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対空防御演習13 緒戦

 「御蔵勢、来ます!」

 後背陣地の物見が大声を上げた。

 御蔵島の西端を回った舟艇群が、いよいよ陣の浜沖に姿を現したのだ。


 双眼鏡で”敵艦隊”を覗いていた鄭隆が

「輸送艇は3隻か。……他に小型艇が5。小型艇は装甲艇に非ず。多分、高速艇でしょう。」

と、双眼鏡を尚可喜に手渡す。

「小型艇は装甲艇の”見立て”でしょうか。」

 鄭隆がそう考えたのは、御蔵勢が着上陸攻撃を行う時には大型艦の準備砲撃に始まり、防弾能力が高い装甲艇を前面に立てて押して来るという手順を踏むからである。

 今回は舟艇母船や武装フェリーは演習に出て来ないため準備砲撃は無い。装甲艇に見立てた高速艇からスティルツ砲の”模擬弾”を『砦』や土塁に撃ち込んでくるのだろう、と考えたわけだ。


 尚可喜も双眼鏡を使ってみたが、中天高く登った日輪が海面を照らし、舟艇群はその光のさざなみの中に一塊のシルエットとなって寄せて来ているので、一隻一隻の固有の動きは把握し辛い。

 ――遠眼鏡を持たぬ物見には、寄せ手の数が見えてはおらぬだろう。

「船が三、艀が五だ。御蔵の艀の動きは速いぞ。抜かるなよ!」

と配下(+皇帝の親衛隊に)激を飛ばした。

 こう云った場合、激の内容そのものは重要ではない。

 現場指揮官が戦場を把握し自信を持って采配を振るっている、という態度を見せる事こそが、兵に落ち着きと勇気を与えるのだからである。

 尚可喜は、子飼いの部下に対しては”激を飛ばすこと”を、それほど必要が有るとは思っていなかった。既に寧波で御蔵勢の圧倒的な砲火に晒された経験を持っていたし、今回の迎撃『演習』では山地の塹壕線に炸裂弾を撃ち込まれる危険が無いのは予め判っているからだ。

 だから尚可喜が放った激は、主に御蔵勢と相対した経験を持たない皇帝直属の武官・文官に向けたものであったのだ。


 守備隊の兵は、声を合わせて「オウ!」と将軍の激に応じた。





 後背陣地の塹壕線より更に上方、御蔵島南部丘陵の稜線近くに角型双眼鏡つのがたそうがんきょう(砲隊鏡)を構えた一団が陣取っていた。

 かつて陣の浜で海賊船団の襲来を迎え討ったとき、立花少尉(当時は見習い)が特設砲兵隊を指揮して照明弾を発射した監視廠付近だ。

 現在詰めているのは、塹壕陣地の構築に協力した尾形軍曹たちの一隊である。

 尾形軍曹や、一時的に夕潮船舶砲兵隊の指揮下に入った内藤伍長たちが、ここで上陸部隊のSEEPが『落とし穴』の罠にハマったかどうかを判定するのである。


 一応、陥馬坑かんばこうの見立て部分には石灰線で目印のラインが引いてあり、防御側地図には位置を記入してあるのだが、海岸線や塹壕線からは――特に海抜が低い海側からは――石灰線が見え難いために判定が難しい。

 罠に掛かった車輛が出たら、軍曹が無線で「×号車、擱座かくざ!」と両軍に通知するというのが加山少佐の決めた段取りだった。


 なお攻撃側には落とし穴の存在は通知されていない。

 だからウィンゲート”提督”なら予想はしているだろう、とは考えられるが、防御側にとっては攻撃側に一泡吹かせるための重要な仕掛けなのである。





 上陸部隊は全舟艇が一斉に塊となって突っ込んで来るかと思われたが、高速艇が集団から離れ北西方向(向かって右)に速度を上げ始めた。

 西の浜方向に移動するようだ。


 「あれらは上陸場所を変える心算なんだろうか?」

と鄭隆が小郷に質問した。

 ちょっと腑に落ちない、と云った口調である。


 高速艇甲型には通常5名の兵が乗船しているし、他に武装兵をギュウ詰めにするなら最大8名乗せることが出来る。

 西の浜の砂地に艇を乗り捨てるとすれば、13名×5隻で65人を揚陸することが可能。

 上陸するのが重擲弾筒(模擬弾)とスティルツ砲を装備した一個小隊半(6個分隊)のライフル歩兵ならば、外周道路を徒歩移動し、火力に劣る陣の浜の『砦』など易々と制圧できるであろう。

