9 新メンバー追加
現在時刻、午後七時五十五分。
約束の集合時刻は午後八時なので、実にきっちりとした五分前行動である。しかも、実際にログインしたのは今から更に五分前。模範的なまでの十分前行動であると、思わず自画自賛したくもなる。
そんな事を考えながら、僕はMROにおけるプレイヤー達の拠点『月面都市セレーネ』は、セントラルタワー内ロビーの南東側壁際のベンチに腰掛けていた。
辻帆乃香さんの『超最強絶対無敵団』の口答による加入申請は、我がクランマスター様の二つ返事で受理される事となった。そりゃ、一度は自分で誘ったんだから断るはずもないだろう。
ちなみに、一度目で断った理由は、本人曰く、
(……あ、あの時は頭が一杯一杯で、よく分かんなくなっちゃって、思わず謝っちゃって……)
……らしい。そんなテンパらなくてもなぁ……と思うのは、そんなに人見知りをしない人間の感想だろうか。教室でのあの態度を見れば、引っ込み思案な彼女が自分から話を切り出すと言うのは、相当な勇気を必要としたのだろうと察する位の事は出来る。
まあそんな訳で本日、新メンバーが一人加わる事と相成った。僕が加入した日から数えてわずか三日で、クランメンバーが五割増しとなった計算である。実に順調であると思い込みたくなる程、おめでたい日だ。
で。
そんなおめでたい日に我らがマスター、二階堂舞ことプレイヤーネーム『メイ』の姿は未だ見えない。まあ、これは良い。さっき電話で『ごめんっ、ちょっと遅れるかも!』と連絡があったからだ。VRゲームは、電話やメール等で外部と連絡を取り合う事が可能だ。何だったら、他のVRゲーム同士で連絡を取り合う事や、各種ネットサイトの閲覧も出来る。MRO始め、大抵のゲームでは公式以外の攻略サイトは閲覧不可となっている事が多いけど。
でもって、辻さん。事前に聞いたプレイヤーネームは『カノン』。事前の待ち合わせ場所は『セントラルタワー内、玄関口から見て右手側の壁際ベンチの、なるべく玄関口に近い場所』――つまり今、僕が座っている南東側壁際のベンチ。すぐ左が玄関口なのだから、これ以上なく玄関口に近い。
そんな僕から少し離れた場所に、一人の女性プレイヤーが座っている。ベンチとベンチとの間、等間隔に設置された観葉植物のすぐ隣にだ。
ブルーのショートヘアで、メガネを掛けていて、小柄な体格。瓜二つ、とまでは行かないものの、何となくリアルの本人を彷彿とさせアバターだ。と言うかさっ
き、プレイヤーネームを表示させると『カノン』と出た。まず間違いなく、本人であろう。ちなみに、オペレーターレベルは7。現在レベル4の僕より進めているようだ。
ここは、『あの〜、君はカノンさんだよね? 『超最強絶対無敵団』に加入する予定の』などと話し掛けるのが正解だろう。お互いにプレイヤーネームを教え合っているんだから、向こうも気付くだろうし、万が一『いいえ、名前の読み仮名設定が同じなだけの人違いです』などと返って来たとしても、別に人見知りする質でもない僕としては、すみませんの一言で片付ければ良いだけの話だ。
それだけで良い行動を、僕が未だに実行に移さない理由は、ただ一つ。
「……三八五、三八六、三八七、三八八……」
(……何やってんのこの娘……っ!?)
