表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

Administrator -管理者-(後)

「ソナリア」

 暗闇に向かって、掠れた声を投げる。

 天井に張り付く蝙蝠の数羽が羽ばたいた。

「ソナリア!」

「……うるさいわねえ」

 声は、耳元ではなく頭の内側で鳴った。ぶれて何重にも響く音に、小さく奥歯を噛む。

 見上げると暗闇から青白い肌が浮かび上がる。遅れて、黒髪が流れた。シルクのようなドレスが闇と繋がっている。

 顔を見てしまった。切れ長の瞳に、血のように赤い唇。目が外れない。

「何事なの? 勝手にやってって言ったでしょ」

 ソナリアの視線が落ちる。瞬間、指一本、動かない。血だけが巡る。もはやこの現象に驚きはなく、心拍に異常はない。

 眠っている時に起こすと、いつもこれだ。しかも一日二〇時間近くは不定期に眠っているから、話しかけないのが本来正しい。

 ただ、そうはいかない事情があった。彼女は、嘘と隠し事を最も嫌う。

 口はほとんど動かないが、腹話術のように喉で声を作る。

「報、告と、相談があって」

 すう、と寄ったソナリアは、顔を五センチの距離に置く。観察の瞳だ。この腹の内には何もない。そう思ってはいても、自分の価値観の上の虚像である可能性は否定できない。

 そもそも、これだけの美女が至近にいるだけで邪だ。目も閉じられないこの状況は、紛れもなく詰んでいる。

 容疑も知らずに始まった裁判の判決を待つ。

「ふうん、まあいいわ」

 拘束を解かれ、膝からくず折れる。この瞬間はいまだに慣れない。立ち上がりながら言う。

「入口まで来てほしい」

 率直に話を進めなければ、どこで虎の尾を踏むか分からない。踵を返して一歩目を踏み出すと、足は地面を掴まなかった。浮かされている。

「さっさと行くわよ。まだ寝たいの」

 ソナリアに連れられるまま、空中を行く。

 様々なモンスターの棲むダンジョンを躊躇なく横切っていくが、気配もなく静まり返っていた。それは上位者たる彼女への畏れであり、本能だった。

 調べ尽くしたダンジョンだ。改めて見るものはない。だから前を飛ぶお尻を眺めていると、入り口に着いた。空気が、生々しい。

 壁際では盾剣士、狩人、神官の亡骸が並び、その横に魔法使いが加わろうとしている。

 死体の足を掴んで引きずっているのは、獣人のミラ。後ろ姿で目を惹くのが、獣の尻尾と丸い耳だ。それ以外は一〇代後半の背の低い女性にしか見えないが、死体を横に放る膂力に、種族の壁を感じる。

