第十八話 二代目勇者
レイの機嫌が昨日からとても良い。
踊り出しそうな、というより今までつっかえてた物が取れたような感じだ。
俺が大学受験した次の日ってこんな感じだったな。
受かったわけではないのだが、勉強から解放された爽快感がたまらなく良かった。
昨日、ルールさんから話を聞いているレイが泣き出したときにはどうしようかと思ったのだが、彼女はスッキリとした顔で顔を上げると、影のまったくない輝かんばかりの笑顔を浮かべた。
レイがなにかに悩んでいるとは思っていたのだが、彼女は自分で解決してしまったらしい。
悩んでいると気づいたときに無理矢理聞き出さなくてよかった。
俺には彼女の悩みに答えは出せなかっただろうし、なにか重い過去を聞いたら同情してレイへの対応がぎこちなくなっていただろう。
人間、だいたいの問題は一人で解決できるように出来ているものだ。
そんな機嫌のいいレイを見て、レイナも嬉しそうだ。
仲の良い姉妹は見ていて楽しいね。
俺は休日のパパのような気持ちで、血を飲んでいる。
久しぶりに水風呂に入り、ベッドで寝た俺のコンディションは大変よろしい。
吸血鬼の公式寝具のような扱いの棺桶とか、とても寝たいとは思わない。
そもそも日光も平気だし。
「よく寝れたみたいね」
「ええ、お陰さまで。レイの機嫌もかなり良いですし、スーの誘いに乗ってこの屋敷に泊まって良かったと思っています」
お世辞ではなく、この国で泊まるとしたらベストな選択だっただろう。
「ふふっ、我が家をシアの血族から気に入って貰えたのならとても嬉しいわ」
「そういえばルールさんはフェリシアさんとどんな関係なんですか?たしかフェリシアさんのお抱え商人だったとか聞きましたけど」
ただの商人と雇い主の関係だったらこんなに仲良くない気もする。
少なくともリスクを抱えてまでフェリシアさんを助けようとは思わないだろう。
失礼だからそこまで言葉にしないが。
「そうね。シアは一族の恩人で私の親友よ」
個人的な付き合いもあったのか。
一族の恩人って言うのが少しだけ気になるが、そう他人の家の事情をほいほい聞くのはいかんだろう。
というか、この屋敷を見ればいろいろ察することができる。
こんなに立派な屋敷を持っているということはそうとう稼いでいるんだろうし、商人の一族の恩人ならば、金関係だろうしな。
俺は若干失礼なことを考えていると、スーが顔色を変えて部屋に入ってきた。
スーという少女は、よく言えばマイペース、悪く言えば空気を読まない性格だ。
そんな彼女は、アニマルズに襲われたときも、騎士団が襲来したときですら、自分のペースを変えることはなかった。
そんな彼女が顔色を変えている。
そんな異常事態に俺はすぐさま真面目な顔になる。
「どうした!スー!緊急事態か!?」
「ええ!かなり緊急事態よ!でもなんだろう、その反応にイラッとしている自分もいるんだけど」
やはり緊急事態だったらしい。
さて、なにが起きたのか。
こいつが顔色を変えるくらいだ。
そうとう驚きな出来事が起こったのだろう。
魔王襲来とかかな?
「姫様が門の前に来てる!」
どうやら魔王ではなく姫だったらしい。
良かった良かった。
少しも良くないけど。
「フランちゃん、現実逃避してる場合じゃないわよ。姫様は“巽様”と会いたいって言ってたのよ」
巽とか誰だよ。
あ、俺か。
なんというかこの世界に来てからこのかたずっとフランで通していたから本名の方をうっかり忘れてしまう。
慣れって怖いね。
「フランちゃーん!また遠い目をしているよ!姫様はお忍びで来たらしいけどあんまり待たせるのはいけないと思うわよ。常識的に」
まさかスーに常識を語られる日が来ようとは....
