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カヤキ44 角隈喜十郎さんと鍋島安芸守さまが膝を突き合わせててのお茶会をした件

 「改めて御挨拶申し上げる。拙者、角隈つのくま喜十郎きじゅうろうと申す。」

 クマさんは両手をついて頭を下げた。

委細いさい、既に御存知のことと思うが。」


 僕もいまだに慣れない正座をして、畳に額を押し当てつつ

「片山修一、本名です。電算室長で記録係の書生というのもホントです。新聞の編集長はクビになってしまいましたが。」

と改めて自己紹介。

「クマさんがツノクマ様であるというのは存じていましたが、下の御名前がキジュウロウ様だというのは、今はじめて認識いたしました。」


 すると見ていた中尉殿から

「あのね片山くん、おデコを擦り付けちゃあ、土下座になってしまうからダメなんだよ。このようなシチュエーションでは、両手をついて頭を下げる、で良いんだそうだ。」

と教育的指導が入った。

「もっとも僕もオキモト君もその辺の儀礼にはうといから、武富さんに教わったばかりなんだけどね。」


 「あ! そうなんですか。それは重ね重ね……」と右に左にペコペコしていたら

「ううむ、マイッタ!」

とクマさん――違った公儀隠密 角隈喜十郎さん――がゲラゲラ笑い出してしまった。


 「修さんは、演じてやっているんじゃねェ、それがなんですな!」


 「恥ずかしながら」と僕も頭を掻く。「掛値かけね無しのオッチョコチョイで間違いないです。こう……もう少し落ち着きと貫禄かんろくを持ちたいなと願ってはいるんですけど。」


 「それにしちゃあ、玄人くろうと裸足はだしだねェ。」

 喜十郎さんがフッと息をはく。

「ソツが無い……いや抜け目が無い。すっかりたばかられたわ。」


 ――なんというか……過大評価過ぎだろ、これ。珠さんにはスパンスパンはたかれているというのに。で、クマさんもそれ見て噴き出し笑いしてるのにさぁ。


 それはそれとして、角隈さんの話言葉はなしことば、生まれついてであるだろう侍言葉と仮面ペルソナとして身に着けたのであろう”べらんめえ口調”とがミックスというかフュージョンして妙チクリンになっている。

 たぶん職業病なんだろうな、これは。


 「それはかく、師匠」と、僕は表情を引き締め直して角隈さんに質問する。

「どこまで秘密の共有が終わったんですか? そのぅ……僕らのプロジェクトに関して、御公儀御目付との間には?」

 ここを確認しておかないと、ハシマ作戦の全貌について下手にべらべら話をしてしまっては、藪をつついて蛇を出すことに成りかねない。


 すると角隈喜十郎さんが返答を口にするより早く、オキモト少尉殿が

「とりあえず一切合切いっさいがっさいだね。隠しっこナシ、ということで。」

とフワッとした口調で口をはさんで来た。

「龍造寺派のカルト化した残党が何かを画策しているらしいことや、お寺の珠さんがその集団のキーパーソンらしい事やなんか。」

 それに、と少尉殿はニンマリ笑って「奉行所の一部で高島の活発な活動に注目した部署があり、調査官として角隈さまが高島へとやって来られたことや、角隈さまが無類に優秀であられたために珠さんの正体に疑問を持つに至ったこと。結果として――成り行き上――仕方なく片山くんの警護を行っていること。」と続けた。

「そして、それを探り出したのがほかならぬ片山くん自身、ってトコロもね。」


 ――そんなハナシに持ってくから、角隈さんが過大評価しちゃうんだよ……。全部が全部事実なら、僕はシャーロックホームズばりの名探偵で、バケモノ過ぎるじゃないか!


 「そうそう」と早良中尉殿も眼鏡のつるを押し上げながら頷く。

「佐賀鍋島藩の監察が”蚊焼すとあ”を運営して、カルトの動静を監視・追跡していることなんかもね。せっかく石炭産業が軌道に乗って雇用や特産品が生まれようって時に、カルト集団なんぞに下手な邪魔立てをされたくはないからねぇ。佐賀藩だけでなく日本全体に富が還流するチャンスなんだしさ。」


 ――ほほぅ。『一切合切』という修飾部分は、ハシマ作戦全体に掛かっているわけではなく、龍造寺カルト対策の部分のみが対象なんだ。ここは注意しないと。


 中尉殿の発言に対して「拙者も高島にて石炭の何たるかを学びましたぞ。」と喜十郎さんも頷く。

薪炭しんたんでは最早もはや、石炭蒸気に太刀打ち出来ぬ。今後は江戸市中でも、燃料は石炭にとって替わらざるを得ぬでしょう。船も汽帆船に成り申そう。御側おそば(側用人 中根壱岐守)も、一目ひとめ御覧ごろうじられればお分かりになられる事間違い無し。」

 そして「日田では黄金こがねが湧いたと浮かれておりますが、黄金では釜を焚くことは出来ぬ。あれは良い目眩めくらましになりましたな。」と唸った。


 「いえいえ、きんは通貨として貴重ですからね。アレはアレで有用ですよ。」

 早良中尉殿が目を細める。

「御公儀は掘り出しだ金を御用蔵に積んで、その信用を担保として兌換紙幣だかんしへいを発行すれば良い。鯛生金山の埋蔵量は莫大ですからね。交通インフラといった国家の基幹産業振興に要する費用が賄えます。御公儀が兌換紙幣発行権を持ち、日本全国の公共事業を株式化して、その担い手として徳川宗家が乗り出すならば、毎年ごとの御領地の米の出来不出来に左右されず多額の配当金を得て、この先長く徳川の世は御安泰ごあんたいいては天朝様の台所も安定して潤うというもの。」


 ――利得を論じるさり気ない発言のように見えて、この提案のキモは米本位制から脱却して、金本位制への”なし崩し”的移行だ!