件のカノンさんは、さっきからずっと観葉植物の葉っぱを鬼気迫る表示様で突っ付いているからだ。何か、数までかぞえてるし。もうすぐ四〇〇に達しそうだし。
すっごい話し掛け難い。
い……いやいや昂介。てかコウ。話し掛けない事には始まらないだろう。きっとアレは、単なる暇潰しに違いない。話し掛けたって、何一つ問題ないはずだ。軽〜く話し掛けて、それから新メンバーとの自己紹介を済ませよう。そうしよう。
「あ……あの。カノンさん、だよね」
「っ!?!?!?」
まさかそんな、ハトが豆を一升枡ごと投げ付けられたような反応をされるとは思わなかった。僕に声を掛けられた瞬間、カノンさんは全身をビクッ! と強張らせてこちらを振り向き、観葉植物に寄り掛かりそうになる寸前まで身体をのけぞらせた。微妙に傷付いた。
「ぼ……僕だよ、僕。コウだよ。『超最強絶対無敵団』の」
強いて落ち着いた声色で言う。
「………………た、タンマ」
はい、タンマ入りましたー。
まさかのタンマ宣言に唖然とする僕を捨て置き、カノンさんは深呼吸したり、何やらブツブツ呟いたり、頬をパンパン両手で叩いたりしていた。
やがて、意を決したように僕に向き直り、
「久しぶりメイさんいやこっちでは初めましてって言うべきかな私カノンですよろしくね今日から私『超最強絶対無敵団』の一員として頑張って行きますよろしくお願いします」
「コウです」
明らかに事前に用意していたであろう挨拶の文句を、息継ぎなしで言い切ったカノンさんに対して申し訳ないとは思いつつも、僕の口は反射的に初手の初歩的な重大ミスに言及していた。
「………………」
カノンさんは『ちょっと待った』と言いたげに手の平を僕へと向けて、深呼吸。
「ああそっちの人がコウさんだね私カノンですよろしくね学校ではありがとう助かっちゃったえーやだもーあなたってそんな事言っちゃうんだー」
「僕は一体何を言っちゃったのかな」
勝手に僕のセリフを捏造した上での反応をしないで頂きたい。無理にキャラ作ってる感ありありだし。
「カノンさん、そんな構えなくっても大丈夫だから。取り敢えず落ち着こう」
「……め、面目ない……」
うつむいて、カノンさんは言った。
それきり、沈黙が流れる。
な、何か僕が黙らせたみたいな感じじゃないか。そんなつもりなかったんだけ
ど、微妙にバツが悪い。気にし過ぎとは思いつつ、一応フォローを入れておく。
「……あー、ごめん。別に責めてる訳じゃないんだ」
「……うん。ありがとう」
「メイはちょっと遅れるってさ。しばらく待とうか」
「……うん」
再び沈黙。分かってた事だけど、カノンさんは会話が苦手なタイプみたいだ。僕だって別にお喋りって訳でもないし、むしろ積極的に話を進めるのは苦手な方とは言え、このまま無言で待つのもなぁ。未来の投資と言うべきか、今後の円滑な関係を築くためにも、もうちょっと会話を試みても良いだろう。
「そう言えばカノンさん。二つ程良いかな?」
「……何?」
「まず一つ。カノンって呼び捨てにして良い?」
「……うん」
意外にもあっさり了承が出た。
「二つ目。さっき葉っぱ突っ付いてたのって、何か理由でもあるのかな?」
結構苦し紛れな話題の振り方とは思うけど、まあ良い。
「……特にない」
「そうなんだ」
「……強いて言えば、ちょっと落ち着く」
お。会話が続いた。
「やっぱり緊張してた?」
「……(こくり)」
まだちょっとぎこちないとは言え、悪くない感じだ。
「……あの。コウさん」
「コウで良いよ。何?」
おお。向こうから話題を振って来た。これは良い感じだ。
「……折角だから、コウもしてみる?」
「うん、何を?」
「……突っ付くの」
「……え?」
「……突っ付くの」
そう言うとカノンはすっと席を立ち、右隣のベンチに座り直す。観葉植物の向こうから顔を覗かせ、僕をじいっと見つめて来た。
……やれと言うんですね。
「……じ……じゃあ、お言葉に甘えて……」
この流れで断る勇気もなく、僕はズズッとベンチの上をすり寄り、おずおずと葉っぱを人差し指で突付く。
「…………」
「……一、二、三、四……」
「………………」
「……五、六、七、八……」
何だこれ。
僕は今、女の子と観葉植物を挟んで座り、両側から葉っぱをつんつんと突っ付いています。女の子は至極真剣な顔をして、再び一から数え直しています。
このような状況は人生で初めてなので、誰か適切な対応を教えて欲しいです。て言うか、このシュールな状況を打破して欲しいです。辛いとかキツいとかの問題ではないです。精神がどうにかなってしまいそうです。
お願いだから、誰か……っ! 誰かこの状況を……っ!!
