鏡の悪魔
病院で働くと幽霊を見るなんてことは実際にあることらしい、それだけでなく不思議な体験をする人はそれもよくある。幽霊なんて脳の作り出す幻だと現代科学ではそう片付けられているが俺は真面目に幽霊を信じている。それもこれも俺にも霊感ってやつがあるからなのだ。
「敵も怖いが幽霊も怖い」
病院で恐れるべきは注射器ではなく、その幽霊なのだがここに来てそれが見えない。ありがたいことなのだが覚悟しても来てくれないと正直、安心して眠れない。まぁ、セイア情報では敵が来るとのことなので徹夜してみようかと思っている。正直に言うと
「どっちも来んな」
である。動けぬ体によってたかって苛めて殺して楽しいか!?向こうも命かかってんだから仕方ないか、
でも仕方ないで死んでたまるか。死んでやるもんか
って言ってやる。
暗くなった病室でイライラさを隠せなくなってつい頭の中で言葉が飛び交う。頭を冷やさないと戦いで冷静な判断が出来なけりゃあの世に行くことになるのはわかってる。一度そう見えてしまえば見方を変えることは難しい、死にたくないと思えば人は逃げに徹するらしい。死にたい奴は戦い、生きたい奴は逃げたがる。
さて、どうするかな俺はどっちだろうか。極限状態が人の根底を暴き出す。
「俺はもっと単純だ、自分で言ってるが」
来たら殴る。もっと他に無かったのだろうか。
数時間前、
「この国のことわざにもあったな、馬子にも衣装…
ぷっ…笑えるな」
今時こんな格好の日本人もいないのに何で私がこんな着物着せられてるんだ?
「こんな姿…あいつに笑われるじゃないか…」
ん?
また感じる人の気配、最近誰かに見られてる気がするが一向に姿を現さない。一応連絡はしといたがそれは私の勘違いだったのか…
L字路のミラーに人影が映り、警戒しつつも平然を装おっていた。
「歩いてない、立ってる…場所は曲がり角に?待ち合わせしているのか?それにしても疑うに越したことはない」
謎の視線…重なる…気配はするが角から呼吸音は全く聞こえない。そんなことがあるのか?
「ついに来たと言うことか…」
懐を探る、手に当たった小瓶の存在を確認する。中身はどす黒い液体に満たされている。その面見てからでも死ぬのは遅くない。
「獣として生きてきた、それを最後に人間として生きてこれたんだ。悔いはない」
機敏な動きで敵の不意を突く、不意討ちしか勝利は見えなかった。急な動きの変化に素人なら混乱して隙が出来るはず!
ポンッ!
小瓶のコルク栓が景気いい音を明後日の方角に飛んでいった。中から黒い液体が飛び散っては集まり数本の刃物の形状となり敵がいた場所に雨霰のように降り注いだ。
「な!?」
いない!?感じた気配はいったい!?
油断した、来るのは能力者であることに!敵の能力が知れないのなら逃げるべきだったのに!振り向く間もなく後ろから誰かに掴まれそのまま引きずり込まれた。何処へ?視点がかなり上に…それより何?
透明な壁に阻まれて…この場所はまさか!
「鏡の中!?」
「初めてだろう?この世界に入ったのは」
誰!?
「君の始末は後だ、失敗でも死ななかったのは君位なものさ。また拾ってあげるってさ」
まっ待て!!
「では今夜のメインディッシュだ」
出せー!クソッ!
辺りが暗く肌寒くなった頃、自分はやけに熱くなっていた。握った拳で透明な空間をガンガン叩きまくっていた。
眠れない。
目を閉じてもこの鼻につく消毒の匂いなのか病院なんかで落ち着いて寝れない。ましてや敵の追撃がいつ来るかわからない状況。普通…寝れるか?
「うううう…!!」
個室にされたのはよかったよ、しかもナースセンターの近くにな!階段の前にあるのだからバレずに出ることなど不可能…どいつもこいつもな!
ピクッ…
アウトローの特徴、耳が長い。だから沢山の音を集めることが出来る。ようするに耳がいい、廊下を歩く音、患者や看護師の可能性もあるのだが足音が突然消失した。立ち止まった訳じゃない、それなら呼吸音、心音が聞こえてくるはずなんだがそれすら消えた。しかし存在感は残る…敵だと判断した。
「来るならさっさと来い、こっちは待ってたんだ」
そこから数分…謎の存在感と戦いながらついに耐えられなくなった。勘違いだったと言い聞かせてそれが本当なら一大事だもんね?ここは敵が俺はまだ貴方の存在に気づいてませんよ、と思わせて近寄ったところをぶちのめす作戦にした。油断誘うのだ。
「トイレ行こーっと!」
わざとらしかったか…廊下まできこえるように大声で言ったんだが…もういい、何とでもなれ!
