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対空防御演習17 御蔵神社の不審者

 『不審者を拘束。日本人のようです。制圧にあたった兵が一人、負傷しました。』

 無線電話が緊急報を告げた。

『負傷者は軽傷、打撲です。脇差で突かれましたが、防弾衣の鉄板で刃が止まりました。』

 御蔵神社に配されていた班からのものだ。


 御蔵神社のほこらや、”陣の浜迎撃戦”で出た死者を葬った土饅頭どまんじゅうの塚付近は、今回の演習地域からはあらかじめ遠目に外して、目印の赤旗を立ててあった。

 ただし流れ弾が飛んで損傷が出てしまう可能性が捨て切れなかったから、万が一の被害を見越して警戒班を置いていた。班の構成は防弾用の土嚢どのうを車体に山と積み上げたM3中戦車(試リ)2輌で、前面装甲51㎜という元から分厚い装甲が買われてのことだった。


 「スパイか? あるいは……無産主義者か?」と加山は問い返した。

 観戦席には皇帝と礼部尚書がいるし、塹壕には尚将軍と雛竜先生がいる。

 明国高官の暗殺を企てた不届き者の存在を、まず考えたのである。

 ――しかし、それならば『日本人』というのが、なんとも平仄ひょうそくに合わないが……


 『どうも違うようです。』と無線の声も困惑を隠せない。『この時代の日本人、江戸時代の日本から来たとしか……』


 鎖国中の日本から、簡単に御蔵島までスパイを送り込めるとは思えない。

 漂着した難破船の報告も無い。

 取りあえず、尋問して真意を質すまでは棚上げにしておくしかない。

 「了解。負傷者を病院へ。不審者には独房クーラーでお泊り願うとしよう。」


 「何が有った? と陛下が御質問されています。」

 花が弘光帝の言葉を翻訳する。


 「びょうの付近に不審者が潜んでいました。」

 加山は正直に言うのが良い、と判断し、下手に隠し立てはしないことにした。

「刃物を持っていましたが、取り押さえました。目的は不明です。」


 「ふぅむ、暴漢か。」と皇帝は頷いた。「これも朕の不徳の致すところか……」


 「どうも違うようなのです。」と加山は皇帝の誤解を正す。

「日本から来た密航者か何かのようでして。陛下の御命を狙ったとは考えられません。この場で取り押さえられたのは偶然でしょう。あるいは先の嵐で、遭難してもっと早くに漂着していたのが、この度の演習に驚いて、山の隠れ家から逃げ出したのかも知れません。」

 そして「さ、陛下は演習の慰労会場の方へ、座をお移し下さいませ。尚将軍の上海行きが迫っておりますれば。」と移動をうながした。

「事の詳細は、判明次第に必ず御説明に上がります。」





 江藤大尉は複葉機を砂浜に着陸させると

「負傷者をこちらへ!」

と大声で怒鳴った。

「空港へ運ぶ。」


 そして偵察席の古賀真紀子には

「降りろ。二人しか乗れないんでね。」

と告げた。


 古賀は94式偵察機がM3中戦車付近での騒ぎに気付き、着陸姿勢を取ったときには既に大尉の意図を汲み取っていたから、機敏に飛び降り負傷兵のために席を空けた。


 警戒班は94式偵察機の着陸に直ぐに気付いた。

 負傷兵は戦友から肩を貸してもらいながらも

「大したこと無いっすよ。テッパン入ってましたからね。」

と笑って見せたが、いかにも苦し気だった。


 地上の古賀は両手を組んで、搭乗のための足置きを作ったが、負傷兵は

「いやぁ有難いですけど、レディの手に足を掛けるのは。」

とはにかみを見せ

「遠慮なくケツを押し上げて、席の中に落っことしてくれ。」

と戦友に頼んだ。


 「無理はいけません。遠慮なく踏みつけて下さい。」と古賀は負傷兵にニッと笑って見せる。

「ガキっぽく見えても、自分、ケッコウ頑丈がんじょうなので。血は出てないけどアバラが折れてるかも知れない。」


 足置きの古賀、尻押しの戦友に加え、機上からは江藤も負傷兵を引っ張り上げ、若い負傷兵は無事に後席に収まった。古賀が「キャメラを。」と大尉に渡す。

 「大尉殿、自分、空は初めてなんです……。」

 負傷兵の心配そうな口ぶりに、江藤は「心配するな。宙返りなんぞはしないから。」と豪快に笑ってみせる。

「で、思ったより気持ち良かったら、航空隊勤務を志願しろよ?」


 複葉機が離陸する頃には、SEEPやDuck、守備隊移送のために西の浜に待機していたトラックなども陣の浜の周回道路に集結しつつあり、塹壕に籠っていた燕や小郷も、急ぎ斜面を滑り降りて駆け付けて来ていた。