 ただし”それ”では、水陸両用車と海上トラックとによる着上陸演習にはならないだろう、というのが鄭隆の疑問だったのだ。

 攻撃側が『勝つために演習の趣旨そのものを変えてしまう』というのであれば、本来なら得ることの出来た教訓を失うことになってしまう。


 小郷も攻撃側の読めない動きに「さぁ……」と絶句するしか無かった。

 そして「銃や大砲と違って、ロケット砲を発射するには後部に味方が居ないことが必要になります。弾頭を押し出すエネルギーに相当するガスを、スティルツ砲の後方に噴出しますから危険なのです。だから着岸する際、全部の艇が一丸になる事そのものが不可能であるとの考えからなのではないでしょうか?」と考えを述べた。


 別の解釈を下したのは尚可喜だった。

 手練てだれれの将軍は

「寧波の『壁』を攻めるとき、御蔵勢は装甲艇を縦一列に配し、『壁』と平行して進みながら次々に炸裂弾を放って来た、と聞いているな。」

と推理した。


 「なるほど、『壁』攻めの再現ですか。有り得る。」

というのが鄭隆の反応だった。

「守備側の士気を挫くには、経験上最強の第一撃、という趣向なのでしょうか。」


 「いや……どうも違うようですよ!」

と小郷が高速艇群を指差す。

 燕は日本語を明国語に、明国語を日本語に同時通訳しないといけないので大童おおわらわだ。


 小郷の指差す先では、北西方向に向かっていた高速艇群が一斉に回頭し、海岸線と平行に東に向かい始めたが『一列縦隊』ではなく『一列横隊』のフォーメーションを組んだのだ。

「砦の守備隊から見て一番、まととして小さくなる体形を採ったようです。」


 高速艇甲型は今や最高速度に達し、ただでさえ吃水が浅いモーターボートの特性を生かして海面から船体の大部分を浮き上がらせて滑走しているから、水中障害の罠には引っ掛からないだろう。


 「撃ちますか?!」

 『砦』と撤去したテント村が有った松林とに分散配置してある”B群打上筒”の点火装置に手を掛けている武官が鋭く問いを発した。


 「待て!」 「だです!」

 尚可喜と鄭隆とが同時に叫んだ。

 「高速艇はおとりだ。」と尚可喜が続ける。

「無駄弾を撃たせて、こっちの残り手数てかずを減らす心算だろう。」


 しかしウィンゲート”提督”の意図は別の所に在った。

 陣の浜を滑走する甲型艇の船尾から、導火線を短く切ったダイナマイトが次々に海中に投じられたのだ。

 立て続けに水柱が上がる。

 以前、御蔵湾のイワシ漁場に居付こうとしたしたさめの駆除に、漁労班がダイナマイトを使用した経験があったことから思いついた、簡易式の水中障害撤去方法だったのである。

 水中爆発の衝撃は、分子密度の差から空気中のそれよりも対象物に対してダイレクトに作用する。

 海底に植えられた竹筒は何度も激しく揺す振られ、抜けて浮き上がり罠としての機能を失った。


 「やられましたね。」と鄭隆が苦笑する。

 「やはり手強てごわい。」と尚可喜も頷く。


 その時だった。

 砦正面を通り過ぎた高速艇のうちの一艇が、赤旗を上げスピードを落とした。

 別の一艇が赤旗の艇に横付けになり、ロープを渡して曳航に取り掛かる。


 『高速艇一艇が水中障害と接触。攻撃側から報告あり。』

 塹壕に配置された無線機が告げた。尾形軍曹の声である。

 『ペラが触れただけなので自力航行に問題は無いが中破判定とし、他の艇が牽引して演習場から離脱するものとする。』

 燕がすぐさま明国語に翻訳し、大声で守備隊の皆に知らせる。


 塹壕線で歓声が上がった。

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