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カヤキ40 「貝殻集め」計画の進行と「蚊焼すとあ」爆誕の件

 セメントが無い時代にセメント代わりに使われていたのが『叩き漆喰しっくい』で、漆喰を省略して単に『三和土たたき』とも呼ばれている。


 成分的には、水溶性ケイ酸質を多く含む火成岩が風化した土に石灰を混ぜたもの。それを水で練ると乾燥したあかつきにはカッチカチの代用セメントに仕上がる。


 実を言うとこの代用セメントは、元世界の端島(軍艦島)でも船着き場の護岸や建物の基礎部分に重用されていて、平成の世になっても強度を保っているというシッカリ者だ。


 原料である火成岩が風化した『たたき土』として高名だったのが、愛知の三州土と京都の深草土、それに長崎の天川土なんである。言ってみれば日本三大三和土原料土だ。

 だから元世界の長崎の街には天川土を使った三和土で固めた石垣なんかも数多く現存していて、軍艦島の護岸なんかも言わば典型的地産地消の産物ってわけだね。


 で、”コッチの世界”の端島の護岸や高島の坑口下新造船着き場にも、天川三和土を使おうって考えが各方面から上がってきたのだそうだけれど、代用セメント『たたき土』に天川土使用は適切として、困ったのがもう一つの原料である石灰なのだ。


 工業化の時代になれば”黒いダイア”の石炭と並んで盛んに採掘された石灰石だけど(ちなみに黒いダイヤに対抗して”白いダイア”と呼ばれた)、現状では資源量の多い黒田・小倉・長州藩でも試験的に搬出がされはじめたばかり。

 商業的大量生産ベースに乗るには、運搬のロジまで含めて時間が必要だ。


 そこで当座の解決策として、石灰には貝殻を焼いて石灰化させる方法が暫定的検討されることとなった。

 けれども端島や高島、蚊焼村には、あわび栄螺さざえ馬蹄螺ばていらといった巻貝の資源量は多いのだけれど、それだけでは工事に必要な石灰を工面するのは不可能。

 だから大村湾や有明海沿岸といった遠浅の砂泥底を持つ村から、浅蜊あさりしじみ牡蛎かきなんぞの漁獲量の多い二枚貝の殻を買い付けようという話に発展。


 長崎からは買い付けに向かうのに、一部陸路を通らなければならないが、大部分は内海用の小型内航船が使える。(島原半島の先端を通過するなら全行程が船便でも可。)

 まあ当然ながら徒歩や馬でも買いには行けるけど、鉄道も貨物トラック網も未整備の時代、買った貝殻を担いで戻ってくるのはタイヘン。行きは良いよい帰りは怖い、だ。

 その点、舟を使うなら大量輸送も楽チンなのである。


 本来なら貝殻なんて灰分補給の一助として少量を砕いて田畑に撒くくらいで、大部分は廃棄する他ない産業廃棄物だから、「二束三文で集めて参りましょう。」と奉行所出入りの商人部隊が喜び勇んで出撃した。

 しかも今回の場合、買い付け部隊が貝殻購入のために現地まで持って行くのは銭ではない。

 日々着々と保有量を積み増している高島産鰯の魚油を搾った後の油滓あぶらかす。窒素・リン酸・カリに富む”高級”肥料である。

 白子の姫こと”みってる様”直々に

「儲けは各自の才覚次第。つべこべ細かいことは言わぬから好きに励めよ!」

と煽られては、奮起しないわけにはいかないだろう。


 すると『悪事千里を走る』という慣用句が有るけれど、儲け話は万里を駆ける。

 長崎商人の買い付け行動がアナウンスメント効果を発揮して

「蚊焼村まで貝殻を持って行けば、干鰯ほしかが貰える。」

と近隣地域の目端が利く農民・漁民までもが直接取引を申し込んで来るようになってきた。


 そもそもTF-H1は出発時に、御蔵・舟山方面では使い切れない魚肥・大豆油滓・鯨骨粉に加えて化学肥料(硝酸アンモニウム)を積んで来ている。

 にもかかわらず高島での鰯漁が順調であったから、蚊焼村には無料で配布するなどしていたのだけれど、日々増加してゆく肥料は正直持て余し気味であったのだ。

(肥料というのは耕地に対して、農作業のポイントポイントで施すもので、毎日漉き込むものではないからね。)

 だから商人の活躍に加えて、一次産業従事者からの直取申請は願ったり叶ったりであった。


 ただし、この事態は『意外』ではなかったのだ、と僕は思っている。

 つまり奥村少佐殿や”みってる様”、早良中尉殿には想定の範囲内と言うか読み通りだったのだろう。

 そもそも北部九州の――商用作物も含めた――農業生産を嵩上げして経済を活発化させることは目標に含まれていたわけだし、僕自身もかつて端島見学の時に、エラソーに黒田・三左衛門・一任様や鍋島・孫六・安芸守様に進言した記憶がある。(汗)


