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富春江第一次渡河作戦12

 自動車化鳥銃歩兵第二班80名は関仁が率いて出発することとなった。


 百道中尉は自らが同行したかったのだが、『御蔵勢の協力は”兵の輸送”と”支援砲撃のみ”』という縛りがあるから、大将軍の顔を潰さないためには自分が動くわけにはいかなかった。

 そこで匪賊あがりではあるが近頃めきめきと成長著しい関仁が、指揮を買って出たのだった。


 「なに、城まで貨車に乗って行くだけでありますから、わたくしめで充分で務まりましょう。杭州に入れば総軍監殿の指揮下に入れば良いのでございますし。また道中は御蔵様の兵の申されるままに従います。」

 関仁とてスコップ兵の一軍を率いる押しも押されもしない南明軍将帥の一人である。いくら御蔵の兵とはいえ、下士官に過ぎない輸送隊長の指揮下に(一時的とはいえ)入るのは、面子めんつを重んじる将軍職の人間にとって面白くはないはずなのだが、彼の表情には微塵もそれを感じさせるところが無かった。


 その態度には二人の間の通訳を務めた福松も驚いたようで

「顧炎武殿から、関将軍の進みて礼を解するところ古人のそれに似て来たり、と伺っておりましたが、確かに。」

感心かんしんしきりだった。


 百道も「よろしくお願いいたします。」と深々と頭を下げた。

「なにしろタイミングが……ええと、各隊の拍子ひょうしを合わせるのが重要な作戦となりましょうから。」





 城壁から撃ち下ろしてくる鳥銃弾は、やはり清国側にとって脅威であったようで、敵兵は再び突撃隊を繰り出して回廊を力押ししてきた。

 しかし、積み上げてある『胸壁』と南明軍槍兵のピケットラインに阻まれ、鳥銃兵陣地のまで肉薄できないまま突撃は頓挫した。

 なお、この突撃には清国鳥銃兵は参加しておらず、杭州守備隊の持つ鳥銃数の枯渇が露わとなった。


 清国側は最初期の『寧波の壁』を巡る戦いから膨大な量の大小火器を失っていたし、台州戦以降の各戦いでも戦力を保ったままの秩序立った後退というものが出来ていない。そのために前線が失った分の兵器は”後方”からの補充頼みだった。

 しかし長く続いた明国内戦と明清戦争で既に兵器廠は失われ、工人も四散している。これは清が占領した後でも同様で、いまだ銃砲の生産数は回復しておらず、軍における銃火器数は常に不足気味であった。

 

 一方で南明軍は(元々水軍衆の鳥銃保持数が多かったことに加えて)、火力支援を御蔵勢に仰ぐことにより初期の戦闘のころから”火力不足”は経験せずに済み、尚且なおかつ鹵獲品や御蔵勢から購入した鳥銃と手榴弾を装備したことで、両軍の間の火力バランスは――御蔵勢のサポートを除いても――杭州戦役時には大きく差を空ける結果となっていたのである。


 李成棟は苦しい台所事情の中、出来得る限りで”鳥銃のやりくり”をこなしていたと言えるかもしれないが、遊撃隊を送り出すにあたって数少ない鳥銃兵の一部をそれにいた。

 遊撃隊は『杭州城~富春江の渡し場』間の連絡・通行を妨害するなど一定の成果を出しはしたが、結果的には”肝心の杭州城市街戦での鳥銃不足”を招くことに繋がった。


 そう云った事情から、火器不足の清国軍は回廊上に狙撃兵を並べた南明軍に対して、鳥銃に替わる間接攻撃兵器として弓兵を送ってきた。

 先に南明側が擲弾兵で城壁下から回廊攻撃を行ったように、毒矢を装備したエリート弓兵に城壁下の闇を進ませ、曲射で回廊上の南明兵を狙ったのだ。

 毒矢を使ったのには理由がある。上から顔と銃だけを突き出して弾を撃ち下ろす南明兵に対して、城壁下から矢を射かけようとすれば清国弓兵は全身を晒さなければならない。的としての表面積が違い過ぎるのである。

 木製の薄い一枚板程度の楯であれば、至近距離ならライフル弾を用いずとも鳥銃用丸玉弾で貫通する。かと言って、重い攻城用遮蔽物などを用意する暇は無いし、仮に用意出来たとしても”そんな物”を持って城内をウロウロしていれば、直ぐに南明槍兵隊の目に留まって駆逐されてしまう。

 それに毒矢という”兵器”は、弓兵なら誰でもが使えるというシロモノではない。ハンドリングを間違えたならば自らの命が危ないわけだから、特に夜間のような状況下で使用できるのは、猟兵部隊のような一部エリートに限られるわけだ。

 だから清国エリート弓兵による曲射攻撃は、大量の毒矢を一斉に射かけることが出来なかったために――回廊上の南明軍混成鳥銃隊を悩ませはしたが――制圧するには至らなかった。

 一方で混成鳥銃隊側も、虎の子の手榴弾を馬得功に供出していたから壁下の弓兵を簡単には排除出来ず、槍兵の一部を馬得功のもとに走らせて、旧式の投擲兵器である震天雷の在庫が到着していないか探させていた。


 明石掃部の150騎が杭州城に到着したのが、丁度この頃である。

 明石は、馬得功が150騎を単なる銃兵として下馬戦闘に投入するのには一旦「待った」をかけたが、回廊を巡る戦いで混成鳥銃隊が苦戦しているのを聞くと方針を変え、10名を割いて擲弾兵として回廊を進ませた。

 手榴弾の一斉投擲により、既に死傷者続出でありながらも強固な意志で頑強に任務を継続していた壁下の清国猟兵部隊は、呆気なく壊滅したのである。


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