第41話
鬱蒼とした深い緑がどこまでも続く森。
光は木々に遮られ、明るい時間帯にも関わらず夜のように暗く、どこを向いても似たような景色で一歩でも足を踏み入れた者を惑わす。
そんな危険な香りが漂う森の中を似つかわしくない恰好で歩く四人組が居た。
先頭の男は堂々とした歩みで、危険などまるで感じていない様子で、寧ろこんなんじゃ物足りないと不満げな様子がチラリと垣間見える。
その後ろを歩くのは、日に焼けた肌と長い金髪のいわゆるギャルと呼ばれる印象の女性で。自分の爪や毛先を気にして今の状況に全く興味が無いようだ。
さらにその後ろの女性。先ほどのギャルとは打って変わって、かなり緊張した様子が見て取れる。足取りはなんとか前の人達に着いていこうと必死で、不安が滲み出ている。
そして最後尾に位置する、どこか虚な感じで他三人とは全く合わない歩幅で歩く男が一人。
・・・
「おい、真田……いい加減、そうやって僕らの輪を乱すのはやめて貰えないか!」
苛立ちをとうとう抑えられずにはち切れ、漏れ出た怒号が暗い森に響く。
怒号はすぐに闇に溶け、森はいつも通りの静けさに戻っていたが、この男の熱は今だ冷めない。
声を荒げてるのは秋山という青年で、この世界をかつて何度も平和に導いたスキル『勇者』を授かった男だ。
そして彼の後に続く者たちも皆、かつて世界の危機に立ち向かい偉大な功績を残したスキルを授かっていた。
しかし、そんな絶大な力を誇るスキルを持っているにも関わらず彼らかは一切、その偉大さが感じられない。
秋山の怒号は森に溶け、肝心の真田はブツブツと何かを呟きながら、のそりのそりと歩いている。
「チッ!」
もういっそ事故に見せかけコイツをこの場で始末してしまうかと思うも、自分に向けられた期待をこんな奴のせいで不意にする訳にはいかないと思い止まる。
だが、ここ最近自分を取り巻く環境が逆風どころか暴風雨となって何もかもが上手くいかないことを思い出し、再び殺意が芽生える。
そうしてやり場の無い殺意と向き合っていると、いつの間にか周囲を敵に囲われていた。
木々の隙間から顔を覗かせたのは異常に痩せ細った笑う狼。
体を構成するパーツ一つ一つが細長く捻じ曲がっていて、痛ましい姿で毎回現れる。
辛うじて四足歩行なのと、教官やその従者がこぞってコイツを狼と言っているからそう呼んでいるが、ハッキリ言ってそんな風には見えない。
ここはダンジョンの二階層目。まさか清々しい平原を一段降りただけで現れる敵の姿がここまで悍ましくなるとは秋山たち転移者は夢にも思わなかった。
その悍ましい姿に怯み、A班の中から何名かの脱落者を出したが、秋山を含めこの遠征に参加している者たちはこれを乗り越えた精鋭ということになる。
姿を現した魔獣は一匹だが、周りに数十匹いるのは気配でわかっている。
不気味な連中だがこの鬱憤を晴らせるに越したことはない。
笑う魔獣が一歩踏み出す。
隙間から顔だけを覗かせていた魔獣の全身が顕になり、ノソノソと秋山たちに近づく。
魔獣はいつ目の前の獲物に飛び掛かろうか吟味していた。
しかし。
体を晒してから、さらに一歩秋山に近づいた瞬間、魔獣の首が吹き飛ぶ。
秋山はいつの間にか剣を振り抜いていて、その剣圧だけで魔獣の首を吹き飛ばした。
そして続け様に剣を振ると、見えない斬撃が目の前の木々を切り裂きながら数十メートル進んで行き、まだ姿を現してない魔獣も一緒に斬り飛ばしていく。
ダンジョンを一層降りて敵の強さが上がったと言ってもこの程度、鬱憤を晴らそうにも呆気なさ過ぎて思わずため息を吐く。
他の魔獣で憂さ晴らししようと振り返ると、既に戦いが終わったのか魔術師のような見た目のギャル……一ノ瀬純が切り株の上に腰掛け、面倒臭そうに森を眺めてた。
「流石だね、純」
「……別に」
愛想良く話しかけても、相変わらずの素っ気ない態度で返される。最初は内心思う事もあったが、そのうち関係を深めていけば態度も軟化していくだろうと、今は諦めている。
「秋山くん、怪我はありませんか?」
「心配してくれてありがとう小春。見ての通り余裕だったよ」
「そうですか……良かったです」
「でももう少し歯応えがあった方がいいと思うけどね。これじゃあ訓練にすらならない。ダレスさんにはもう少し僕たちの力を分かって欲しいね」
ダレスとは秋山たちA班の教官を勤め、転移初日に真田をぶっ飛ばした厳つい騎士のことで、マリアをはじめ他の教官たちより実戦に重きを置いた考えの男だ。
秋山もダレスの方針には大いに賛成しており、さらにこの世界特有のレベルという目に見える指標が他者よりも高い事が秋山に優越感を感じさせている。
「ダレスさんは十分私たちの力を分かってるはずですよ」
「そうだと良いけどね……そろそろ行こう」
そう言って秋山は再び森を歩き始める。元の世界では得られなかった物を求めて。
「アレ? ちょっと待って……アイツはどこ行ったん?」
「え?」
「何を言ってるんだ純。真田なら後ろに……」
そう言いながら周囲を見回すも彼の姿はどこにも無かった。




