閑話 一方その頃
「む、むむむ....!!」
体全体を霧に変えていく。
こう、ふわふわとした体になっていって、私が曖昧になるのがとても落ち着かない。
フラン様と別れてから、私たちは強くなるように懸命に努力していた。
私はこの変身能力をマスターしようと。レイとレイナは獣人の身体能力を活かした戦闘法を身に付けようと。
あの二人が体にアザを作らない日はないし、それが一層私を奮起させる。
私が姫をやっていたときは騙し騙されの競争ばかり。とても暗い戦いばかりだったけど、今はフラン様のお陰で体を使って自分を鍛えていく楽しみがある。
すぐそばには頑張る二人がいて、あの子達と成長していけるのがとても嬉しいのだ。
毎日が充実している。
さて、私はこの変身能力を自分のものにしようとしているのだけど、これがとても難しい。
まず手始めに変身したのは猫や、狼などの四つ足の獣で、これも難儀した。
当然歩き方もまるで違うし、体の感覚なんかも違う。
まるで赤ん坊のように少しずつ体の動かしかたを覚えていって、なんとかぎこちないながらも自在に操れるようになったのはついこの前のことだ。
それからフラン様がやたらに憧れていた霧への変身に取りかかっているのだけど、四つ足の獣に変身したときの苦労が石ころだとしたらその難しさたるや山のようだ。
足もないし、手もない。体もないのだからあやふやな体の違和感に初日はたっぷり嘔吐した。
風に吹かれると体が霧散する感覚は最悪だ。
地を掴んでいない感触は絶望的ですらある。
でもめげないしへこたれない。
だってレイもレイナも頑張っているのだから。
私は練磨し合える仲間の存在を意識しながら集中し直した。
....きっと次会えるときはみんなで貴方の隣に立ちますよ。
フラン様。
◆
私とレイナは殴りあっていた。
けっして喧嘩ではない。殺し合いでもない。
これは修行なのだ。
右に左に、と目にも止まらない速度で動くレイナはまさに獣のようで、その繰り出す一撃一撃はあの小さな体躯からは想像も出来ないものだった。
まともに食らえば昏倒するし、まともではなく食らっても痺れるような衝撃が体に走ることは私自信の体で覚えている。
だからその一つ一つを丁寧に捌かないといけない。
一つ。右から襲ってくる回し蹴り。
一つ。左下から襲ってくる拳。
油断をすれば吹き飛びそうなそれらを流して、そらして、時には力を利用して投げる。
あの子の一撃は全部が必殺なのに、私のそれはささやかなものだ。
でもこれが私の見つけた私なりの戦い方だ。
修行を始めて分かったことはレイナは獣人として完成された才能の持ち主で、それに対して私には大した才能がないということだ。
私はそれを受け入れていたし、だから別の私なりの力を身に付けようと思っていた。
でもグラルさんの教えでどんどんと強くなるレイナを見ていて私の中の何かに火がついた。
お姉ちゃんのプライドだ。
私はレイナにお姉ちゃんと呼ばれているし私もその気でいる。
これは揺らいではならない。
だから私は何としてでもレイナに負けるわけにはいかないのだ。お姉ちゃんとして。
それからレイナの圧倒的な力に対抗するためにグラルさんからこの『気道術』を教わった。
気道とは力の行く先で、それを制すれば負けることは絶対にない、なんていう精神の元、魔大陸に住むとある人間が生涯追い求めていたものらしい。
ちなみにその人は嵐に挑んで死んだ。
なんともバカな話だと思ったけど、ためしに練習してみると意外とそっちの才能はあったらしく、今ではこうしてレイナもあしらえるようになった。
...もっとも髪の毛一本分でも油断すれば死ぬほど痛いレイナのパンチに倒れることになるのだけど。
あれは実に屈辱だった。
そらしてそらしてそらしてそらして。
私はお姉ちゃんだ。
絶対にレイナには負けない。
だからフラン様のもとで一番役に立つのは私なんだ。
絶対に負けない。
◆
わたしはお姉ちゃんとけいこをした後、お風呂に入った。
わたしの体にはアザがたくさん。
お姉ちゃんの手のひらや体にもアザが出来ている。
「....ごめんねお姉ちゃん」
「ん?」
「いつも痛いでしょ?」
そう。痛いんだ。
ぶったわたしの手も痛いんだからお姉ちゃんも痛いに決まってる。
「....?ああ。お姉ちゃんだから大丈夫よ」
そうお姉ちゃんは言うとわたしのぬれた頭を優しくなでる。
「お姉ちゃんもいつも投げたりしてごめんね」
「レイナだからだいじょうぶ」
レイナは強いのだ。
だからこのくらいのアザは全然大丈夫。
「そうね。...ミハサさんには負けられないしね」
「ん。ミハサおねーちゃんには負けられない」
ミハサおねーちゃんも頑張ってる。
おとーさんに一番褒められるのはレイナなのだ。
「さあ、しっかり体を洗ってから湿布貼るわよ」
「んにゅ...レイナあのすーすーするやつきらい」
「傷跡が残るとおとーさんが悲しむわよ」
でもやっぱりすーすーはきらい。
どうせミハサおねーちゃんとお姉ちゃんが協力してわたしにすーすーを貼ってくるのだ。抵抗は無駄。
「ほら、そんな悲しそうな顔をしないの」
お姉ちゃんはわたしの頭をわしゃわしゃってする。
耳がこしょばゆくてなんだか気持ちいい。
「んー」
「気持ちいい?ほれほれ」
んーーーぅ。
おとーさん。
早く帰ってきておとーさんもレイナをわしゃわしゃしてね。
別々に書こうかと思ったけど幼女視点の難しさに挫折。
ひなだお!でも見返して研究しときます。