 ミラは四人を揃えてから、魔法使いの遺留品を手に取った。

「この杖だめだー……攻撃を受けた時に芯が折れちゃってる。あーあ、結構いい値がついたのに」

 背中越しに投げて寄越された杖を両手で受ける。確かに杖の真ん中で、ゴブリンに受けたナイフの跡があった。

 ミラは遅れて、ソナリアの存在に気づく。

「あ、ソナリア様。いらっしゃったんですね」

 ソナリアは無視して、冒険者たちを眺めていた。

「へえ……そう。殺したのね」

 ソナリアの横顔には、口角が浮いていた。愉しんでいるようだったが、なぜなのか見当もつかない。

 焦燥が、口を突いて出る。

「あと一カ月、どうすればいい?」

 このダンジョン管理の契約期間は一年間。ただ座って、動植物の世話をすればいいわけじゃない。踏破させない、最奥に触れさせないことが仕事だった。

 息を潜めて十一ヶ月。ほとんどの冒険者を生きて帰して来たが、ついにこのレベルのパーティが来るまでになった。

 次はもっと――そこで思考を切る。

「契約通り、管理すればいいんじゃない? 成功でも失敗でも、わたしはどっちでもいいわ」

 暗に助けを、ダメなら助言を求めていたが、やはり無駄だった。

 ソナリアはあくびし、元いた場所に戻っていく。「死ぬんじゃなく君が殺すんだろ」と背中に投げる勇気はない。

「タカハシさん、そろそろいいです?」

 肩を落としていると、ミラが上目で視界に入って来る。

「ああ、すいません」

「大変そうですね。大丈夫ですか?」

「いやあ……」

 続く言葉が出ない。

 あどけない顔を見て、話題を変える。

「さっさとやっちゃいましょうか」

「そうですね! 時間を金に変えよ、とも言いますし!」

 どこかで聞いた言い回しだな、と思いながら杖を置く。

 遺留品の仕分けは、重要な業務だ。

「その杖、どうします?」

「売れないんですよね?」

「うーん、修理費込みとなると、利益にはならないですね」

「なら、廃棄かな」

「こっちの弓なら売れますけど」

 モンスターの角を加工した弓。弦に毛羽立ちはなく、よく手入れされていて、この狩人の人柄を感じさせた。俯瞰で見ていた死の瞬間が、頭によぎる。

 今は人ではなく物に……仕事に集中する。

「ここのモンスターで、誰か使えないかな」

 杖を置いてミラから弓を受け取る。手先が器用なゴブリンが候補。弦を触ってみるが、硬い。モンスターを一撃で粉砕する威力だから当然か。筋力的に厳しいかもしれない。

「やっぱりいいや。売っちゃって」

「ありがとうございます。いつもの通り、たかーく売っちゃいますから」

 次は、と視線を移す。狩人の隣で横たわっているのは、神官の女性だった。思っていたよりも、若い。髪は血にまみれ、穢れた衣服から神聖が失われている。

 ミラは淡々と進めてくれる。

「神官は一旦飛ばして――」

 神官の装備品はまとめて廃棄する。それらは教会によって細かく管理されているため、表では流通していない。杖も本人でしか扱えないという厳重ぶり。その原理は分からないが、認証が通らない仕様らしい。

「この人、城下のギルドのベテランですね」

 盾剣士は最期まで剣を振り回し、殴って蹴って、毒に沈んだ。死んでなお、負けていないとその威容が語っていた。

「知ってる、方でしたか?」

「いえ、ちょっと有名な人だったんですよ。元騎士で、騎士団の教育とかもやってたみたいで」

 そうですか、と話題を打ち切る。名前は聞きたくなかった。知れば、ここで終わらせた理由を探してしまう。

「剣と盾、どうします? 傷ついてますけど、この盾はかなりモノがいいですよ」

 簡素な紋様の大盾だった。ミラは軽く持っていたが、受け取るとやはり重い。一度振ったら、そのまま倒れそうだ。誰も使えないなと顔に出ていたのか、ミラが言う。

「売ってもいい値段になりますけど、今は持ってたらどうです?」意外な提案。いい物は仕入れてなんぼのはずなのに。「お得意様に死なれたら困りますから」

 気持ちよく先回りされる。

「そんなにいい物なんですか? この盾」

「魔法も物理も正面で受ければ、衝撃が半減する優れものですよ。なかなか買えない物ですし、他に欲しいものがないなら」

「なるほど……」

 この世界にある物は、原理の分からないものばかりだ。だから、有識者の言葉を信じる。

「じゃあ、これはいただきます」

 防具や所持品も細かく仕分けて、ひと段落となった。

「死体はいつも通り?」

「いや、今回は置いておいて」

 いつもなら、ミラがサービスとして片付けてくれている。ただ、今回は契約分を渡す必要があった。

 買取となった荷物をまとめて、ミラは出発の準備を整えた。荷車に積んで、出口に向かう。

「じゃあ、行っちゃいますね」

「気をつけて」

 石扉を開け、見えなくなるまで見送った。

 外の風が脇を抜け、ダンジョンに吹く。その流れに押されて中に戻る。

 入った空気を濃く染め上げる、湿気と血の臭い。それを今日の分として受け入れる。べしゃり、べしゃりと、水気を帯びた音が近づく。鼓膜に張り付いて離れない。

 尊敬に値する人間を、埋葬すらできず餌にする。それでもまだ終われない。彼らから目を逸らす。

 契約は、履行された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