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マニラ派遣船団帰港ス5

 「んぁ~、生き返る!」

 杭州城攻撃支援の任を終えた内藤伍長は、紹興帰陣後は貨車山砲や多連装ロケット砲とともに大発に乗り、上虞を経て寧波へ帰還、その後ハミルトン少佐率いる寧波派遣部隊船団と同道して舟山島へと帰ってきた。

 そしてようやく新町湯別館で、なみなみと湯をたたえた大風呂にありついたのである。

 しかし風呂待ちの員数は、後続が列を成している。内藤伍長は名残惜しく思いながらも早々に湯舟から出た。


 湯上りには浴衣ゆかた代わりの作務衣さむえが用意されていた。


 縫製を担当したのは寧波方面で戦災に巻き込まれ、舟山へと避難した難民たち。

 彼ら彼女らには、本土へ戻るのを希望する者には船便が用意されたが、作務衣や皮手袋・革靴縫製などの手間賃仕事を望む者たちには、その希望が叶えられた。

 男手を失った家庭など、舟山での生活を望む者も多かったのである。

 それに子供たちには『学校』も用意されていた。場所は醸造所として接収された旧清国官吏の屋敷で、教師は醸造所の日・米・豪・明(蓬莱兵)職員があたり、日本語・英語・算数・理科を教えていた。

 病院と学校があり、仕事もあるのだから舟山島の生活は最高とまでは言えないにしても”悪くなかった”のだ。


 作務衣に着替えた伍長が、風に吹かれてサイダーでも飲んで一息入れよう、と二階座敷に上がると、百道中尉とミラー中尉とが差し向かいでサイダーを傾けていた。

 「おお! どうだ一杯やらんか?」

 内藤伍長の姿を見つけた百道中尉が声を掛けてくる。

「久々の非番の身だ。自分たちと同席するのは面白くないかも知らんが、無礼講でどうだ。」


 内藤伍長はこれからの事を聞きたかったので「ご相伴しょうばんさせていたたきます、中尉殿。」と二人の席に加わる。

 ミラー中尉は「軍務から離れているんだから、ミラーにモモチで良いですよ。モモチさんもFreeで良いと言っているのだから、フラットに行きましょう。」と笑った。

「何故か偶然、ここには白酒パイチュウが有るのでね。ソーダ水を一口飲んでから、この白酒をソーダ瓶に加えると、良い感じに味が引き立つ。」


 百道・内藤の英語とミラーの日本語は、御蔵島が転移するまでは共にカタコトの域を出ないものであったのだが、必要は不可能を凌駕する。

 共に非常識事態で戦火の下をくぐった今では――流暢りゅうちょうと称するにはまだ”ぎこちない”かもしれないが――会話を成り立たせるには充分なものに成長していた。


 「それではお言葉に甘えて、遠慮なく。」と内藤伍長は白酒を注いだ。

「何を話し合っておられたのです?」


 ウム、と百道中尉はソーダ割りを一口含み

「寧波派遣軍が……と言うより、御蔵勢全体で軍務担当者の員数を減らし、戦時動員者の民生部門への再配置が始まるというからね。ここらで一丁いっちょ、ダム建設隊か住宅建設部門にでも転属願いを出してみるかな、とか。まあ何とか重機は動かせるからね。」


 「ええっ?!」内藤伍長は口に含んだソーダ割りにむせた。

「中尉殿……もとい、百道さんは、元々御蔵では数少ない本科の将校じゃないですか? 上も手放したくはないでしょう。」


 「ミスタ・モモチに関して言えば、僕もナイトウさんと同意見だね。」

 ミラー中尉が頷く。

「一方、僕は段列のエンジニアが本職だからね。とりあえずは作戦参加した全車輛のオーバーホールをするとして、その後予備役に回るとすれば、アルコールエンジン車の生産・整備をやりたいと考えているんだよ。T型フォードには子供の時から慣れ親しんでいたし、あのエンジンの響きを再び感じることが出来ると思うとワクワクするんだ。ニュースによれば試作車も出来上がったという事だし。ボートにアルコールエンジンを積むのも悪くない、なんて考えてね。」


 それに、とミラーは続けて

「僕の部下だったウィンゲート少尉、彼は『陣の浜の戦闘』でちょっと意外なくらいの猛将ぶりを発揮したんだけど、早々に長崎派遣から呼び戻されて、技師として紡績機・織機製造の任を受けることになっちゃったんだ。実家の稼業がそうだったらしくてね。そのくらい、今は民生部門にマンパワーが必要とされているのさ。」

とウィンクした。

「言い換えれば”人手が足らない”んだよ。」


 「そう考えると、な。」と百道が表情を引き締める。

「お国の為に……というのも変か。御蔵の為への御奉公、と考えると、予備役に入って――軍人として必要とされる時が来るまでは――民生部門で汗を流す事こそ、自分には求められているのではないかと考えてなァ。」


 「そこまで『これから先の生活』に腹をくくってしまって良いものなのでしょうか?」

と内藤は二人の上官に疑問を投げかける。

「南京のドドが降伏したわけでも、北京のドルゴンから停戦の申し入れが有ったわけでもなく、戦争はまだ終わってはいません。」


 「オイオイ」百道が悪戯いたずらっぽい笑顔で内藤に反論する。

「明と清との間での戦闘が継続中なのは、充分承知の上さ。」

 「そうだよ。」とミラーも同意する。

「ただ唐王(大将軍)閣下が、御蔵勢の手出しをこころよくなく思うようになってきたのは、ナイトウさんも僕などより良く知っているだろう。……富春江まで出張っていたんだからね。」


 ――そういう事か。

 内藤伍長も、唐王が魯王(監国)や福松将軍から兵権・兵力を取り上げ、自らの――軍事力を基盤とする――発言力(極端に言ってしまえば)権力を増大させたのは『実際に目撃したこととして』知っていた。


 好意的に見れば、南京を陥としたあと更に北京を目指す長い戦いの態勢を整えるべく必要な措置、と評価することは出来る。

 しかし穿うがった見方をするならば、弘光帝を差し置いて南明朝の全権限を掌握する手段に出た、と考えることも出来る。

 ただ、どちらにしても御蔵勢にとっては、南明朝の兵権トップ権限者からは”遠避けられる”のには違いが無い。明清戦争は、ともすれば火の粉を被る隣家の火事ではなく、対岸の火事程度までには少しばかり遠くへ去った、という事になる。


 「なるほど。……しかし車騎将軍閣下は、どうお考えなのでしょう?」


 内藤伍長の質問に、鄭芝龍と行動を共にしていたミラー中尉は

「こだわりの無い様子であられたよ。日本語で言うなら『恬淡てんたん』かな?」

と頷いた。

「南明朝が揚子江南岸を回復したら将軍位は返上し、水軍勢は福松将軍にでも任せて、自分はまた貿易商に戻りたいんだそうだ。懐かしい平戸の風景を、また見たい、とね。」


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