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対空防御演習15 対地支援

 「上陸部隊、左右の4輌以外は後退。」

 稜線で砲隊鏡を覗いていた内藤伍長が唸る。

「煙幕に紛れてのフォーメーション変更ですから、塹壕線からは動きが見えていないんじゃないですかね?」


 横一列に前進していたSEEPとDuckだったが、高速艇が煙幕を張るやいなや、横隊中央のDuck2輌とSEEP2輌は後進を掛け、進んで来たルートを戻り始めた。

 対して左端のSEEP2輌、右端の2輌は速度を変えず、そのまま突っ込んで来る。


 「どうします? 下に報せますか?」

 伍長の質問に、尾形軍曹は「いや、通報はしない。」と答えた。

「塹壕構築の助っ人はしたけれど、我々は今、どちらにも属さない効果判定係だからね。云わば軍人将棋の審判さ。ここで将軍や先生に寄せ手の動きを知らせたら、それは模擬戦の結果を直接左右することになる。越権行為というヤツだね。」




 SEEPが砂浜に乗り上げた瞬間を見計らって

「放て!」

と尚将軍が合図を出した。


 松並木から、しゅぽん、しゅぽんと渚を目がけて尾を引く光弾が飛び出す。

 打上筒から放たれた花火が煙幕の濛々とした白煙の中で轟音と共にはじけ、オレンジ色の鮮やかな花を4輪開かせた。




 「おお! 美しいな。」と弘光帝が無邪気に喜ぶ。

「しかしマニラで打ち上げた時にも昼間であったからな。けむの中より夜の闇の中で輝くのを観たいのう。」


 「しかし加山殿、この戦果はどう評価するのかな?」

と黄道周がせっつくように問いを発した。

「ここから視ていたのでは、どの程度、火花が敵を包み込んだのかが判り辛い。煙に紛れておらぬ場合の5割とか、そういう具合に勘定かんじょうするのかな?」


 礼部尚書の質問を花が日本語に訳すタイムラグが有ったため、少佐より皇帝の解答が先になった。

「黄尚書よ、そう先走るものではない。子細しさいなら山の上の者が視ておろう。」

 そして不思議そうに「けむの中に、本当に水陸両用車や海上トラックが居ると決まったものでもなかろうし。」と事の本質を突いた。




 『SEEP2号車、7号車及び8号車を被弾判定。擱座かくざしたものと認む。なお7号車の乗員2名は戦死判定。』

 無線機が冷静な声で打上筒の効果を告げ、それを鄭隆が翻訳して守備側の皆に告げる。

 勝鬨かちどきが波のように塹壕線を駆け巡った。


 しかし、それに加わらなかった者が居た。

 尚将軍と小郷である。


 将軍は「チィッ。大物は撃ち漏らしたか!」とほぞを噛んだ。

「煙の中に、敵は居なかったという事か。」


 「煙幕を張り終えると同時に、寄せ手主力は後退したのでしょう。左端と右端の2輌ずつは、云わば。」

と鄭隆も頷く。

「”襄陽砲”は再発射に時間を喰う。砦の飛び道具は無力化されたカタチですね。」

 そして「ただ一門を除いては。」と付け足した。


 一方、小郷は海岸ではなく稜線の方に顔を向けていた。

 複葉機のものではないエンジン音が聞こえたような気がしたからだ。

 ただ、後背陣地の塹壕が戦果に沸いていたため歓声に紛れて、確信が持てるまでに一拍だけ――そうホンの数秒だけ――声を上げるのが遅れた。

 「後ろから、敵機!」




 作戦通りに一旦は後ろに退いた車輛群が、再び渚に向けて前進を始めた。

 ウィンゲート”提督”は稜線上に2機の機影を認め

「Just on time ! (ドンぴしゃ!)」と呟いた。




 2機の零式襲撃機は、稜線の監視廠かんししょうかすめるように飛び越えると、山腹をめるように下って行く。


 塹壕では虚を突かれた守備兵が右往左往し、小郷は「頭を下げろ!」と燕の上におおかぶさった。

 攻撃機が銃弾を放ってくることは無いが――万が一になら――墜落してくることは有り得る。

 燕は小さく「あっ」と叫ぶと、小郷の下で身体を硬くした。


 鄭隆が「撃つな!」と鋭い声を上げたが、ほぼ同時、襲撃機が壕の上を飛び過ぎたあとに4発の打上筒が発射されてしまった。

 ”砲手”がこらえ切れなかったのだ。

 「是非も無し。」将軍が無念そうに呟く。


 ロッテ編隊の襲撃機が、松林上空で優雅に左右に分かれると、遅れて何も無い空間に4発の花火が傘を開いた。


 「おお! これはまた、物凄い迫力じゃ!」と皇帝が手を叩く。

「天蓋付きの壕に入れと言われた時には、大袈裟おおげさなと思ったが、露天でコレをやられたら粗相そそうしておったかも知れぬ。」





 波打ち際では、生き残りのSEEP1号、それに車輛を捨てたSEEP2号車と8号車の運転兵がスティルツ砲を発射した。

 ロケット弾が白煙を引いて松林に飛び込み、赤いマーカー煙を上げる。


 渚に引き返したSEEP3号・4号・5号・6号も砦に向けてロケット弾を放ちつつ上陸を果たし、Duckからはバラバラと歩兵が飛び降りる。


 SEEPの運転兵はそれぞれ、停めた車体を楯に待機姿勢を採りスティルツ砲に再装填する。Duckの歩兵は砂の上に伏せてライフルを構えた。




 長機ちょうきの池永少尉――そもそも演習の発案者――が

「本機はもう一回、塹壕陣地に突っかける。タイミングを見計らって、砲兵陣地を掃射されたし。」

と指示を下す。

 航空無線は『了解!』と僚機りょうきの返答を告げた。


 池永は機体をひねり込むようにして急角度にターンし、木製大発の上空で翼をバンクさせると、後背高地の塹壕線に機首を向けた。

 一度グイッと高度を稼いでからエンジンを絞り、速度を殺して真正面から敵陣へと緩降下をかける。

 チラと僚機に目を遣ると、そちらは大きく東方向へと弧を描き、周回道路の上を低高度で陣の浜へと引き返すようだ。

 ――防御側の目線は、正面から迫ってくる自分の機影に釘付けとなり、東に去った僚機を追えてはいないだろう。

と池永は確信した。

 防衛ラインに籠って敵を迎え撃つ方の立場に立つと、敵戦車や戦闘機が迫って来る時には『自分は敵にとって数百ある的のうちのたった一つに過ぎない』とは考えにくくなる。自分を――自分だけを――狙って突っ込んで来ているように思えてしまうのだ。

 この錯覚は、防御側と攻撃側との両方を経験すれば「単なる誤謬ごびゅうである」と呪縛から逃れることが出来るのだが、防御側にはじゃくの小郷以外には経験者が居ないはずだった。


 その”若の小郷くん”は、塹壕の中で燕を気遣いながら半身を起こしたが、ヘルメットの眉庇まびさしを押し上げる最中に、横から燕の柔らかい腕にしがみつかれて『もう一機』の行方を追うことが出来なかった。

 彼はうら若い可憐な看護婦に「落ち着いて。」とささやいてから、彼女の視線を遮るように抱きしめ、池永機に背中を向けた。

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