8 栄光への道 後編
エルラント王国とランドグリッツ帝国の戦いは、国境のある崖を越えた森ではなく、エルラントの側の森を越えた荒地にて行われる。
40メートル以上ある崖を大軍が越えることはできないが、貿易のために整備された道を通ることで侵攻が可能となった。
逆に考えればこの道を壊すことで帝国の侵攻を止めることは出来るのだが、貴族が勝手に攻撃を開始したのだ、という帝国の説明を信じたという建前を示すために、その手は使えない。
帝国は荒地に向かうまで通る途中にある村や町に対して大きく略奪をすることはなかった。
これは万が一帝国軍がエルラント軍に負けることがあれば、極力帝国とエルラントとの間に角がたたないようにする為の措置であると、ルルは理解していたが、国民はそこまで知る余地もなく、いつ来るかわからない略奪に戦々恐々としていた。
帝国軍の数は万を越える。
町や村の防備では、なす術なく食いちぎられるだろう。
それらが破られたあと、万の軍がやってくる場所は王都であることは火を見るより明らかで、それらを防御する要はエルラントにおいて勇者であり、亜人であった。
しかし、今、勇者は国内におらず、亜人はエルラント国自らの手で手を切っている。
ならばエルラント軍が対応せねばならないのだが、フランク王の時代は平和だったことと、勇者がいるという安心感から大した人材がいない。
国民はこれまでになく、不安な気持ちになっていた。
◆
ヴァンパイア荒地と呼ばれるかつてヴァンパイアが住んでいた地の近くに位置する荒地では、総勢100を越える騎士団総勢とエルラント軍4000が並んでいた。
本来エルラント軍全てを動員すれば10万を越える人数がいるのだが、いかんせんそれを統括する武官が少なく、急な動きに4000しか集めることが出来なかった、とルル王から伝えられていた。
百人隊長が数人と、千人隊長が僅か。
それが急な出動に応じられる人数であるという現実は、エルラント軍人に悔しさとも後悔ともつかぬ感情を湧かせた。
奴隷に堕とした亜人の軍人には千人隊長もいたし、百人隊長もいた。
そのことを理解しているだけにエルラント軍人は余計にそうだったのだ。
軍人は一度身内と決めたものを蔑ろにすることは滅多にないため、軍属の人間は亜人の差別に反対的だったのだが、王命に背くわけにもいかない軍人としてなんの行動も起こせなかった現実に胸を痛めていたのだ。
そんな沈痛な表情を浮かべる彼らの前に、何より守るべきである王が立っていた。
本来王が最前列にいるということは避けるべきなのだが、ここにいる誰も王に勝てないのだから反対することも出来なかった。
「王よ。せめて盾を持ってくれませんか」
白い立派な馬に乗り、騎士団長時代に着ていた鎧をより華美にした物を纏うルル王の隣に立つ壮年の騎士にそう注意される。
この男はルルが新人騎士だったときから世話になっていた師であり、なによりルルの前に騎士長を務めていた男だ。
ルルが王になり、再び騎士長となり、ルル王の右腕とも言える男である。
「騎士長。私を貫く矢はなく、私に放たれた魔法は私に害をなす前に消失するだろう。ならば何を恐れれば良い」
「敵の奮う槍や剣を」
「それは何より私が得意とするものだ」
この問答は半ば芝居だった。
ルルが余裕を見せれば見せるほど軍の士気が上がる。
前に立つことが政治より戦いを得意とするルルの王としての在り方だと考えていた。
「我らエルラント軍が支え、守る盾となり、剣となることをお忘れなきよう」
そのことを分かっている騎士団長はそう続けた。
ルルは頷くと、帝国軍が見えてきたことを確認すると、馬を操りエルラント軍を振り替えると声を張り上げた。
「私、ルル・エルラント・キングを信じろ!お前たちの勝利は私が運んでこよう。お前たちはその勝利を掴み、私と共に国へと持ち帰るのだ!勇者がいない?お前たちがいる!亜人がいない?お前たちがいる!」
そこで一呼吸入れると、叫ぶ。
「我がエルラントに栄光を!」
その言葉に呼応して叫ぶエルラント軍。
その鬨の声は先ほどまで兵士を包んでいた不安など感じさせないもので、ルルの鼓舞が成功したことを示していた。
「進め!お前たちの一歩はエルラントの栄光への一歩となる!!」
そう鬨の声に負けず叫び、馬を帝国に向けて駆け出させる。
背後を騎馬隊と歩兵が共に走り出し、魔法隊と弓隊が攻撃を開始する。
戦争が始まった。
◆
その少し前、ヴァンパイア荒地の近くにある森の中では白い髪の獣人が二人と、その背後に同じく白い髪をした獣人たちが100人ばかり立っていた。
「レオン。マジでエルラントに味方するんだな?」
「ああ。あのルルって男は信頼できる」
鋭い目付きをした男が優しげな目付きをした男に確認をとるが、兄弟のような男の答えを初めからわかっていた。なぜ聞いたのかというと、単なる世間話の延長だ。
「そうだな。わけの分からん帝国の連中よりは信頼できそうだ」
「早いとこ一段落つけて娘にも会いたいしな」
レオンと呼ばれていた男はそう言うと目を細める。
「アーノルドのじいさんが言っていたが、レオン。お前、死んでることになってるらしいぜ」