 滑走を始めた複葉機に、燕は「我来不及了!(間に合わなかった!)」と残念そうだったが

「燕さん、負傷者はもう一人いる。」

と小郷が”不審者”に注意を向けさせた。

「事によると、アッチの方が急を要するかも。」


 その不審者はM3戦車の前に引き据えられ、多数のト式機関短銃の銃口を向けられながらも、全くもって太々しい態度を崩していなかった。

 身なりこそ大身の旗本風で、着流しに女物の着物を羽織るような事はしていないが、取り上げられた武装が朱鞘の大太刀に長脇差の二本差しと『傾奇者かぶきもの』感が丸出しであった。


 傾奇者の不審者は

「なんでェなんでェ、てめえらが魔所に潜む鬼共か。オウ、煮るなり焼くなり好きにしやがれ!」

と”べらんめぇ”口調で怒鳴り散らすと、砂の上に大の字に寝転がった。

 制圧される時に銃床で殴られでもしたものか、右手と顔面を腫らしている。


 「煮る事も焼く事もしません。」と燕が傾奇者の横に座り、衛生兵カバンから赤チンと綿球とを取り出した。「先ずは消毒。それから傷の様子を見ます。」


 すると傾奇者はガバと半身を起こし

「女、毒を使うか。」

と傷付いていない左手で燕の腕を握った。


 「乱暴はせ。傷を洗うだけだ。」

と小郷が傾奇者の腕を取ると、傾奇者は空いた右手で小郷を殴りつけてきた。

「気安く触ンじゃねェ。下郎げろうが!」


 ――怪我している方の手か。

と小郷は、敢えて頬でパンチを受けた。

 払い退けたり捩じり返したりしようものなら、相手の骨が折れていた場合に悪化させるかも知れない。どうせ全力は入れられない。

 その代わりに顔を、拳が入って来るのとは反対方向へ振りつつ上半身ごと受け流し、一種の受け身をとってパンチの威力を殺した。

 被害を最小限に抑え――傍目はためには『物凄い勢いで殴り飛ばされた』ように見えて恰好は悪いが――目論見もくろみ通りである。


 周囲の兵も「おっ、若いがヤルな!」といった反応だったのだが……


 ただ、傾奇者の暴力に激怒した者が一人いた。

 電算室の座敷童こと古賀真紀子である。

 彼女は普段、冷笑的で冷静沈着な態度を崩さないのだが、実は水戸黄門の熱烈ファンであることからも判るように、腹の奥底では勧善懲悪かんぜんちょうあく的『正義の味方』のヒトなのである。

 だから絵に描いたような旗本奴はたもとやっこの粗暴さに、堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れたのだった。


 古賀は腰の拳銃を無造作に抜くと、物も言わずに

バス! バス! バス!

狼藉者ろうぜきものの尻の脇に一発、両足の間に二発撃ち込んだ。

 砂地だから弾丸は無害に着弾点に埋もれるが、激しく砂が飛び散った。


 流石さすがに不審者で傾奇者な狼藉者も、ビク、と動きを止め、燕を掴んだ手を離した。

 目を丸くして、まじまじと古賀の顔を見る。「三連続で、撃ちやがった……」


 古賀はニヤァっと笑って見せると

「おあにいさん、動かないでねぇ。……下手に動くと怪我するよ。血を見るのは嫌いなんだ。」

と、更に三発を撃ちこんだ。

 そして、石のように固まってしまった不審者に見せつけるよう、悠々と94式拳銃の予備弾倉を取り出すと、弾倉を交換し最初の一発を薬室に挿入した。

「ま、そういうワケだから、アンタが乱暴した二人に謝ってもらいましょうか。先ずは」

 そして「あんなトコからノコノコ出てきた理由を説明してもらうのは、その次だねぇ。」と付け加えた。

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