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Administrator -管理者-(前)

「シンニュウ! シンニュウ!」

 薄暗い室内。蝙蝠の叫びが、鼓膜ではなく脳を叩いた。まぶたが勝手に開く。粗い残響が頭の奥で鳴っていた。役目を終えた蝙蝠が、部屋を飛び去っていく。

 ダンジョンの管理は待ちが九割。激しいアラートも設計の範囲だ。

 その一割が、来た。

「どうしましたか……っと」

 古ぼけた机の上。モニターのように立てかけた、巨大な蝙蝠の翼膜を撫でる。触れた箇所がほのかに発光し、遅れて映像が立ち上がる。水面越しのようなノイズが視界を揺らした。翼膜に顔を近づける。

 映ったのはダンジョンの入り口付近。古びた遺跡然とした石造りの広場を影が進む。来訪者は動物やモンスターではなく、冒険者だった。入り口を背に、三方を警戒しながら非武装地帯を進んでいる。迷いのない足取りだった。

 対応を誤れば――ここで終わる。

 一拍の空白。

 息を吸う。

 遅れて、息が詰まっていたことに気づく。

 死にたくない。

 終わっていい理由を、まだ持っていない。

「……人か」

 人数、ジョブ構成、装備を見れば、方針は立つ。

 四人。盾剣士、狩人、神官に魔法使い。武装から見て、浅場の採取で済ませてくれそうにない。

 あと一カ月。契約の満了まで、最奥には触れさせない。

 脳内でダンジョンマップを開き、コマンドを作る。正面で受けたい相手に計画するのは、単純な挟撃。扉を開くタイミングで、モンスターの流れを制御する。

 パーティは奇襲を警戒しながらも、隠密という仕草ではない。石畳を踏む振動は、すでに信号として伝わっている。

 入り口に面した広場の奥は、その半分の面積の柱の間。光源はほぼなく、肉眼では奥の壁を見通すことはできない。中央では太い柱が崩れており、奥ではいつまでも捌けない水たまりが澱んでいる。

「ふう……」

 肺に溜まった緊張を意識して吐き、手順を整理して目を凝らす。

 柱の間に入る直前、盾剣士の合図で魔法使いが迷いなく光球を散らした。潜んでいたハウンドウルフの影が露わになり、奇襲は成立しない。盾剣士は前に出ず、陣形を崩さないまま火力と射線だけを通す。

 被弾。被弾。こちらの数が減っていくのに、向こうの呼吸は乱れない。

 いつのまにか、手が震えていた。指先に力を込めても止まらない。この力量差だ。彼らは難なく最深部まで辿り着く。扉は蹴破られ、言い訳の間もなく、ここで死ぬ。

 まだ、やり切ってもいないのに。

 喉が渇いた。無い生唾を飲み、張り付いた喉を咳が剥がす。息が整ったころには、震えが止まっていた。

 ――ここが、『管理者』のいるダンジョンだと、彼らは知らない。

 モンスター任せの手順では不足していた。崩れる前に契約処理へ移る。

 ハウンドウルフからは、種の保存と一ヶ月分の餌で統率権を受領。池に潜むイエローフロッグには、死肉の譲渡で依頼を通す。ここから、想定外は許容しない。

 冒険者の垂れ流すログに、仮説を一つ置く。

 ハウンドウルフはけん制しつつ回避に集中し、イエローフロッグが遠くから水弾を射出する。精度はお粗末だが、認識外からの射撃はパーティの意識を守りに切り替えさせる。冒険者は陣形をコンパクトに、盾と神官で固めつつ遠距離で撃ち合う形。

 ログに現れた、破綻点。

 一瞬、音が消える。

 扉を開くコマンドを実行し、契約を重ねる。入口に面した広場の隠し扉が開き、指定した装備を握ったゴブリンソルジャーを急がせる。猶予は、ない。

 柱の間では、ハウンドウルフが数を減らして前線を下げている。過半を割れば契約違反。それでも、ここで退かせれば踏破は避けられない。自分もダンジョンと一緒に、いや、契約に消される。

 ――まだ早い。待つ。待って、一斉攻撃を指示。水弾の嵐に合わせた獣の突撃は、一矢報いる最後の反撃に映ったはず。盾剣士は水弾を受け流し、ハウンドウルフの牙を弾いて別の一頭を切り捨てる。三本を番えた狩人は、そのすべてを命中させて攻撃を避ける。損失は四頭。神官はうずくまり、魔法使いは咄嗟に詠唱を止めて杖でゴブリンの攻撃をかろうじて受けた。

 机の下で、拳を作る。

「――通った」

 神官の脇腹には、一本のナイフ。

 盾剣士が神官をかばって作った一瞬で、神官は戦線に復帰できるはずだった。穢れをまとった冒険者の遺留品は、神官にとって致命的な一品。相手に合わせて武器を変えるのはヒトの専売特許だが、ここでは違う。魔法使いの足に牙が食い込んだ。パニックから自分もろともの爆撃で戦線から落ちる。狩人は獣と踊れていたが、ゴブリン群の投石にまで対応しきれない。体制を崩したところに水弾が直撃した。

 盾剣士は神官に目を落としてから、一歩、二歩と離れた。難攻不落だった男は、全方位を囲まれながらも攻撃をさばいてじりじりと引いていく。

 追撃するモンスターに、制御を入れて止める。一〇秒後に向かわせた方が、効果が高い。

 その隙に柱の間を抜け、入り口が見えたところで、大男の足が止まった。

 閉じた入口。隙間もなく、石扉が噛み合っている。

 盾が石畳に落ちた。一〇秒が経つ。

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