ヤワタ2 鈴さんと半助さんという「飯の友」生産に関わる二人の助っ人の件
「お早いお戻りで。」とブッキラボウに――と言うか愛想もクソも無しに――鈴さんが手鍋を持ってきてくれた。
これまでとは違ってお風呂と洗濯を現場で済ませてきたのだから、お早いお戻りのはずはない。
「いや、どうも」と鍋にモクズガニを入れようとして「鍋、蓋あります?」と念のために訊いてみる。
ガサガサと元気なヤツだから、二匹いっぺんに投入したら即座に蓋を閉じないと、下の個体を足場にして上のヤツが逃げ出してしまうのは間違いない。浮力の助けが無い陸上でも行動可能なモクズガニは、ズワイのような深海底住みのカニとは違うのだ。
鈴さんはフンと鼻を鳴らすと「手で押さえますから、お気になさらず。」と言い切った。
「たかがツガニの汁なぞ、食したことは儘ございますし。」
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鈴さんは、珠さんが”腕利き”として連れて来た「メシの友」製造係料理人の一人であるが、料理人としての腕は――極力主観を排した上で言うけども――超絶ポンコツくさい。
年齢は珠さんより十歳に満たないばかりは若いようで、岸峰さんと同じか少し下くらいに見える。もっとも僕が女性の年齢を正確に当てたためしは無いのだけれどね。
丸顔で可愛い系の顔立ちなのだけど、険の強い表情と物言いとで、対応するのに骨が折れる。(と言うか正直……億劫。重機作業を終えて下宿先――お寺だけど――に戻って来てからの、この待遇はどうにもねぇ。)
ただし御住職を含む僕以外のヒトたちからの受けは悪くないみたいだから、ただ単に僕が嫌われているだけかも知れない。
まあ人間誰しも、馬が合う・合わないってことは有るわけだから、全ての他人と上手く付き合うなんてのは無理なハナシで、これもまた仕事上の付き合いさ、と割り切るしかないだろう。
ちなみに珠さんが連れて来たもう一人は、半助さんという、こちらは掛け値なしに包丁使いの上手い男衆で、物腰は硬めだけれど愛想の良い人だ。
白身魚の御造りを切らせたら、その辺で簡単に釣れるカサゴやギンポなどの磯の小物を、それこそ皿の模様が透けて見える見事な菊花造りに仕上げてしまう。
ヒラメみたいな大きな魚体とは違って、ギンポを小出刃と柳刃で薄造りに仕立てるのはシロウトには難しい。僕なんかには到底無理。
試しに「ウツボの背肉を薄造りにしたら、それはもう信じられないくらいに美味なんだそうですよ? タイもヒラメも敵わないくらいらしいです。本で読んだだけで、実は食べたことはないんですけど。」と言ってみたら
「精の強い魚でございますからね。食材として扱ったことは有りませんが、なるほど美味しそうでございますね。大物でなければ島の磯でも喰い付いてきますから、明日にでも釣れたら試してみることにしましょう。」
とテッサ(フグ刺し)もビックリな逸品を仕上げてきた。
厚めの皮は湯引きにした上でのポン酢仕立てで、こちらも絶品。珠さん謹製の柚子胡椒との相性も抜群だ。
御住職は勿論、達人お珠シェフまで
「こりゃあ何だい? 料理屋で出したら、間違いなくどんな通人まで唸らせること疑いナシの刺身じゃないか! とれとれピチピチのコチもオコゼも、慌てて裸足で逃げ出すよ。」
と驚いたくらい。
鈴さんが珠さんと相部屋で寺に住み込みに決まったのとは対照的に、半助さんが港に民泊で寺には「通い」となってしまったのは、返す返すも残念ナリ。
逆だったら下宿に帰って来てから、プロの包丁捌きや砥ぎを教えてもらったり出来るのにねぇ。
クマさんは「あの半助という男、油断なりませぬぞ。」と、彼が通いになってホッとしているみたいだけど、僕は鈴さんの素性の方が気に掛る。
「いやぁ……半助さんは確かに密偵臭いですけれども、いかにも玄人の密偵って感じです。職務に忠実で暴走はしない種類の人物だと思うんですよ。でも、それに比べて鈴さんの方は……」
と僕が口を濁すと、クマさんは僅かに笑って
「あからさまに”怪しすぎる”とお考えか。分かりやす過ぎて、逆に”意味が分からん”と。」
と軽く頷いた。
「しかし陽動ということも有り得る。鈴に注意を引き付けておくために。」
密かにそんな会話をしながら、庭で小太刀の稽古を付けてもらっていたのだけれど、確かにクマさんの見解通りなのかも、と考え込んでいたら
「一本!」
と突き(寸止め)を食らってしまった。
「稽古中に考え事に耽るのは良くないな。懸念することが有っても、心の芯は剣先に向けて研ぎ澄ませておかねば。」
そしてクマさんは「まあ半助が住み込みになったら、拙者と相部屋であろうから、それは御免被りたかったのよ。」とクスクス笑った。
「あんな剣呑そうな男とでは一晩中、寝るに寝られぬ。」
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さて腕の怪しい鈴さんである。
僕が手鍋にカニを入れると、大きな口を叩いていたにも関わらず恐る恐る手で蓋をしようとして、案の定ガッチリと掌を攻撃された。
ひぎいィィ!
という、鶏が〆られる時のような絶叫が辺りに轟いた。
「なんだ?」 「どうした?」と宿直さんたちやクマさんが慌てて駆け付けて来るのと、僕に向かって鈴さんが鍋を投げつけてきたのは、ほぼ同時。
僕はクマさん仕込みの横っ飛びで難を避けたが――こうなる「かも知れない」というのは当然のこととして予想が難しくなかったからね――手鍋はガランガランと大きな音を立てて転がった。
宿直さんたちには「鈴さんがカニに手を挟まれまして。」と簡単に状況を説明して、鈴さんには「手を見せて下さい。」と頼む。
鈴さんは憤懣ヤルカタナシという目で僕を睨み付け、グイと掌を突き出してきた。
「たいそう痛うございましたぞ!」
――ホラ、言わんこっちゃない……。
とは思ったけれど、口に出したら火に油を注ぐだけだから
「切れてはないけど、赤くなっていますね。消毒して絆創膏を貼っておきましょう。今日はもう、水仕事はしないこと。……良いですね。」
と対応する。
この間にクマさんは鍋を拾って、手早くモクズガニを捕獲してくれていた。
「こりゃ元気な川ガニだね。お鈴坊は痛かったろう。」
僕に対しては謝りもしなかった鈴さんだが
「熊蔵さま、お手を煩わせて申し訳ありませぬ。」
とニコと微笑みを返し、宿直さんたちにも
「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。」
と、はにかんでみせた。