「あー、コウ! ごめんねー、遅くなっちゃって!」
結局、ロビーにやって来たメイが手をぶんぶん振りながらやって来るまで、僕らの謎の儀式は続いた。
三四二回目を数え上げた時の事だった。
「じゃあ、改めまして……。カノン、ようこそ我が『超最強絶対無敵団』へ!」
「……よ、よろしくお願いします……」
差し出されたメイの右手を、カノンはおずおずと握る。メイが手をぶんぶんと振るのに、カノンはちょっと戸惑いつつも嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「はい、じゃあ次はコウと握手ね」
「え? 僕もやるの?」
「あったり前でしょうに。メンバー同士、親睦を深めなきゃ」
まあ、確かに困る事ではないし、別に良いけど。
僕は。
「…………え、えと……」
当のカノンは、傍から見て明瞭な程に困惑の表情を浮かべていた。
「どしたの? ほら握手握手」
「……わわわ、私その、男の子の体に触るの、その……」
「大丈夫大丈夫。コウは噛み付いたりしないから」
僕は犬か。
「……刺されたりしない?」
「大丈夫よ。針とかトゲとか持ってないから」
僕は虫か。
「ほら、思い切りガシッて。ドアノブ握る位の軽いノリで」
「捻らないでくれると助かるけどね……」
そう言って差し出した僕の右手を、カノンは恐る恐ると言った調子で触れる。そして、本当に弱々しく、親指と他の四本指とでそっと挟み込む、みたいな感じで握って来た。
な、何か意識してしまうなぁ……。メイの時は平気だったけど、あれは向こうが変に意識して来なかった。頬を染めながら手を握って来るカノン相手だと、こっちまでドキドキしてしまう。そっと握られてる分、手のすべすべした感触とか余計に感じちゃうし……。
「良っし、これでカノンも我がクランの一員ね! 力を合わせて、テッペン目指しましょう!」
「……メイはこう言ってるけど、別に効率至上主義ってスタイルじゃないから。気楽で良いよ」
「……うん」
メイの言葉に、強いて平静を保ちつつ僕が補足を入れると、まだちょっと顔の赤いカノンはこくんと頷いた。
「じゃあ、早速ミッションに出ましょうか」
そう言うとメイはメニュー画面を表示させ、ミッション選択画面を開いた。僕らが見やすいように、画面を拡大させる。
MROに存在するミッションは多種多様だ。単純に標的を撃破するものや必要なアイテムを回収するもの、拠点の防衛や敵施設の破壊……等々。
必要なミッションを受注し、地球の当該地域に降り、目的を達成してから帰還して、ミッション選択画面から報告をして、報酬を受け取る――これが、ゲームの基本的な流れだ。もちろん、ミッションを受けずに地球に降り、自由に探索なり敵の討伐なりを行う事も可能だ。
「……それで、何かリクエストあるかしら?」
「特に何も。カノンは?」
「……特に」
「じゃあ、これなんてどう? メンバーも増えた事だし、ちょうど良さげじゃな
い?」
メイが示したミッションは、かつて食品加工工場だった場所に巣喰う暴走機械
――通称"ギアエネミー"の排除を目的としたものだった。
地球に残って反抗活動を続けているレジスタンス達の拠点近辺に、ギアエネミーが出現し彼らに攻撃を仕掛けている。レジスタンス救援のため、敵が根城としている工場を襲撃し、ギアエネミーを排除しろ――大体、こんな内容だった。
情報によると、小型ジェネレーター搭載型――いわゆる雑魚敵に混ざって、中型ジェネレーター搭載型、少々強めの敵が出るようだ。今の装備の場合、僕とメイの二人だけだったら若干心許ない感じではあるが、三人であれば大丈夫だろう。
「分かった、それで行こう」
「……私もそれで良い」
「じゃあ、決定。今回はカノンとの初ミッションだから、まずはお互いの腕前を確認するって事で」
