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対空防御演習10 97式炊事自動車は高機能

 ひょんな事から、『航空隊所属の小郷くん』は”防御側”として演習に参加することとなった。


 防御側の総大将は尚将軍で、参謀格が鄭隆。

 そして小郷の立ち位置は、『凧』に詳しいことから鄭隆へのアドバイザーという位置づけだ。

 まあ、防御側で日本語が堪能なのは鄭隆と看護婦の燕だけだから、明国語が話せない小郷くんの処遇としては妥当というか必然的な流れである。


 そういう事情もあって、当初は陣の浜テント村で小郷が起居するテントには、”病み上がりの雛竜先生”と”看護師の燕さん”も同時に入る――むしろ小郷くんの方が居候いそうろうくさいわけだが――こととなり、「それならば」と他に空きベッドも2台ほど並べて臨時救護所兼務扱いとなった。

(軽傷ではなく本格的な医療を必要とする怪我人が出た場合には、応急処置を燕が施した後に、小郷が救急車を運転して御蔵病院に緊急搬送するという段取りである。)


 ところが病院でそれを伝え聞いた中谷医師が激怒し

「日中の軽作業くらいは健康のためにも奨励しますが、テント村への泊まり込みなど論外です。夕方には絶対に病棟まで戻ってもらわないと!」

とキツく鄭隆に言い渡したため、夜間の臨時救護所テントは燕と小郷の二人っきりになってしまう事に……。

 「えっ、あの看護婦さんと二人きり……」と、小郷君、悶々として頭を抱えるの巻である。


 そもそも小郷が、夜は航空隊宿舎に戻ることにすれば、夜に美少女と二人きりというシチュエーションは回避(もしくは解消)するのだが

「キミが攻撃側と防御側を行ったり来たりすれば、両方の陣営からスパイとしての疑惑を受けなきゃならなくなってしまうだろう? ……まあ、それも演習に味を加える変数だと思えば、面白くないことも無いが、今回は”そういう事”を学習する演習ではないからね。」

と、演習全般の”世話役”にさせられてしまった鎮南将軍(仮)こと加山少佐にさとされてしまったのだった。

「電算室の片山くんを見てみたまえ。レディのそので、キミより過酷な境遇に耐えていたのだからさ。」


 鄭隆も同意見で

「それに加えて、演習地であることだし尚閣下の目もあることだから滅多な事は起こらないと確信しているのだけど、燕くんも夜中に女性一人の天幕生活では心細いでしょう。小郷くんが隣に寝ていてくれれば心強いだろうからね。僕は隔離病棟まで帰らないといけなくなってしまったから。」

という。

「なんだったら、彼女には看護婦宿舎に戻ってもらって、テントにはキミ一人で寝るという選択肢もあるけれど。」


 一方で「私であれば大丈夫です。」と燕は小郷に笑顔を向ける。

「小郷さんの事なら信頼できる御方だと判っていますから、何も心配していません。」

 次いで、それに、と鄭隆と加山の目を見て

「今でこそ看護婦の仕事に恵まれておりますが、私はかつて賊に捕まっていた身だったのです。」

と続ける。


 燕の思い切った発言には、加山も鄭隆も何も言い返せず「じゃ・じゃあ、そういう事で……」と、何が”そういう事”なのかはハッキリしないまま、なし崩しに小郷と燕との同居は決定したのだった。





