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ヤワタ5 珠さんが鈴さんを連れてきたわけは な件

 「じゃあ『大山鳴動して鼠一匹』ってトコですか。」

と武富さんに訊いてみる。

「僕は龍造寺カルトの存在を、過大評価してしまっていたんですね。……マイッタなぁ。またやらかしちゃったか。」


 「いやいや、それは山本さんの調査が進んだからこその感想さ。俗に『幽霊の正体見たり枯れ尾花』と云うヤツでね。でも逆に僕たち警戒するがわからすれば、正体が解らないうちは十二分に警戒するに越したことは無いだろう。枯れススキだか幽霊かが判断付かない段階では、別に間違っちゃいなかったさ。動き始めてからの佐賀藩探索方のインテリジェンスが御見事ってことで。」


 早良中尉殿はそう好意的に評価してくれるけど――中尉殿、その俳句は横井也有よこいやゆうの句で、也有氏は1702年の生まれだから、まだ存在してませんけど……。しかも元句だと『幽霊の』ではなく『化物の』だし。


 けれども僕の小市民的心配を他所に、というか引用元の成立年代など、その場の誰も気にも留めず

「早良殿の申される通りじゃな。リスクが定量的に評価されるまでは、マイナス思考で最大値の注意を払っておくべきであろうよ。」

と武富さんがチェシャ猫笑いを漏らす。

「我が藩において龍造寺カルトの動きは、いかに軽微なものであろうとも決して無視して良いものではないからの。」


 ……武富さんのセリフには、江戸時代初期の人の操る語彙以外の単語が横溢おういつしていると思うんだけど、中尉殿と武富さん、いつもどんな会話を交わしているんだろうか……。

 それはともかく「なぜ、今のタイミングで動いたんでしょう?」と質問してみる。

「御蔵の里から船が着いて、佐賀藩ばかりか九州……いえ、日本全体が揺れているタイミングでです。じきに江戸からも幕府高官がやって来るだろうし、直訴とかしたいんだったら、情報を集めてそれまで待てば良さそうなものだと思うのですけど。」


 「そう考えるのは、片山くんが一般市民の大多数より多くの情報に触れていて、物事を俯瞰的ふかんてきに観ていられるからだねぇ。」

と、目を細くした早良中尉殿がヒョイと眼鏡を押し上げる。

「ほら、普通に武雄たけおとか嬉野うれしのとか、長崎や高島・端島から離れた所で暮らしていたら『なんでも蚊焼村や長崎が大騒ぎになっているらしいぞ?』とか『お城からも早馬があちこちに飛んでいるらしい。』とか、よく分からない断片的な噂話しか耳に入ってこないだろ?」


 そうそう、と武富さんもますます目を細くする。

「我が藩とて、藩内を引き締めざるを得ないのは分かるであろう。この島のように騒ぎの焦点、いわば当事者ならば、右往左往しているだけで”むしろ良い”というか”許される・大目に見られる”部分はあってもな。ロクに大砲も持っておらん遠見番としては、様子見ようすみ日和見ひよりみに徹せざるを得ないわけだからの。まあ長崎奉行所にしたところで、後生大事に抱え込んでおる種子島の埃を払ったとして、舟艇母船の威容を見れば抵抗は無駄と直ぐに悟ったわけだしな。」


 僕は一応「あの船は、重機や自動貨車を運用するのに便利だから持ってきたんですよぅ。」と弁解しておく。

「小型の木造帆船では、パワーショベルやブルドーザーを運んで来れませんから。」


 「ま、ま、今は意図はともかく舟艇母船をどうこう言っておるわけではないから、それは脇に置いておいてもらおうか。」

 武富さんは手酌でお酒をクイと空けると「長崎で大騒ぎが持ち上がり、事態を重く見た藩内が引き締めに入って、探索方の動きが活発化したのが龍造寺カルト――実際には主膳の落し種を保育していた律義者一派――を刺激したんじゃなあ。」としみじみと息を吐いた。

「放っておかれたならば、そのうちには朝露の如くに消えて無くなってしもうたのであったろうが。」


 「それでだね」と中尉殿が武富さんの後を引き継ぐ。

「鈴姫さんをどこに逃がすか・隠すかという段になって、『いっそ騒ぎの中心地へ連れ込んでしまえば、むしろ目立たなくなるだろう』って考えた人物がいたんだね。ホラ、みってる様が大暴れしていた時分じぶんだから、ちょっとくらい変な女性が増えてもインパクトが小さい。それで寺男が手始めに珠さんに話を持ち掛けた。」