俺はすぐに門へと歩いていく。
スーに常識を語らせたのだ、それ相応の対応が必要だろう。
あせあせと着いてきたスーと、真面目な顔のルールさんが続く。
俺はミハサ姫が俺の名前を呼んだことに驚いてはいない。
ミハサ、とは俺が呼び出されたときに聞こえた名前だ。
俺をこの世界に呼び出した人物だ。
最大限の警戒をしないとならない。
玄関の扉を開くと、そこには深くフードを被った人間がいた。
「まずは家の中へ」
そう言い、すっと家に入ると、扉を後ろ手で閉めた。
怪しすぎて逆に怪しくないくらい怪しい態度と格好だ。
この服装で人の家に上がるやつは俺の世界では犯罪者だけだ。
「そんな目で見ないでください。私が今ここにいるとバレてしまえばただではすまないのです」
そう言い、フードを外すと、美しく整った金髪碧眼の少女がそこにいた。
顔立ちが騎士団長に似ているのはなにか関わりがあるからだろうか。
「初めまして、となりますね。フラン様。私はミハサ・ビットーリア、あなたを召喚した者です」
「なるほど、やはりお前が、俺を召喚したのか....」
フェリシアさんとの出会いにより、この世界に一生いる決心はついている。
しかし、俺が死んだ原因になった張本人がいて、家族との永遠の離別をさせた者が目の前にいると、やはり思うことがある。
「あなたが吸血鬼となるまでの経緯や、フェリシア・ドラクリアとどのようにして過ごしたのか、そして今、あなたが私にどのような事を思っているのか、すべて理解しています」
俺はカチンときた。
この女が俺の事をわかってるだって?
フェリシアさんと家族となった日のことや、俺の体が完全に別物となったときの衝撃をこいつがわかってる?
冗談はほどほどにしなほしい。
「ほう、俺の事をわかっている?はっ、お姫様は夢見勝ちな頭の持ち主なのか?じゃあ全部言ってみろよ!ほら、言えよ!」
思わず怒鳴ってしまい、部屋からレイとレイナが出てきた。
だが俺が怒るのも仕方がない。
いきなり訳のわからん女が我が物顔で、あなたのすべてを知っています、なんて言われてみろ。
どんな奴でも腹が立つってものだ。
しかもこいつは俺を召喚した張本人だ。
どんな死体だって自分を殺した奴が殺されたときの心境を知ってるなんて言われたら腹が立つ。
ゾンビになって殺人者を殴ってやるさ。
「では、語りましょう」
そう言うと、スラスラと俺が召喚されてからフェリシアさんと家族になったときのことまで話始めた。
辛かった三年間と、その理由についてまで、だ。
話を聞いていた皆は、感心したり、顔を赤くしたり、爆笑したりしながら聞いており、俺の怒りは霧散。半笑いの顔に固定された。
その時その時の俺の心境まで丁寧に注釈されたそれは、気恥ずかしいってレベルではない。
全裸で外に出るどころか、皮まで脱いで外出するような恥ずかしさだ。
なんだそれ。わけわからん。
やがて一糸纏わぬ俺のストーリーを語り終えたミハサは、外見半笑い内心混乱状態の俺の手を握った。
「私があなたを召喚したのは確かです。あなたのことを深く知った私は、あなたが一人の人間であり、『勇者』という存在ではないというかとを理解しています。ぜひ、私を従者としてください。一生着いていきます」
と言った。
俺はというと、激しい混乱状態のせいで、何を言われたのか理解しないまま、
「ああ、うん」
と返事してしまった。
その言葉を聞くと、ミハサは花のような笑顔を浮かべると俺の手を握った。
「それではここにまミハサ・ビットーリアと、フランの契約の成立を勇者と王女の名の元に宣言いたします」
すると、ミハサの付けていた指輪が強く光る。
ミハサは何やら悪い笑顔を浮かべると、強く俺の手を握った。
それはまるで契約が成立した商人のする握手のようで、俺にとっては悪魔の契約に寝言で返事をしてしまったことと同義である、と後で深く理解することになる。
◆
いやはや、笑えません。全然笑えませんよ。
俺は、絶望にうちひしがれていた。
正気に戻ったあと、スーからミハサとの契約をしていたと話をされ、顎が外れるほど驚いた。
ちょ、ふざけんなよ。
いやでもまて、所詮は口約束。
しらばっくれても何も問題がないのではなかろうか。
