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対空防御演習12 江藤大尉のサービス

 「陛下、こちらです。」


 弘光帝が加山少佐から案内されたのは、木材で補強された天蓋てんがい付きの塹壕だった。

 演習を視察するには、壕の覗き穴から直接外を眺めてもよいし、潜望鏡を使って観戦することも出来るような造りになっていた。


 「御苦労、将軍。」と皇帝が謝意を示し

「しかし、これだけ堅固な砦であれば、この兜や鎧は必要無いのではないかな?」

と続ける。

 観戦位置に着いた弘光帝は、近頃の普段着である作務衣さむえを陸軍将校の軍服に着替え、ヘルメットと92式防弾衣を着せられているのである。

 ヘルメットはまだしも、鉄板を仕込んである防弾衣は重い。


 皇帝の愚痴を花が

「陛下は、装備が重い、と嘆いておられます。」

と翻訳する。

「陣地が堅固であるのだから、軽装でも良いのでは、と。」


 少佐としては、御意、と苦情に応じるわけにはいかない。

 だから「安全のためです。襲撃機は12.7㎜の実弾を発射いたしますから、万が一の跳弾のことも考えておきませんと。」と説明する。

「他に替わりようが無い御身分であることを、お忘れなく。」


 「いやはや、鎮南将軍は礼部尚書そっくりに口煩くなって参ったのう……」

と皇帝が天を仰ぐと、当の黄尚書が

「何を言っておられます。花殿の申す通りじゃ。御身大切に振舞って頂かねば。」

と弘光帝をたしなめる。

「花殿は優しゅうございますな。もっとキツく物申されても良いのですぞ。」


 花は困って「いえ、閣下。これは私が申し上げているのではなく、少佐の御言葉を翻訳し奉っているのでありまして……」と、思わず――礼は保ちながらも――礼部尚書に食って掛った。





 尚将軍や鄭隆が籠っている塹壕線に、燕と小郷も待機していた。

 壕から上半身を乗り出して物見をしていた将軍の部下が

「ムッ! 凧の羽音が致しますぞ!」

と叫び、すわ敵襲か! と守備隊に緊張が走った。


 小郷は既にエンジン音に気付いていたから

「敵にあらず!」

と声を上げ、すかさず燕が翻訳する。

「今、聞こえているのはハー8エンジンの音。零式が積んでいるハー13甲ではありません。演習の記録を撮影するため、新聞かラジオが飛ばしている94式偵察機でしょう。云わば中立。敵に非ず。」





 小郷の予想通り、飛んで来たのは複葉偵察機だった。

 ところが何を考えているのやら、演習場上空に達するや、宙返りや錐揉きりもみといった華麗な曲芸飛行を繰り出し始めた。


 この頓狂とんきょうなパイロットは、中立的な立場である必要が有ることから、航空隊を離れて司令部出向中の江藤大尉だった。

 司令部での書類仕事から解放されて、久々に操縦桿を握った江藤は大いに上機嫌だったのである。

「古賀君! やっぱり空は良いよなあ。」


 偵察席でカメラを固くかかえ、座敷童の古賀真紀子は

「大尉殿! 気分が良いからって、無闇むやみに錐揉みや宙返りは止めて下さい!」

と抗議の声を上げた。

「キャメラを落としたらどうするんです?! 替えの利かない平成製なんですよ!」


 「おお! スマン、スマン。」と江藤は笑って

「じゃあ次は、地面スレスレから『砦』の上を飛び越えるからな。良いムービーを撮っておけよ。」





 江藤機の運動を眺めていた鄭隆は

「これは大尉殿からの大サービスですな。」

と微笑んだ。


 「さあびす?」と、耳慣れない言葉に尚可喜が首をかしげる。


 「馳走ちそうの事です、将軍。」と鄭隆が応じる。

「大尉殿は、凧の動きをあらかじめ我々に見せておいてくれているのです。これから先、予想される襲撃機の動きを。」


 「そういう事か!」

 尚可喜が大きく頷く。

「凧の動きは、空高くから目標目がけて、ゆるりと舞い降りる動きばかりではない、と。」


 「新聞は中立としながらも、少しばかり守城側に好意的なのかも知れませんね。」

と鄭隆は頷き返す。

「打上筒の角度を、少しばかり下向きに調整した方が良いようです。」





 「全艇、出撃。」

 ウィンゲート”提督”が3隻の木製大発と、露払いの高速艇甲型5隻に出航を命じる。

 「全員、戦闘開始直前には防毒面を装着のこと。敵は火箭に見立てた花火で迎撃してくる。」


 配下の大発は、1隻にはDuck(海上トラック)2輌、また他の2隻にはそれぞれ4輌計8輌のSEEP(水陸両用車)が搭載されていた。


 また”提督”の考えで、高速艇にも上陸支援のための”機材”が秘密裏に積み込まれていた。


 いよいよ決戦である。

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