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夜行鬼  作者: 参望
9話/鉄籠の鬼
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鉄籠の鬼(13)

 都・五暁院。

 赤い門前に角狩衆の若い隊員達が集まっている。

 中心には宮比がいた。任務外なので髪をまとめて尼の装束を着ている。


 「宮比様!よくぞご無事で!

 鷹で定時連絡がありませんでしたから、やられてしまったと思いましたよ!」

 宮比はいつものように艶っぽい所作で色香を振り撒く。

 「ああ、他の者は残念だったが、罠を仕掛けてきた人鬼達を何とか振り切った。先に連絡をしたかったのだが、大事な鷹をやられてしまってな。」

 

 周りの者達は彼女が宮比だと疑わなかった。

 だが、体が本物の宮比のものであっても、思考は彼女のものではない。

 動かすのは東雲が行っている。

 東雲は特殊な糸で宮比と神経を繋いでおり、宮比の体を操っているのだ。

 そして本物の宮比の心は元実の術によって壊され、機能していない。


東雲は宮比を演じようと、記憶を辿る。

 (元実様が吸い出したこの女の記憶によると、この女はこう言う話し方をして、普段から若い男達を欲情させて楽しんでいる。)


 「それより、百之助は?

 一刻も報告をせねばなるまい。」

 「『中庭の下』で八重さんと会ってます。」

 「そうか。虎継に頭を下げてまで部下の身を案じて回るとは。相変わらず可愛い男だ。」


 宮比は腰をゆったりと揺らしながら歩く。ゆとりのある服を着ていても体の曲線が目立つ。

 すれ違う若い男達はつい視線をそっちにやって、つまずいたりする。


 これも動かしてるのは東雲である。

 東雲は宮比が嫌いであり、このような遊女の真似事も好きではないが、自分の感情を全部取り去って演技をしている。

 任務の為、主の為なら、自分をいとも簡単に殺し、淡々と遂行する。それが彼女だ。

今までも緋寒の監視の他に、このような間者の任務を数多くこなしてきた。




 そうして宮比は院の中庭にやって来る。


 (この中庭の何処かに帝と頼光達が知る秘密の場所があるはずだが、記憶がそこだけぼやけて分からん。

 元実様でも吸い取れない程、神仏共に固く守られた情報なのか……。)


 池の周りを探っていると、音もなく前髪の長い男が現れた。

 三ツ葉だった。

 三ツ葉は渓谷の東雲との戦いで負傷し、戦線離脱していたが、どうにか自力で生き残って都に帰還したのである。

 まだ怪我は治っておらず、あちこちにアザや包帯が見えた。


 「師匠……。ご無事でしたか。」

 目の表情は見えないが、口元が薄く笑っている。


 (ああ、こいつか。)

 東雲はかつて戦った相手に動揺する事なく、瞬時に使える記憶を探した。

 (周りに人がいない時、弟子の中でも特にコイツにはこうする……。)


 宮比は三ツ葉の髪、頬、顎に指先を滑らし、いきなり背中に手を回して抱きしめ、唇を奪う。


 東雲は宮比が普段してる通り、長く、深くさせた。心を殺しているので、好きでもない男の感触が伝わってきても気持ち悪いと感じない。だからと言って良いとも感じない。何も感じないのだ。


 「今、百之助を待っていてな。

 今夜また傷の具合を診てやるから、続きはまた後で……。」

 宮比は袖で濡れた唇を隠して微笑み、彼から離れる。

 三ツ葉は口付けの余韻に浸るでもなく、淡々と返事して去るのみだった。


 彼女から離れ、物陰に入った時、三ツ葉は後ろを振り返る。

 「……。」

 前髪に隠れた目がやや大きく開いていた。




 中庭の地下にある晶洞ーー。

 岩が合わさって出来た天井に水晶と思われる透明な石がまばらに埋め込まれており、そこから光が差し込んでいて明るい。


 晶洞は邪気を払う浄化の力で満ちており、下層ではクシナダの鎧を保管し、上階層では鬼や妖怪との戦いで邪気に塗れた武具や物資、人などを浄化の為に安置している。

 

 その上層階に、敷物を敷いて几帳で囲んだ区画がある。

 囲いの中では獣の姿のいろはが寝そべっていた。腹と尻尾で母犬のように八重を抱いて温めている。

 具合があまり良さそうではない。

妖の部類である彼にこの晶洞は毒である筈だが、彼は自分の命が削れようとも八重を守る為に進んでこうしている。

 

 一方、八重は怠そうに横になったままだった。

 彼女は陽光の策で浄化能力を失った。血で鬼も殺せない。

 清浄な場所にいないと鬼化してしまい、急激な身体の変化で重い心臓発作を起こす。

 もうこの場所から出る事が出来ないのだ。

 

 その二人を百之助が不安そうに見守る。


 「いろは、追加した免罪符の調子はどうだい?浄化の影響を抑えられたらいいのだが。」

 「最初よりは良い……。頼光殿。」

 「まあ、武石家の奴らが納得してくれて良かったよ。

 最初『八重もいろはも自分達のものだ』とか『八重が戦えないなら実験や研究に利用する』とか言われたけど、『いろはが使い魔で、八重の言う事しか聞けない』とか、『八重は回復の見込みがあり、長期療養しているだけだ』とか言って、何とか上手く誤魔化せた。」