「あのミハサ様の付けていた指輪は契約の指輪だよ。しかも宣言が勇者と王族だからね。死神が互いを分かつまで契約は破棄できないわよ。国宝級のアーティファクトね」
と呑気にほざいた。
ふざけんじゃねーよ。国宝級とかそんなんどうでもいいわ。
これがそこら辺の人間との契約ならまだ許せる。
俺は自分を殺したような奴と一生を過ごすなぞゴメンだ。
M野郎歓喜なシチュエーションだが、残念ながら俺はノーマル。
もう憎しみはないがそんな女と一緒にいて心休まるわけもない。
どんな拷問だよ。
「そうですね、私とフラン様は『家族』と同義になりました。もう逃げ場はありませんわよ」
と朗らかな顔でミハサは笑う。
殴りたい、この笑顔。
だがしかし俺が殴れば死んでしまう。
こんな下らんことで人を殺すなぞ俺には出来ん。
「だいたいお前は王女だろ?この国はどうするんだよ」
「ああ、もう捨てますわ。愛想がつきましたので」
いやいや、王女が国を捨てたらいかんだろ。常識的に。
だいたい話を聞いた限りだと、この国は王女の支えがあって保っているふしがある。手綱の無くなった王はよりいっそう暴走しそうだ。
それに亜人の件もある。
そうぽいっと簡単に捨てられてたまるか。
「いやいや、お前、亜人はどうするんだよ。お前がいなくなったらどこも持たなくなるぞ?」
「ええ、それが懸念点ですが、既に手は打ってあります。この国の問題は、じきに“この国の者によって”解決されるでしょう。その時に、多大な混乱が予想されますが、静かに決着をつけられることはもう無理ですし、腐りきった者共に罰が当たることは悪いことではありませんわ」
そう言うとミハサは微笑した。
今まで耐えてきたものを全て破壊した顔をしている。
どんな笑顔だよ、と思ったひとは会社の社長あたりをぶん殴るといい。その時のあなたの顔だ。
「お兄様がすでに準備を進めていますし、ルールさんにそのことを告げに来る目的もありましたの」
「わたし、ですか?」
「ええ、もうすぐにこの国は大混乱に陥ります。その混乱の中、なんの準備もないままですと商人を辞めないといけなくなる事態になりますわ」
またえらく規模のデカイ話だ。
「えーっと、姫様、具体的にはどのようなことが起こるのでしょうか」
そうルールさんが確認すると、また例の微笑を浮かべ、『計画』を語りだした。
その『計画』はまたえらく規模のデカイ話で、間違いなく後世に残るだろう話だ。
巻き込まれるのはゴメンだが、気になることがある。
「フェリシアさんの家族を俺は探さないとならない。もう少し計画を遅れさせられないか?」
そう、フェリシアファミリーの件だ。
少なくとも、『計画』が実行された場合、捜索どころではなくなるだろう。
「ああ、フェリシア・ドラクリアのファミリーの件ですね。すでに捜査は終えています。彼女たちは今、魔大陸にいますわ」
「は?魔大陸?人族と魔族は繋がりがないんじゃないのか?」
「それは一般公開されている情報ですね。どの国も国民に内緒で魔大陸との国交が僅に、ですが、ありますよ?フェリシアほどの吸血鬼のファミリーですからこちらの大陸では管理できず魔大陸に売却、となっていますね。取引相手は魔王プェノザハードです」
いやいや、突っ込みどころがありすぎて困る。
まあ宇宙人との繋がりのあるらしい国だって俺の世界にはあったんだ。別大陸くらいの国交ならそりゃあるさ、と理解しとこう。
そしてフェリシアファミリーは報復を恐れた、とかかな?
フェリシアさんは本気で戦うと竜をも殺せるらしいしそんな相手を敵にまわすのはどんなアホな貴族でも嫌だったんだろう。
もしくは国王が国で抱えとくのが嫌だったのか、だな。
でもね、魔王に奴隷を売却。
アホじゃないのか、と言いたい。
魔王と売買をやっている勇者の国ってなんだよ。
内政無双でもあまり見ないぶっ飛びっぷりだ。
この国はマジでもうダメみたいだ。
いやまて、魔王が案外イイヤツの可能性もあるのかねーよ。
イイヤツならそもそも魔王なんて呼ばれねーよ。
「ふふっ、いろいろ混乱しているみたいですが、あまり長くこの国にあなたがいるのは得策とは言えませんし、あなたには是非やってもらいたいことがあるんです」
真面目な顔になると、ミハサは言った。
「勇者名義で周辺大国に手紙をだしてほしいのです」
は?
