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カヤキ48 「若き日の水戸光圀」というジョーカー札が場に投じられた意味を考えてみる件

 「黄門様はマズいですね。司令部の中で幕府方に寝返りそうな人物に約一名、心当たりが有ります。」


 場をなごませようか、と考えた僕の返しは石田さんから

「古賀さんなら大丈夫でしょう。」

と極めて真顔で反論されてしまった。

「古賀さんの場合は、漫遊記に登場する老成した黄門様のファンなのであって、血気盛んな不良が好みなのだとは考えられませんから。」


 そうだよねぇ、と中尉殿も頷く。が、こっちは苦笑含みだ。

「光圀公は1628年の生まれだから、今はまだ御歳おんとし16凸凹でこぼこってトコだからねぇ。辻斬つじぎりや悪所通あくしょがよいに精を出していた時分じぶんだ。会っても幻滅げんめつだろうからねぇ。」


 そしてハンカチで眼鏡のレンズを拭きながら

「紀州 頼宣公も若いころは粗暴で、さんざ御付きの者からフィジカル込みで”たしなめられた”経験が豊富ってことだから、若き日の鬱屈うっくつした黄門様に、何かこう、徳川の未来を期するというか託すところが有るんだろうなぁ。会議で幕閣に対し強く光圀公を押したのは、どこか若いころの自分と重ねている部分があるんじゃないかねぇ。」

かすかに溜息ためいき

「受け入れ側のコッチとしては、知恵伊豆さまか大目付さまか、クレバーかつ損得勘定を理詰めで判断できる常識人の方が有難かったかな? これはTF-H1だけじゃなく、長崎奉行所当局なんかもそうだろうさ。いや、光圀公が賢人へと成長する素質をお持ちであるのは考慮に入れても、だよ。」


 僕は中尉殿の話の途中から、本当に頼宣が光圀を推した理由はそれだけなのだろうか? と感じ始めていたので

「いやぁ案外、伊豆守や壱岐守が光圀案に同意したのは、頼宣のアイデアにナルホドと納得したからなんじゃないですか?」

と投げ返してみる。

「クレバーな常識人だと、良くも悪くも想定の範囲内の回答しか持って帰らない。けれど今回は事態そのものが意表を突きまくりのメチャクチャ非常識なんですから、幕閣会議で予想できる以上のアンサーが欲しければ、視察に出すのはジョーカーでなくてはいけないと考えたのでは? ……ああこの場合のジョーカーは『道化師』ではなく『トリックスター』の意味ですけど。」


 中尉殿はレンズのケアに満足したのか眼鏡を掛けてニッと笑い、石田さんがそれを見てホッと息を吐く。

「中尉殿と同じ考えに、片山さんも達したみたいですね。」


 そして石田さんは、僕の目を真っ直ぐ覗き込むようにして

「片山さんが来るまでの間、光圀公が来ることに決まった意味の考察をうかがっていたところです。」

と小さく、しかし力を込めて頷いた。

「黒田藩からのリークでは『紀州公がゴリ押しをした結果』と伝わってきたけれど、実際には『頼宣公のアイデアに老中派と側用人派の両派閥が乗っかった』のではないだろうか、と。」


 「まあ、そこには当然”保身”という意味合いも有るだろうからね。」

 中尉殿が薄く笑う。

「事が上手く運べば幕閣会議皆の功績、不味いことになったら光圀公と彼を推した紀州公の責任、と。賢い人たちが採用しそうな手法だよね。穿うがった見方かも知れないけど。」


 そして酷薄こくはくそうなみをにこやかな笑顔に変化させると

「そんなわけだから片山君と貝原君とには、あらかじめ『光圀公長崎遊学』の予定は伝えておかないといけないな、と考えたんだよ。久兵衛くんは1630年生まれで光圀公の二つ下、片山くんは光圀公と同期生ってことで、同世代同士、なにかと話しが合いそうじゃないか?」


 ――いくら年齢が近いといっても、辻斬りや女郎屋通いが得意という時代の光圀公とは、会話の話題を選ぶのに困るだろう、僕だけじゃなしに久兵衛くんも!

 そう考えて、この重大な場面に久兵衛くんが不在なことに気が付いた。

 「久兵衛くんが居ませんね?」


 すると「ああ、彼なら今日は出島で手術に立ち会っているんだ。」と中尉殿が事も無げに言う。

「他の医師や看護兵と共に、伊能先生の助手でね。伊能先生は『虫垂炎ちゅうすいえんをチョチョッと切るだけだ。ツマらん。』ってボヤイておられたけど。」


 「伊能先生は、せんだって奉行所で胆石持ちの開腹手術をなされたんです。それで”神の手を持つ医者”って神格化されてしまいましてね。」

と石田さん続ける。

「それで『出島で酷く苦しんでいるオランダ人がいる。今にも死ぬかもしれない。』と、急遽きゅうきょ特例で出島入りを懇願こんがんされて。」


 伊能先生、それに久兵衛くんもなんだかスゴイ事になってるな……。

 「了解しました。」としか返事が思い浮かばない。

「久兵衛くんは辻斬りにらず、医学的合法的な”切った張った”のリアルを、経験豊富っていう事なんですね。」


 「そうそう」と中尉殿は軽い調子で頷いて

「一方でキミは、電算室ハーレムで女子関係には詳しいだろう。それに今だって、危険な匂いがする妖艶な謎多き美女と一つ屋根の下なわけだし。」


 「中尉殿! いくら冗談にでも、そういう表現は。」

と反論しようとしたら

「片山さん? 恋愛や肉体関係には至らないにしても、ちかしく観察することが出来た女性のバリエーションの豊富さが、経験値としてモノを言う場合も有りますよ。」

と石田さんから封じられてしまった。

「そういう意味では、もしかしたら片山さんの方が光圀公より上なのかも。片山さんのかたわらには、簡単に思い通りになる異性は居なかったわけですからね。片山さんの経験値は権力や金銭でなく、関係性を努力して構築することで獲得したものなので。」


 僕はフウと溜息を吐くと、雑嚢を探って竹の皮包みを取り出した。

「これ、良かったら食べて下さい。お弁当なんですけど、今日は食べられそうにないので。」

 そして「謎多き美女から作ってもらった物です。無駄にはしたくないので。」と付け加えた。


 「じゃ、遠慮なく。」 「あら嬉しい。」

 包みを開けて、中尉殿と石田さんが一つずつオニギリを手にする。


 中尉殿が「うん、具材は古漬けの油炒めか。ピリッと来るのが良いね。」とオニギリを褒め、石田さんが「謎多き美女は料理もお上手ですね!」とニッコリ笑った。


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