幼帝の行幸
そのまま孝基は1式を歩かせて格納庫を出た。
「いい日和だ」
思わず出た孝基の言葉にラスコーは頷いていた。全面型モニターの中の夕暮れに染まる直前の太陽が二人を照らし出す。
「それじゃあ行きますか」
それだけ言うと孝基はそのまま機体を浮上させた。
空が一瞬で大きくなった。
「うわ!」
思わず献は叫んでいた。それを満足げに一瞥すると孝基はそのまま機体を一気に上昇させる。
「すごい……これが重力?」
急に訪れたGに苦笑いを浮かべながら献は呟く。
「これでも遠慮しているんですよ。対Gスーツを着けての戦闘ではさらに一気に加速減速をしますから」
そう言うとそのまま離宮の敷地を出て街へと機体は進んだ。
「これが街?」
「見たことが無いんですか?」
「私は離宮から出たことがないですから」
寂しげに献が呟く。その様子を見た孝基は一気に機体を加速させた。
「しっかり捕まっていてくださいよ」
そう言うと孝基はそのまま街を越えて田園地帯へと機体を進めた。
「これが外界」
「そうですよ。まあ兼州は田舎ですからそう光景は変わりませんが……それにこいつなら宇宙でも行動できる」
「宇宙に出られるんですか?」
「いや、単独での大気圏離脱は無理ですから、シャトルに載せることになります」
「宇宙……行ってみたいですね」
心底諦めたというような献の口調に孝基は機体を揺らしてみせた。
「何をするんですか!」
「辛気臭い顔は子供には似合いませんよ」
「すみません」
「すぐに謝るのも良くない」
そう言うと孝基はそのまま機体を山の方に向けた。
「この山を越えれば遼北」
「そう、そしてこの山脈を西に向かえば東モスレム。東に向かえば北天になります」
「どちらも今は敵対勢力ですか」
少しばかり諦めたような調子で献が呟く。孝基もその事実は消せないのでただ黙って機体をホバリングさせていた。
「誰が……こんな国境なんか決めたんでしょうね。空気や大陸は地続きだというのに」
「まあそこから先は政治の話ですよ。そうなるとカグラーヌバの旦那の領分だ」
孝基の言葉に献は力のない笑みを返した。
「それにしてもすごい加速ですね」
「まあ1式の売りは機動性ですから。航空装甲砲台以上の加速性、機動性、装甲、そして四肢を持つことによる格闘性は段違いですから」
「なるほど」
納得行ったというように献がつぶやくのを見ながら孝基は今後の展開をじっと予想していた。
「なんて言ってみたら良いのか……」
言葉を詰まらせている献の横顔を眺めながら孝基は笑みを浮かべた。
「初めての光景だ……感じることが多いんだろ?」
「ええ、なんでこんな世界が広がっているなんて……考えもしなかったんだろう……」
自分に言い聞かせるようにして献が言いよどむ。その様子にも孝基は笑顔を浮かべていた。
「お前さんが守るのはこの世界だ」
「守る?余にそのような力は……」
「残念ながら無いな。央都の軍勢はあっという間にこの大地を席巻するだろう」
「じゃあ余は何をすれば……」
戸惑う献の頭を孝基は軽く叩いた。
「生き延びろ……ただ生きていればそれでいい」
「それじゃあ康子様と同じ答えじゃないですか」
「少しは違うつもりだぞ。一度は央都に牙を向けてみろ……俺がその牙になる」
「牙に?」
献の不思議そうな言葉に孝基はまっすぐ雲を見つめながら呟く。
「そうだ。央都の老人達の思いもよらない力がここに有ることを見せつけろ。決して朽ちない力があることを見せつけるんだ」
「朽ちない力?」
「そうだ。お前さんが生きている限り絶対に連中が枕を高くして眠れない事実を思い知らせるんだ」
「余にそんな力が……」
「兼州には甲武浪人が数千人集まっている。それに兼州軍閥も万単位の戦力を抱えている。やる気に欠けた央都の軍勢に簡単に負けるような戦力じゃない」
「でも勝てる戦力でもない……さらに東海、南都の軍勢も動く」
「そうだ。だが簡単には負けない」
自分に言い聞かせるような孝基の言葉に献は溢れそうになる涙を拭った。
「余はこれまで亡命するのが臣下のためと思っていました」
「そう思うのも居るのは確かだが……大半が俺と同意見だよ。一撃見舞わずに逃げ去るのは卑怯者のすることだ」
孝基はそう言うとニヤリと笑った。悪魔じみたその笑顔に一瞬ラスコーは驚きの表情を浮かべたがすぐに涙を吹いて笑顔を返した。