 「色々かたじけなかった。

 ……頼光殿で駄目なら、この子を守る為に全員を皆殺しにして角狩を去っていたかも知れませぬ。」


 「……でも、寝てばかりで役に立たないのは本当よ。

 回復するなんて言うのも本当は嘘……。」

 八重がゆっくりいろはの尻尾と腹の間から這い出る。彼に寄り掛からないと身を起こせない。

 百之助が起きなくて良いと止める。

 「八重、そう言わず寝てなさい。

 渓流に落ちて、赤鬼の城に捕らえられても、生きて帰って来てくれた。……そんな君に私がしてやれる事は完治するまで、療養して貰うことだ。治療法だって見つけ出す。」

 「本当に……ありがとうございます。

 百之助様もどうか休んで。あまり寝てないんでしょう?」

 「大丈夫!気にするな。」

 笑顔を作る百之助。


 そろそろ行くと、立ち上がる百之助。

 八重が迷ったように声を掛ける。


 「それから、夜光は大丈夫ですか……?」

 「……ああ。無事だ。

 彼も君を心配していた。」

 「……そうですか。」

 ホッとした顔。

 「会えるように努力してみるさ。それまでに君は少しでも元気になっておくんだ。グッタリしてたら夜光が落ち込むからね。」


 八重は赤メノウの簪を取り出して握る。

 いろはは敢えて見ないフリをする。共に戦う中で夜光を少しだけ認め、想う事ぐらいは許そうと思ったのかも知れない。

 (一度、萩ノ助との結婚を許したしな。それに半分人間なだけ、蒼よりましかもな。)

 



 百之助は地上に戻り、小舟を漕いで池の岸辺に戻る。

 岸辺には宮比が腕を組んで立っていた。


 百之助は嬉しそうな声を上げた。

 「宮比、無事だったか!

 ……だが私なんかじゃなく、まずは虎継殿、……じゃなくて虎継様に報告したらどうなんだ?本当の主人は彼だろう。」

 性分で彼女の無事を喜んでしまった自分に嫌気がさしたのか、段々顔を背ける。

 

 「……妬いておるのか?百之助……。」

 宮比は舟道具の片付けをする百之助の背後に近寄り、そっと抱き付こうとした。

 「な、何をっ?!」

 百之助は驚いて少し乱暴に突き飛ばす。


 「宮比、酒でも飲んでるのか?!

 私はクシナダの鎧を継ぐ者の証として、オミナと夫婦の誓いを立てているんだぞ!お前と男女の戯れなどする訳無い!」


 記憶を辿る東雲。

 (オミナ?夫婦?記憶にない情報……これも保護された記憶か。

 だがもう必要ない……!


 死ね!頼光っ!!!!)

 

 宮比は起き上がって袖下に隠し持っていた小刀を順手持ちにする。

 察して腰の刀に手を掛ける百之助。

 だが、宮比の方が速い。


 抜刀が間に合わず、懐に刺されたと思われたその時ーー。

 宮比の腕に矢が刺さる。


 三ツ葉だった。装束を纏って武装し、屋根の上から弩を構えていた。


 「百之助様お逃げ下さい!

 師匠は恐らく鬼の手に落ちた!!今殺そうとして来たのが何よりの証拠です!」


 (二人同時に黙らせるか……?!)

 東雲がそう思った矢先、角狩の者や武石の兵が集まって来る。


 唇を噛んで走り出す宮比。

 東雲は脱出の判断をした。


 それを追いかける三ツ葉。振り返りながら百之助に叫ぶ。

 「貞光の恥は同じ隊で討ちます!」

 「三ツ葉!?怪我が治ってないんだ!無茶をするな!」


 追いかけようとする百之助だが、慌てた伝令がそれを引き留める。

 「火事です!鷹小屋や卜部の研究所が燃えています!」 

 

 百之助は院の奥から上がる煙を睨み、唇を噛んだ。

 「やられた……!暗殺だけじゃなく、そちらも狙いだったのか!!」




 馬を拾い、そのまま郊外を出て森へ入る宮比。

 三ツ葉も同じようにして追跡する。


 宮比は走る馬から跳び、後方の三ツ葉に逆手持ちの小刀を振り落とした。

 背中の直刀一本を抜いて受ける三ツ葉。馬の背に手を付いて回し蹴りで牽制しつつ、彼も地面に飛び降りる。


 「みつ……、私を殺すか?」

 宮比は急に腕を下ろし、艶ぽく自分の身を抱く。


 三ツ葉はもう一本の直刀を抜き、脇を締めて二刀の切先を向けて突っ込む。躊躇いなく、殺意が向けられている。

 宮比は三ツ葉の片手を膝の内側で固め、もう片手を小刀で受けた。

 二人の刃と刃が擦れてギチギチと鳴る。


 「いい加減下手な芝居止めて本性現せよ……クソ鬼!

 俺の師匠のフリをしてんだろぉ?あぁ?」

 三ツ葉の前髪の隙間から据わった黒い目が垣間見える。


 東雲は宮比の演技を止め、無表情にする。

 「……些細な動作までやったのに、何故分かった?」


 「ははっ……。あんな盛ったクソババアでもな、俺の時だけ、抱き締める時に母親のような優しい手付きをする……。

 お前のはそれだけが無かった。

 その他は完璧だったさ。胸糞悪いくらい……。」

 三ツ葉は悪口を言いながらも、何処か寂しそうな顔をした。


 武器を弾き合い、双方は一旦引く。


 「『密かに酒呑童子などに欲情していた裏切り女』だ。愛弟子からも根は信用されてないと思ったが……、お前はまだコイツを信じるのか?」


 東雲の言葉に、一瞬眉間を痙攣させる三ツ葉。

 直ぐに八重歯を見せて笑う。


 「関係無い。ブチ殺す……。

 鬼も、鬼に魅せられた人間も……、全員だっ!」




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