利にならないようなことはしない。別に、彼らを悪く言うつもりはない。
ここは、そういう国だから。
生まれ育った環境に蔓延る常識を疑うことは難しい。
魔導国も、何時かは変わるんだろうか?
「リエ!」
己の世界にどっぷりと浸かった思考は、ロイドの呼び声で引っ張り出された。
「な、なに?」
「ハイドの気配を捉えた」
ロイドの一言は、私の心を安堵と歓喜で満たした。
ハイドはまだ無事だ。まだ、生きている。それだけで、嬉しい。
しかし、これで終わりじゃない。むしろ、ここからが本番だ。私は彼の、強い信念を持った、無謀な行動を止めねばならない。
「……分かった」
私は歓喜する感情を抑え込み、ハイドと対峙する覚悟を固める。




