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富春江第二次渡河作戦15

 内藤監物が砲撃陣地に案内して来たのは、38式騎銃装備の南明軍騎兵隊だった。

 ただ構成員は全て、明国風の甲冑姿ではなく帝国陸軍か米軍仕様の軍服だ。

 その数、ざっと60騎。階級章を付けている者はいない。

 隊長は騎兵銃ではなくト式機関短銃を吊っているし、無線機を背負っている兵も一人いる。また、擲弾筒を装備した兵が混じっているのも特徴的だった。


 輸送隊長は立ち上がって「上虞以来ですね。趙大人!」と騎兵隊長を迎えた。

 騎兵隊の趙士超は「やあ! 兵長殿か。」と馬から飛び降りると、「元気そうで何より。」と笑った。

「寄せ手に兵長殿が居るんであれば、杭州城は既に落ちたも同然だな!」


 「有難いタイミングでの再会ですが、趙大人は何故なぜこちらに?」

と輸送隊長が問うと、趙は「うむ、それなんだが」と説明を始めた。

「車騎将軍は海塩平定後、陸上軍を桐郷とんしあんを経て嘉興ちあしん方面に進め、同時に金山ちんしゃんに別部隊を上陸させる腹なんだ。ただ、軍を動かす前に、杭州の清国軍戦力が撃滅されたものだかどうか情勢を確認しておく必要があるだろう? 空き家同然の心算で嘉興に攻め込んだは良いが、杭州を無事脱出した清国軍が大挙して雪崩れ込んでいた、なんて事になったら面白くないからな。それで俺が杭州の偵察を買って出たんだが、夜空に赤気が立って城が燃えてる気配があるじゃないか。何事ならんと慌てて馬を飛ばして来たら、内藤君に出会ったと云うワケさ。」


 会話を聞いていた内藤監物が「お二人は既に、お知り合いで?」と訊ねる。

 物に動じない彼も、これには少し驚いたようだ。

 「その通り。」と趙は笑って「俺は、あの恐るべき擲弾筒の使い方を兵長殿から教わったんだよ。兵長殿は上虞で、清国兵がミッチリ詰まった固い守りの望楼を、たった2発の擲弾筒弾でキレイサッパリ吹き飛ばして見せてくれたのさ。学ばない手は無いだろ?」

 そして「この兵長殿は一介の”兵”ながら、南明軍の所属なら将帥の一人であってもオカシクはない実力をお持ちなんだよ。」と説明を続け「……まあ、それだけ御蔵勢が化け物揃いって事なんだがな。」と結んだ。


 その後、趙士超は真顔になって「どんな具合だ?」と質問し、輸送隊長が戦況をかいつまんで説明した。

 趙は「ナルホド、ナルホド。」と頷くと「じゃあ城で青星弾が上がったら、そこの大砲で凄い音の空砲をブッぱなつという段取りかい。こうしちゃ居られん。」と、配下のライフル兵7騎を砲撃陣地のサポートに残すと馬に乗り、内藤監物に「アンタも来るか?」と声をかけた。


 内藤監物が「いえ、私めは杭州を離れるわけには参りませぬ。海塩などへは、とても。」と首を振ると、「そうじゃない。」と趙は目的を明かした。

「杭州城の北へ回るのさ。大砲の音に恐怖した清国兵は、命からがら北の門から逃げ出そうと思うだろう。ほとんどの兵は剣も鎧も捨てて、身一つでな。上手くすれば、逃げ出してきた李成棟の首が獲れるかも知れん。ヤツは流石に裸じゃないだろうから、目立つこと間違いナシだな。」

 慌てて内藤監物が部下の28騎に騎乗を命じる。


 輸送隊長が「御武運を!」と趙に敬礼すると、趙もキチリと挙手の礼を返して「兵長殿も!」と答礼した。

 敬礼を終えた輸送隊長は僅かに笑って

「実は趙大人」と呼びかけた。「伍長に昇進したのです。野戦任官ではありますが。」


 「これは失敬!」と趙士超は大笑いして「晴れて下士官任官か。でもアンタだったら、伍長どころか少尉に特進したってオカシクないと思うがね?」と手を振った。

「武運長久を、内藤伍長殿。しかし、アンタとあの若者が同性だったとはね。偶然ってのは、思いもよらぬ所で起きるものなんだな!」





 清国弓兵隊と睨み合いを続けていた明石掃部は、ついに痺れを切らして『機は熟したり』と馬得功に使いを走らせた。

 明石からの伝令と時を同じくして、関仁の鳥銃隊からも『未だ総攻めの勢は整わぬのか?』と催促状が届く。

 関仁は回廊に登ってから既に3度、敵突撃隊を押し返しており、その都度つど回を追うごとに敵に気迫や粘りが無くなっているのを感じ取っていたので”反撃に出るなら今!”とジリジリしていたのだ。

 特に最新の敵襲では、手榴弾投擲に至るまでもなく銃撃のみで敵が壊乱しており、回廊攻撃を担っている清国刀剣兵部隊の敢闘精神が尽きてしまっているのは確実だった。


 馬得功とて総攻めの合図を出したい気持ちがみなぎってはいたのだが、前線にバラ撒いた伝令からは『下知は承知。ただ兵に一息入れさせるために、しばしの御猶予ごゆうよを。』という返事を多く受け取っている。

 増援として後着した明石や関とは違って、馬得功は消火活動から立て続けに市街戦へと巻き込まれた先着組の疲労を――自分自身の実感として――共有・理解していたので、最後の一鞭ひとむちを振るうのに躊躇ためらっていたのだ。


 また――本心の深い部分では――戦闘にインタバルを取ったのは、単に自軍の疲労度のみを考えての惻隠そくいんの気持ちからの『小休止』だけ、ではなかった。

 老練な将である彼には、一息入れることで敵は更に疲労感を増すであろう、という冷徹な読みも持っていた。

 なにしろそれまでの数日間、紹興の街で休養充分であった馬得功配下の将兵とは違って、李成棟の兵は河岸陣地と城との往復で、常に緊張と不眠状態を強いられていたのだ。

 李成棟が如何いかなる手管てくだを使ったのかは分からないが、清国兵は残った体力・気力を振り絞って杭州城攻防戦で見事に力戦している。それは、敵ながら天晴あっぱれ、とでも言うべき奮戦ぶりではあるのだが、後に待っているものは……。

(馬得功も李成棟も共に知るはずのない言葉だが、現代人ならそれを「アドレナリン全開で」と例えるであろう。)

 気力の最後の一滴までを絞り切った後、息抜きの間合いが入って興奮状態からめたなら、後に残った物は正に”抜け殻”となる。

 味方に対する”情”にほだされたように見せつつも、馬得功の頭の中では「敵兵が何時いつ抜け殻と化すのか」という呼吸を計る作業が続けられていたのであった。


 だから回廊の関仁から、”援兵”ではなく”総攻め”の催促が来た事が、馬得功の決断の決め手となった。

 仮に清国兵が気力を残しているのであれば、回廊攻防でもたらされる催促は”攻撃”ではなく”援兵”だったであろう。馬得功は密かに関仁を、清国兵の熱量を測る温度計として使っていたのであった。


 「頃合ころあいは良し、か。」

 馬得功は薄く笑みを浮かべると、天空に向けて信号弾ピストルを構えた。


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