 まあそんな具合で若干の混乱(?)も見られた守備隊だが、尚可喜配下の兵と皇帝直属の武官・文官合わせて約300は、着々と『砦』の構築を進めていた。


 測量によって正確に縄張りを定め、海中に竹杭を打ち、藁筵わらむしろ製の城壁を築き、藁人形製の兵を配置するのである。

 当初は「筵か布で」と計画された城壁だが、やはり襤褸ぼろとなっていても綿布の使用は勿体ないからと、城壁は全て藁筵に変更された。

 これには端島から石炭が到着したことも関係している。石炭が藁製のかますたわらに詰めて船積みされていたためで、筵に再加工し易かったからだ。

 またダミーの兵士も同様で、等身大に丸めた筵に鎧兜を着せるだけで済んだ。藁人形に着せた鎧兜は、金属資源として回収された実物だから、遠目にはなかなかの出来であった。


 簡単に藁製品から転用できた『城壁』や『兵士』とは違い、困ったのは防御側の主要兵装となる火箭かせんだ。

 兵器としての効果が命中精度にしても焼夷効果にしても期待できないことから、鹵獲しても直ぐに焼却処分されて現物が手元には残っていなかったからである。

 そこで加山少佐は、打上筒うちあげとうを火箭の代用として使用する案を出した。

 台州戦でも活躍を見せた『紙筒製の打ち上げ花火』である。一応、陸軍正式装備で、花火の傘が大きく開くから、火箭よりも見た目の派手さは勝っているだろう。

 攻撃側には直前まで存在が伏せられ、水上侵攻部隊には木製大発からの発進時に防毒面ガスマスクが配布されるという段取りである。

 ガスマスクの装着によって侵攻部隊は飛び来る火の粉から目や顔は守られるが、その反面、視界は制限され悪くなる。

 守備側にとっては、相手をトラップに掛けやすくなると考えて良いだろう。





 小郷は鄭隆の指示通りにバックホウで空堀を掘ったり、ホイールローダーで土塁を築いたりしていたが、砦の外郭となる部分にいくつか疑問に思う構造があった。

 大部分の空堀と土塁はセットになっていて、空堀の後ろに土塁が控えるという構えなのだが、土塁だけで堀の無い部分があるのだ。

 「先生! ここに堀は作らないんですか?」


 「そこは良いんだよ。」と呼びかけられた鄭隆が笑う。

「堀の替わりに、落とし穴が掘ってあることにするんだ。」


 上陸側のライフル歩兵にしてみれば、遮蔽物の無い砂浜では、守備側が後退して放棄された土塁や奪取済みの土塁は、障害というよりむしろ射撃戦を挑む上での良い胸壁となる。

 だからこそ”空堀とセットになっていない”土塁は、落とし穴を仕掛ける上で絶好の『誘いの隙』となる、という考えなのであった。





 夕方になると自走式炊飯車がやって来て、今日の作業は終了となる。


 97式炊事自動車と命名されている6輪トラックで、ベースは94式6輪自動貨車。

 1台あたりの能力は、500食/時の飯炊きと、750食/時の汁物調理と中々パワフル。

 また540Lの水タンクを積んでいて、250L/時の湯沸かし能力も持っているから、陣の浜に設置した石炭燃料ドラム缶風呂と併せて、守備隊全員分の飯と行水用の湯が用意される。


 300名程度の規模の”陣の浜守備隊”なら、全員が腹一杯に炊き立ての飯を食い、昼間の汗を流すことが出来るという仕組みであった。


 紅一点の燕だけは、救護テントの中での行水が強いられることとなるが

「風呂はどうする? 小郷くんに新町湯か看護婦寮に送らせるかね?」

という加山の提案に

「特別待遇は結構です。演習ですから、野戦病院勤務だと思って、救護天幕で行水します。」

と燕が決意を述べたための決定であった。





 大きな事故も無く、昼間の間に消毒と赤チンの処置を施すくらいの軽傷者が出ただけであるが、夕食後には負傷者には添え木や包帯が施された。

 「これも練習。今回は幸いにして重傷者はいませんが、いつか必要になることがあるかも知れませんから。」

と燕が主張したからだ。

 皇帝直属の武官はこれまでの学習の成果を――ぎこちないながらも遺憾なく発揮し――テント村には包帯姿の負傷兵が溢れた。

 一目見ただけだと、どんな激戦があったのか、と疑われるような光景である。


 燕が応急処置演習をさせている間、小郷もヒマを持て余しているわけではなかった。

 バックホウやホイールローダーを使用後点検し、給油を済ませなければならない。

 ダム建設隊で重機に乗車した経験のある兵士が、ジョーンズ少佐仕込みの整備術で手伝ってくれるが、言葉が通じないから互いに身振り手振りでの遣り取りとなり、有難いことは有難いが疲労感は溜まる。

 最終グループで行水を済ませ、救護所テントに入った時には、明国言葉を覚える必要性をひしひしと感じていた。


 だから二人きりのテントの中に、燕の洗濯したての衣類が干してあっても、それに気を取られること無くナチュラルに

「燕さん、言葉を教えて欲しいんだけど。」

と切り出すことが出来た。

「”回す”とか”締める”とか、”確認する”とか”ラジエターキャップ”とか。」


 「ラジエターキャップは、そのままラジエターキャップで良いのではないですか? ラジエターキャップが何なのかは分かりませんが。」

と燕が微笑む。

「それに該当する適切な明国の言葉は無いと考えます。」

 そして「そうですね。私も小郷さんから機械に関わるような日本語と英語とを教えてもらいたく思っていましたから、お互いに高め合うのは良い考えですね。」と、右手を差し出した。

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