ミッションは一度に複数受ける事も出来るけど、メイは一つだけ選んでメニューを閉じた。まあ、確認は大事だし、妥当だろう。
「そう言えばさ、カノンの機体ってどんな感じ?」
「……遠距離からの狙撃が得意な機体にしておいた。接近戦はどうにも苦手……」
近距離が苦手だから遠距離からの射撃、か。僕とは正反対の理由だ。前衛を僕とメイが担当して、後方からの援護をカノンが行う。結構バランスの取れたチームになるんじゃないか。これはありがたい。
「頼もしいね。じゃあ、早速ミッションに出ようか」
「……(こくこく)」
僕の言葉に、カノンは小さく二度頷いた。
北米大陸。他の地域と比較して人類側の勢力が強い地域だ。レジスタンス活動も活発な上、セレーネとも密に連携を取り合っているため、地上に降りたオペレーター達への補給支援も期待出来る――と言う設定の、初心者向けのフィールドであ
る。もちろん、これは転送施設に近い場所の話であって、離れれば離れる程危険度も増すし、上級者向けミッションの舞台にもなる。
トランスポーターの入り口から出て、比較的保存の良いアスファルトを踏みしめる。ゲームを初めて三日目、そこそこ見慣れた風景を改めて眺める。
あちこちが錆び付いたフェンス扉の向こうへと、二車線の道路がうねうねと伸びて行き、遠方に見える都市まで続いている。その左右には、平原が緩やかな凹凸を描きながら広がっており、所々に剥き出しの岩やポツポツと生えた木、それに人類と暴走機械との戦いの痕跡――抉り取られた大地や破壊された機械の残骸が見え
る。
「じゃー早速、MR呼び出しましょうか。……来なさい、〈フリューゲル〉」
「来い、〈叢雲〉」
メイに続いて僕も愛機を呼び出す。設定しておいた音声入力に反応し、転送エフェクトである青白い光の柱が二本分立ち昇る。収まると、二機のムーンラビット《MR》が姿を現した。
メイの愛機〈フリューゲル〉。純白の装甲に頭部の鋭い一本角。最近、新しく入手した翼状のスラスターを背面に装備したお陰で、ヒロイックなデザインに一層の磨きが掛かっている。
右手にはエーテルライフル、左手にはエーテルシールド――エーテル粒子で生成された盾だ――の発振器。実際にはまだ武装を持っているけど、取り敢えずパッと目を引くのはこの二つだ。
そして、僕の愛機〈叢雲〉。初の対人戦以来、初期に用意された装備の中から軽量な装備を選び、さらには新しく用意した装備も組み合わせ、アーマーポイント《AP》や装甲防御力――総合的な耐久力を犠牲にする代わりに、運動性やブースト性能――機動力を伸ばした。
武装も主に近接戦闘向けのものをチョイス。左腰には日本刀よろしく片刃剣を、右腰にショットガンを装備。左手にはガントレットのような、小型のシールド。
青い装甲に包まれた体躯に鋭い二つ目。全体的に鋭角的なシルエットは、中々格好良く仕上がっているんじゃないかと思う。
「……来て、〈グリムリーパー〉」
僕らに続いて、カノンもMRを呼び出した。
全身黒の装甲に、頭部の真っ赤なバイザーが一際映える機体だった。全体的にスマートな体躯は、僕と同じように耐久力より機動力を重視した結果だろう。狙撃型と言うだけあって、大型スコープが取り付けられたスナイパーライフルを両手で保持していた。
「それがカノンの機体ね。う〜ん、中々にダークな魅力が出てるじゃない」
「……索敵とステルス性も高めだから、偵察なんかも得意」
たどたどしいながらも、カノンは説明をする。ちょっとずつだけど、僕らとの会話に慣れて来ているみたいだ。
「ミッションポイントはここから西ね。じゃあ、出発しましょうか」
「はーい」
「……はーい」
そう言って僕らは、それぞれのMRに乗り込んだ。