いたずらっぽく虎の尻尾をゆっくりと振りながらそう言うと、レオンは笑った。
「ああ、知っているよ。俺がもし死んでしまったらあれが永遠の別れになるんだ。早めに乗り越えられるのならそれにこしたことがないだろう?もっとも一段落ついて生きていたらちゃんと話をするつもりだがね」
そこでレオンは少し心配そうな顔になる。
「ところでテガル。お前はレイを捨てたことになってるぜ。お前の方が問題だろうよ」
「はあ!?俺がレイを捨てるなんてありえねえだろうが!」
テガルと呼ばれた白虎族の男は叫んだ。
慌てて背後にいた虎族の女が諌める。
「あなた、ここに潜んでいることがバレてしまっては作戦が台無しですよ!ただでさえ少ない人数なんですからバレてしまったら厄介なことになりますよ」
「分かってるよ。クソッ!アーノルドめ...俺の動向が話せないにしても説明の仕様くらいあるだろうがよ....」
テガルはぶつくさとそう呟く。
その呟きに苦笑いをしながらレオンも同意し、懐かしい一族の娘の顔を思い浮かべる白虎族と白獅子族たちの間にどこかほっこりとした空気が流れる。
獣人族は家族を大切にするし、一族の家族なら自分の家族も同然だ。
ましてや族長の娘である。あまり馴れ馴れしく愛でるわけにもいかないが、家族の一人として大切に思っていた。
だからこそ別れざるをえなかった娘たちを思うと、懐かしくいとおしい感情が生まれるのだ。
そんな優しい空気を壊す大波のような大声が聞こえてきた。
闘争本能を刺激するその声にビリビリと背筋を震わせる獣人たち。
「はっ!やっぱりあのルルとかいう男は大したヤツだな。あのしょっぱい軍隊からここまでの鬨の声を引き出すとはな」
テガルは先ほどまでの温かな空気を微塵も感じさせない獰猛な笑顔を浮かべた。
牙を剥き出しにするその笑顔は肉食獣のそれだ。
「俺たちの出番はまだだぞ。エルフの魔法が着弾したことを確認してから動かなければ巻き込まれて微塵も体は残らなくなってしまう」
そう冷静に話すレオンであるが、金色の目が爛々とかがやき、尻尾や髪の毛が逆立っているその姿はやはり獅子のそれだった。
そこからは誰も口を開くことはなく、軍隊が地を蹴る音にウズウズとしながら、ただ唸り声をあげて、戦場の方角を見ていた。
やがて、ドンッ!と腹に響くような音や、パンッ!と空気を震わせる音が木を揺らす。それと同時に獣人の集団は森を駆け始めた。
獣の疾駆。
一瞬にして森を抜けると、そこには波のような人の集団と集団がぶつかろうと迫り合う場面が広がった。
◆
人数の多い側の軍勢のあちらこちらでこの世の終わりのように竜巻や、大火が上がっている。
魔術級、それも50ワード以上を繋げた高度なものである、ということは一目で分かる。
ここまでの魔術を行使する魔力は人間では到底賄えないだろう。
その天変地異のような魔術は王国軍、帝国軍、両軍に混乱を生んでいた。
突撃する脚が両軍とも止まり、それと同時に低くとも張りのある声が王国側に響く。
「見よ!我らの友が王国の窮地に参じた!見覚えのあるものもいるだろう!初めて見るものもいるだろう!彼らこそ我がエルラントの古くからの友であり、最高の力。亜人の諸君である!」
王国軍の目の前では獣人の集団の突撃する姿が見えた。
とても万軍に勝てる数ではない彼等を見る人は絶望するだろうか。馬鹿にするだろうか。
そんな人間もいるかもしれないが、王国軍は違う。
かつて、エルラントを統一した時代を知るものはかつてを思いだし、知らぬものは知るものから聞いていた話を思いだす。
獣人は人より優れた身体能力で、エルフは卓越した魔法技術と弓の腕前で勇者と、共に統一を成し遂げたのだ。
かつての栄光を思い起こさせるその光景に王国軍人たちは身を震わせた。
「私からの言葉は何もいらぬだろう。さあ!行け!!! 」
彼らの王が腕をふる姿にエルラント王国誕生の伝説と重ねた王国軍は腹のそこから沸き立つ声を絞り出すように叫んだ。
その鬨の声は本日あげられた声の中でももっとも大きな声となった。
万を越える帝国軍の上げるものよりも遥かに大きいそれは、エルラント王国再建の産声となる。
◆
エルフの男がそこまで吟い終えると、席を立ち上がった。
その仕草は本日の演目を終了する知らせで、周りを囲んでいた人達はそれぞれの生活へと戻っていく。
冒険者は依頼を果たしに向かったり、酒を飲みに行くことだろう。
子供たちは、今の演目に沿った遊びをするか、家に帰り、家族に目をキラキラさせながら今聞いた話を話すか。
恰幅のいい買い物帰りのような女は英雄王の姿を夫に語り、発破をかけるのかもしれない。
エルフの男は城へと戻り、かつての主君の姿を思い浮かべながら王を補佐しに向かう。
まだ若い王だが、ルルやミハサのような才を感じさせ、かつて自分を助け出した王に似た顔立ちもエルフの男のやる気を増させる。
英雄王の築いた王国は、平和である。
ようやく投稿出来ました。
待たせてしまって申し訳ないでござる。
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