トイレは病室の出入口の近くにもう1つ個室があり
そこに風呂とトイレ、洗面台がある。
俺は洗面台の蛇口をひねった。それを頭にぶっかけるこれで頭冷やしてましな作戦の1つでも考えることが出来る。はず…
「ふー…ん?」
蛇口を閉める、濡れた髪をかき上げる。あー!もう平穏な暮らしなんて何処にもないんだな!
ふと顔を上げて鏡に映る自分の顔、そして後ろに立つ少年…
「なんだ!!」
病室の扉を開ける音、この個室を開ける音も聞こえなかった!って考える暇もないか!とりあえず攻撃だ!
「ウラァッ!!」
ブウン…!!
振り返りざまの回転した力を乗せた一撃、俺の右腕からもう1つの腕が出現する。それは霧に隠れたように薄いボヤけているが確かに力強く動いていた。
「とと…あれ?」
目標を見余った訳ではない、自分の後ろに確かに人影を見ていたが…そこには誰もおらず部屋はシン…と静まり返っていた。
「あれ?見間違えか?おかしいなぁ…確かに人影を見た気がしたけど…」
精神的に追い詰められて有りもしない敵を作り出したのか?自分もまだまだっ!!
口を塞がれる!そしてそのまま引っ張られる。後ろからだと?人が立てるスペースなんて…
振り返って初めて敵の正体を知る、鏡から?
うおおお!引きずり込まれる!掴まるものなんて…
ブウン!!
「うおっ」
右腕は今度は鏡を狙って突き出てきた!鏡の中の男は俺を引きずり込む時間も逃げる時間もなくアウトローの右腕の前に粉々に砕かれた。
「はぁ…はぁ…どうだ!」
目の前は割れた鏡の破片が広がっていた。広がる破片、男は消えていたが1つだけ、消えない破片が1つあった。
「ほぅ…流石アウトローですね。なんてパワーの霊体具現化能力だ…全てが一瞬、反則だ」
「ちっぽけだなー?いつまでもそこにいるんだ?さっさと出て来ないと粉々から本当に粉にしてやる」
鏡…から攻撃する能力か、出てきた部分は人間の貧弱な体、出てこなくてもアウトローのパワーとスピードさえあれば鏡を砂にするのも容易い…問題は鏡だけでなく映る物全てから攻撃出来るのなら…
砕けたこの鏡の破片のどれかからでも攻撃することが出来るのなら…ここは奴の土俵…
「出来れば無傷に捕らえろとのお達しですから無抵抗でこの僕に捕らえられてください」
「バカかお前は?それではいそうですかって納得して付いていくとでも?バカにすんな」
小さな鏡の破片から男がけらけら笑っている。俺が手を振り上げるより早く俺の気持ちを汲み取ったアウトローが先に動いた。
メシャー!!
おう…容赦ない…さっきまで話をしていた男はアウトローは容赦なく殴り砕いた。殺してないだろうな?けど俺を守るためか自動的に右腕が動き出した…
大丈夫か?暴れてるんじゃないか?操れないのは問題だろう。
「いきなりで驚いたよ」
俺はふと横に目をやった、気づかなかった何時からだ?何時から風呂に水が張られていた!?
「僕が鏡の世界に入らなくても君をこの世界に引きずり込むことは出来ますよ」
「そう易々と成功すると思うか?」
俺はつい見しまった。敵の不敵に笑う顔を相手の瞳に映る俺の顔を…俺のアウトローの視力が無ければわからなかったろう、その瞳の中の俺の瞳にまた敵の顔が…それは合わせ鏡のように永遠に続く螺旋のように…
「水面に映る…よし、成功だな。さて二人を確保したことを報告して脱出と…終わり♪」
どういった能力かはっきりとわからなかった。けどその二人ってのは…
「セイアが言った敵は…お前か!」
「セイアってのは知らないが裏切り者の事かな?もう確保済だよ?よかったね」
へっ…なら窓…開けといてよかったな…
バン!
「なんだ!?」
扉の向こうに何か丸い板のようなものがピッタリと張り付いた。
「セイアに渡された包み…よく見たら髪の毛が1本偶然入ったとはいえアウトローの視力、だけじゃなく復元能力も嘗めてたなお前」
閉じ込められる前、髪の毛に触れておき本人を寄せてきたつもりが…
「ミラーに閉じ込めたはずなのに!」
「キャアッ!」
それがいきなり部屋に押し入り、直角に曲がって髪の毛との直線上にいた男をはね飛ばし、セイアの入ったミラーと一緒に風呂に落ちた。
「ぶはっ!」
おっと…これは…
「ウラアッ」
「何でおま…ぷぎゃっ!」
水面は波紋で乱れ、姿が写らなくなった。強制的に出されたようだ。
「さっさと出てくれよ…ノックも無しに部屋に入りやがって…男と風呂入る趣味は持ち合わせてねぇ」