 「見た目以上に頭の切れる律儀者だったということよ。かの者は。」

と武富さん。

所詮しょせん小者だと思うていたが、どうしてどうして。」

 そして「代わって寺に入った珠だが、当初は御蔵の里の巨魁きょかいかとも思えた片山塾の主人にうて『はて? 物知りだが、しかつめらしい学者様というわけでもなし……世慣れた斡旋方あっせんかたというのとも違うし。』と、戸惑ったようじゃ。」と笑った。

「隙が有ったらハリセンではたいてくれ、などと頓狂とんきょうなことを言い出す書生様だからのぅ。」


 「そんなこんなで珠さんは、片山くんの傍に鈴姫を隠しておくのに決めたのですよ。」

 中尉殿が目を細くして、教師が生徒に引っ掛け問題の解答を言って聞かせるような口調で続ける。

「仮に鈴姫さんが無礼なマネをしたとしても、片山くんならオオゴトにはしないだろうからね。それに許嫁いいなずけに頭が上がらないキミなら、鈴姫さんに貞操の危機っていうのも起きないだろうし。……まあ第一義的には『燈台とうだい下暗もとくらし』を狙ってのことなんだろうけどね。キミの横に居たならば、多少変な行動を採っても『片山殿の特別指示かも?』って考えてもらえそうじゃないか。」


 ……そうかぁ。鈴さんの当たりが僕にキツイのは「下手に気に入られたら、手籠てごめにされるかもしれない!」っていう危機感もあったのか。でも僕は、周りからそんなに奇人変人って思われているんだ……。


 「ですから我が藩としては」と江里口さんが愉快そうに続ける。

「奥村殿ら御蔵様御一同が、鈴姫一派をコッソリ御蔵の里に連れて行くことに決めたとしても、敢えて阻止するような動きは採らないでしょうなぁ。……まあ、表立ってお勧めするというのではありませぬが、見て見ぬふりくらいはするやも知れぬなぁ、という事で。」


 無害そうだが不満分子であることは間違いないのだから、佐賀鍋島としても弾圧とか捕縛という強行手段に打って出るより、穏便に藩外退去願いたいという意思表示なんだろう。

 江戸からヒトが来るというのに、お家騒動っぽい騒ぎは避けたいというのは良く分かる。


 「ただし、だ。」と武富さんが珍しく笑い顔を引っ込める。

「出来れば”納得ずく”でお願いしたい、というのが此方こちらの要望。一味の人数は、20名足らずというところ。全ての者が、ここ高島と蚊焼村に潜伏しておる。」

 そして「鈴姫がウンと言えば、皆従うであろうがなぁ?」と、僕の目を覗き込んできた。


 僕が口を開くより早く

「ツノクマさん的にはどうです?」

と中尉殿がクマさんに話を振った。

 公儀隠密の角隈喜十郎氏が『どう出るか』という謎かけであるのかも知れないし、鈴さんの裏を始めて耳にした僕に、考慮する時間を稼いでくれたという面からの”なし技”なのかも知れない。


 クマさんは「武富の旦那、へへっ、もう一杯いっぺぇ頂戴しても良うござんすか? 良い御酒ごしゅでございますからねェ。」とニヤリと笑い

「ええ……早良様。どうにも酔っぱらっちまったようで、アッシには何も聞こえておりやせん。どうも前後不覚になっちめェましたようで。」


 見ざる・聞かざる、そして”言わざる”という意思表示だ。

 国家の大事の前には、鈴姫一派の動向や今後の身の振り方などは些末事さまつじに過ぎないということだろう。

 当然、テクノロジー集団である御蔵勢や資源大国となった佐賀藩と事を構えるのは、幕府にとってためにならないという判断が働いての対応に違いない。


 「なるほど、なるほど。」

 中尉殿は頷いて眼鏡を押し上げ「クマさんは酔ってて何も聞いていないんだそうだ。」と僕に笑顔を向けた。

「じゃあ片山君、鈴姫さんと珠さんの説得の方をお願いするね?」

 そして真面目な顔で「実を言うと、色々と忙しいから出来るだけ早く事を決めてもらいたいんだ。時間的な制約があってね。……そうだね、珠さんに『佐賀藩の探索方が嗅ぎまわっているから、一時、御蔵の里に姿を隠していたほうが良い。鈴姫様の正体がバレてしまったみたいだから。』とでも持ち掛けてみたらどうかな? 今日ここで、番所から鈴さんの事で探りを入れられて、世間話的になんとなく耳にしたとでも言ってね。」と知恵を入れられた。


 帰り際にクマさんは急いで湯呑二杯の酒をあおり、酔っ払いの偽装を完成させ――結果、高菜漬けの樽を積んだリヤカーは、僕一人で引いて帰ることとなった。

 けれどクマさんは実は全然酔っておらず、寺の門が見えてから

「オキモト殿は、今日は一言もしゃべられませんでしたな。」

とポツンと呟いた。

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