 「話がスゴく弾んだみたいですけど」と僕は首を傾げ「そんな重要なミーティングを”蚊焼すとあ”でしていたんですか?」と質問。

「ちょっと不用心な気がしますけど。壁に耳あり障子しょうじに目あり、なんて言いますから。」


 「いや流石さすがに、店先ではしておらぬよ。」

と喜十郎さんが苦笑する。

「片山殿は心配性だの。……まあ、それでこその辣腕らつわんなのであろうが、な。」


 「角隈殿がナナイロを持ち込んだおり、ストアの責任者である神右衛門が茶に誘ったのよ。『置くのは良いが御蔵様は承知していなさるのか?』とな。」

 それまで聞き役に徹していた古狸の武富さんが――例のチェシャ猫笑いは引っ込めて――割とマジメな顔で会話に加わった。

「なにせ、角隈殿は住職の書付は手にしておられたが、片山くんからの預り証を持っておいでではなかったからね。」


 「それで連れて行かれたのが御家老の御屋敷で。」と喜十郎さん。

「茶を飲むにしては長々歩くなとは思うたが、片山殿の使いを買って出た手前、逃げ出すわけにもゆかず、な?」


 「ああ! スイマセン。気が利かなくて。」

 今度は間違った作法のではなく、マジ土下座で平謝り……。


 「おいおい修さんが謝るこっちゃネエ!」と今度は喜十郎さんが慌てる。

「流れだからね。前もってそんな事が起きようとは、お釈迦しゃか様でも気が付くめぇよ。」

 そして「茶室に通されると、御家老様が直々にお出でなさり、お小姓に運ばせた無線電話をいじって早良殿に無線を入れられたんで。」とひたいの汗を拭う。

「茶室では上下の別無しと云っても、コッチはやっこ姿だからね。気まずいったら有りゃしなかったね。」


 結局、安芸守さままで巻き込む騒動だったんだ。

 まあ孫六さまなら、面白がって自ら進んで一枚噛んだという裏が有っても不思議でなさそうなんだけど。


 「それで僕とオキモト君が御屋敷に急行し、実はコレコレこう云うわけで、と佐賀藩が進めていた内偵の次第を角隈さまに御説明申し上げたというワケさ。佐賀藩側だけの言い分では、ご納得いただけないかも知れないし。複数のソースを突き合わせて証拠固めをするのが、情報を扱う者の常道だからね。」

と中尉殿がお茶をすする。

 そして茶碗を置くと「それにねぇ」と苦笑する。

「角隈さまが、あまりにナナイロ作りに精を出してしまわれると、珠さんが仲間を手引きする隙が無くなっちゃうから。そのあたりも、お願い申し上げる必要もあったし。」


 「そこまでけに明かされてしもうて、頭を抱えてしまいましたぞ。」

 角隈さんが神妙な顔をしていた理由は”そこ”か!

 「急に拙者がナナイロ作りの手を抜き始めれば、珠殿は奇妙に感じよう。あるいは疑われておる事を気取けどられるやも知れず。」


 「あ! それなら大丈夫です。」

と僕は今後仕事が増えることを請け負った。

「シェフが新工夫で『ナナイロのニンニクもろみ漬けゴマ油仕立て』を編み出しましてね。試食したらかなり美味しかったんです。アレを商品ラインナップに加えましょう。ナナイロに加えて海苔鰹のフリカケ、それにニンニク醪までとなったら、絶対に増員は必要になりますよ。」


 「そ・そうか……お珠シェフは手練てだれだねェ。」

 角隈さんはちょっと愉快そうな顔になった。

 カルトの一員なのは一員だとして、僕と同じく料理の腕と情熱とは買っているみたい。

 そして「ちょいと面白れぇと思って、こんなモノを仕入れてみたんだけどね。」と小ぶりな壺を一つ。

「魚肥を仕入れに来た百姓が、貝殻と一緒に持ち込んで来ていた品でね。手持ちの銭であがなってみた。」


 「何ですか?」と質問すると

「漬物だね。朝、珠さんが漬物の塩抜きをしてただろ?」とクマさんの顔で応える。「島では見ねぇ菜っ葉でさ。」


 蓋を開けると、黄土色によく漬かった高菜の古漬けが入っていた。

 有明海を挟んで、三池村あたりからの持ち込み品だろう。


 「これは良い物が!」と僕は思わず大喜びした。

「もう一品、売れ筋商品が増えそうですよ。」


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