◆
なんでも勇者印を使用した手紙がこの国にはあるらしく、文字通り勇者にしか押すことの出来ない印鑑らしい。
理屈はよくわからんがつまりそういうことだとしか言えない。
これからこの国は間違いなく大混乱に陥る。
それを狙って軍を進めるということもありえるため、勇者の名で警告を出してほしいのだとか。
勇者が率先してこの『計画』を実行してますよー、ってことと、あなたたち僕の邪魔をするために攻めてきたら皆殺しにしますよー、ってことを伝えるメッセージを書くのが俺のミッションだ。
この国にではなく、スーだとかルールさん、それに獣人の人たちと出会い、好きになった俺は、ある程度までならその人達のために動くこともいとわない。
まあ面倒なことも起こりうるだろうが、それを背負ってでも助けたい人達がいるのだ。
それにこの国の亜人差別に思うところもあるので、そのミッションは喜んで引き受けた。
勇者印は勇者の部屋から出すことが出来ないので、俺は王城に行くことになり、この国の一般的男性の姿に変身。
ミハサの護衛として入城することになった。
入城にあたってゴタゴタもあるかと思っていたが、ここもガバガバ検問でスルー。
この国のセキュリティ意識の欠如について思いを馳せながら、階段を上り、5階にその部屋はあった。
内部はなんだかキラキラした造りなのだが、部屋のひとつひとつがなんの部屋なのか、一見さんの俺にはわからない。
覚えても役に立てることは今後訪れなさそうなので、ミハサにアヒルの子のようにトコトコついていき、とくにイベントもなくついてしまった。
まあ、なんの問題もないのだが、やはり防犯意識の低さが目立つ国だ。
「この部屋ですわ。二代目勇者様は決してこの部屋に人を入れませんでしたし、結界が張ってありますので私も入れないのですが、最後に勇者様はこの中で勇者印を使いましたので、たしかに勇者印はあると思います」
勇者様も召喚されたときは思春期かなんかだったのだろう。
思春期男子は自分の部屋に人をけっして入れないものだ。
見られたくない物がたくさんあるからな。
俺は罪悪感を覚えつつ、扉に手を当てると、何か胸の中に刻まれたモノに干渉するような感覚があると、自然と扉は開いた。
「おお!やっぱりあなたも勇者なんですねぇ」
と目を細めてミハサは呟く。
お前が勇者にしたんだけどな。
「絶対に入ってくるなよ?俺も二代目勇者の気持ちがなんとなくわかるからな」
「ええ、承りましたわ。ご主人様」
にっこりと冗談混じりの笑顔を浮かべる。
なんとなく気恥ずかしくなった俺は、さっさと部屋に入った。
勇者の部屋は、普通だった。
まず、物がない。
机があり、ベッドがあり、タンスがあるが、それで終わりだ。
まあこの世界にポスターとかがあるとは思えないが、インテリアの類いが一つもないのはなんか違和感を感じた。
なんとなくタンスをあけて中を覗く。
いや、別になんか目的があるわけではないのだ。
友達の家に遊びに行ったらまずはベッドの下を見たりするだろう?その感覚だ。
中には、懐かしの元の世界の服があった。
俺の着ていたパジャマは血染めのパジャマにクラスチェンジしたあと、フェリシアさんの手により燃やされているので、元の世界の服を見るのは三年ぶりだ。
懐かしくて涙が出る。
その服は、俺の世界で流行っていたもので、大学生の8割はこんな感じのデザインの服を着ていたものだ。懐かしい。
服は、それだけが大事そうに入っており、他には何も入っていない。
まるで、このタンスのなかは元自分のいた世界なのだ、と意識しているように小物類も元いた世界の物のみである。
時計。財布。携帯。
それらを順に見ているうちに、俺の顔はだんだんひきつる。
全てが俺の知っている物なのだ。
かつて、俺の親友だった男が買ったことを自慢してきた時計があり、そいつが愛用していた財布がある。
金の無心をしてきたヤツは、この財布の中に、俺の貸した金を入れた。
心臓がバクバクいっている。
頭がくらくらし、昔のことが頭をぐるぐると廻る。
視線を写していき、そこにあったのは懐かしい誓約書だった。
誓約書
平成○年 ○月○日
私、加賀美 準は、工藤 巽氏より、金品○円を借り受け、平成○年○月○日に、返済することをここに誓います。
互いの拇印の入ったそれは、たしかに二人で書いたものだった。
加賀美準は大学で知り合った親友だ。
気のいい奴で、話も合い、すぐに友達となった。
生真面目ではあるが冗談も言い合うあいつのことを俺は心の底から信頼していた。
何度も細かいお金の貸し借りはあったから、彼が大金を貸してくれ、と言ったときにも必ず返してくれる、と思っていた。
俺の貯金の全額にもわたる金額を彼は、学費に使う、と言っていた。
彼は両親もいない苦学生であったので、同情もあって、渡したんだ。
貸した次の日から彼は学校に来なかった。
彼が住んでいたアパートに行ったが、いなくなったと大家さんに言われ、俺は騙されたんだ、と思った。
人を信じられなくなり、引きこもったわけだが、彼はこの世界に召喚されたのか。
頭の中をぐるぐると考えが廻る。
それは纏まらない思考で、激しい動悸がどくんどくんと聞こえる音と共に廻っている。
俺は気絶した。
また主人公は気絶しました。
誓約書の書き方とかは突っ込まないでください。