 だから名前だけなら牧歌的に聞こえる『貝殻集め』は、船着き場整備用の代用セメント生産の目的に加えて、肥料配布――いては商業活動の活発化と農産物収穫量拡大――がその背後に控えた動機と言えるのかも知れない。


 さてさて、それに加えて鍋島藩家老 安芸守様の所領である蚊焼村では、俵編みなど問屋制家内工業が短期間の内に発展を遂げ、更に工場制手工業へ進化しつつある状況は既述の通り。

 「稼げる!」とあって、縁や伝手を頼って藩内外から住み込みで働きに来る者も増えた。(藩外の人手が含まれるのは、蚊焼村が佐賀鍋島藩の飛び地領であるという特殊事情がある。)

 労働人口が増えたわけだから、当然ながら日用品や食品の消費量も増大する。

 するとどうなる? いちが立つようになってくるのだ。


 ただ市というのは常設ではなく、二日市とか八日市なんて地名が今も残っているように、毎月決まった日に立つというのが習わし。

 けれどそれでは急拡大する蚊焼村の消費需要を賄えないから、常設店舗が立ち並ぶようになってくる。

 店舗も筵小屋むしろごやだったものが、直ぐに板張りの建物に建て替わる。


 そんな蚊焼市かやきいち一際ひときわ異彩を放っていたのが、御蔵様放出品と称する大型軍用テントを店舗とした『蚊焼すとあ』で、店内には明々と洋灯が灯り、入り口には『干鰯交換処 御蔵さま御用達』という看板がデカデカと掲げられていた。

 高島産肥料と農産品・海産物との交換を引き受けていたのが、この蚊焼ストアなのである。

 云わば”蚊焼すとあ”は、蚊焼市の卸売市場であった。


 しかもこの”蚊焼すとあ”、TF-H1が後ろに控えているわけだから、肥料以外にも『格安ローソク(パラフィン原料の大量生産品)』と『ガラスのカンテラ』や『御蔵火種(燐寸)』に『尻洗い(ソフト塩ビの洗瓶)』といった珍品までが店のすみに――こちらは現金商いで――コッソリ並べてあったりするわけ。

 まあコッソリとは言っても別に横流し品というわけではなく、TF-H1が高島遠見番所におろしたブツを、佐賀藩が利を乗せて販売している正規品なんではあるが。


 それにこの『御蔵下り』の品を扱っている”蚊焼すとあ”、愛想満点で接客に励んでいる町人髷の従業員たちは、商売人に見えて根っからの商人ではない。

 主席家老から特命を受けたガチの鍋島藩士なのである。それも優秀なテクノクラート選抜。


 武士が商人の真似まねあるいはフリをするというのは、上々から密命を受けても普通ならば「沽券こけんかかわる!」と逆上して、時に”抗議の切腹”とか大騒ぎになりそうなものであるのだが、そこは『武士道とは、死ぬことと見つけたり』の御国柄。

「謹んでお受け致しまする。」とアッサリ実現したのだという。

(『葉隠はがくれ』が書物として書き記されたのは、1716年ごろと言われているけどね。)


 そしてその『葉隠』を口述したのが山本・神右衛門・常朝という人物で、『御蔵下り』の店の店主が常朝の父である山本・神右衛門・重澄。

 常朝(1659年生まれ)は重澄70歳の時の子供というから、重澄は1589年生まれということになり、現在の年齢はだいたい56歳くらいになるはず。

 人生50年の時代に、年齢を超越した元気な人物だ。もっとも、あと15年くらいしてから常朝を生む”予定”なんだから、今元気なのは当然か。

 ちなみに重澄が生まれたころの出来事と言えば、秀吉による小田原征伐がある。(1590年)


 こんな風に説明して行くと、主席家老から山本・神右衛門・重澄氏が命じられたのは

「これからは商いの世じゃ。藩の算術に優れた者をして、商いの修行をさせよ。」

という計画のように思えるかもしれないが、実は違う。

 いや、伏線的にはそんな意味合いも含まれているのかも知れないけど、メインの任務はまるっきり別とのことらしい。


 古狸の武富さんによれば

「まあ当然と言えば当然だがな。蚊焼に流れて来た者、出入りする百姓・漁師の中には、『例のカルト』の一味らしきやからるわけだ。山本殿以下”蚊焼すとあ”には、カルトの監視の密命を受けておるわけじゃな。」

とのことだった。


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