富春江第ニ次渡河作戦9
「軍師将軍! 杭州で赤気。」
河畔の幕舎で仮眠を取っていた福松は、伝令から急報を受けた。
赤気というのは、夜空に赤い気が立つことだ。
望気術や赤気などと書くと非科学的なように感じるかもしれないが、距離が離れていて炎そのものが観察できない場合でも、地上の大火は夜空を照らして赤味を演出する事実があるから、夜間に人工的な明かりの少ない時代には遠方の変事を知るのに有効な手段であったのだ。
「むう……。李成棟は城に火をかけたか。」
この時彼は、退却のための焦土作戦であろう、としか考えていなかったが、念のためにと
「張将軍と関将軍、それに明石将軍に変事を報せ、警戒を厳にするよう伝えよ。」
と命じた。
それから身支度しつつ通辞を呼ぶと
「百道中尉殿の耳に、杭州で大火が起きている、と入れておいてくれ。」
と依頼した。「久々にグッスリ眠っておられるところに、悪いがな。」
仮設の望楼まで馬を飛ばすと、福松は梯子を登った。
上では監視の兵が遠眼鏡で杭州側を観察している。
福松は遠眼鏡を借りると、北天を覗いた。
確かに赤い。
「大将軍へは?」と問うと、「急ぎ、使いを送りました。」との事だった。
唐王は渡河が順調に進むのを見て、夕刻には紹興城に帰ってしまったらしい。
福松は憮然として梯子を下りた。
次に彼は渡し場へと足を伸ばした。
戻り舟が来ているはずだから、何らかの情報を得られるであろうと考えたからである。
「おお、軍師将軍!」
渡し場の責任者が目敏く騎乗の福松を見つけ、声をかけてくる。「敵は城に火を掛けて逃げた模様です。馬将軍は――おっと、総軍監様ですな――先ずは敵を追うより兵に消火を命じられたとのこと。」
「城を退く時には退路に殿を伏せておいて、追撃隊に痛打を与えるのは定法であるからな。」
と福松は頷く。「馬将軍は様子の分からない夜間の追撃を避け、城の火を消し止めた後、明朝にも追撃の軍容を整えるお心算なのであろう。」
そして福松は「渡河に支障は出ておらぬか?」と責任者に問うた。
責任者からの返答は「ございませぬ。舟は順調に行き来しております。」というもので、彼は「何ぞ火災以上の障りが出ましたら、おっつけ報せが入るとは思いますが。」と結んだ。
――御蔵の無線機が城まで出張っておったならばな!
と福松は思ったが、御蔵勢の力は借りぬ、と大将軍が決めていた以上、今さら悔やんでも後の祭りである。
幕舎に戻った福松は「林を呼べ。」と子飼いの情報将校を呼びに行かせた。
林には彼の隊とともに馬ごと艀で対岸に渡らせ、杭州城の様子を探らせる考えだ。
ただし艀だと、一舟に積める馬はせいぜい2頭。50騎を送ろうと思えば、渡河作戦中の25隻を偵察隊移送のために拘束することとなり、これは艀全数の約1/8を占める。
また艀での移送となると、船端を越えての馬匹の積み込み・積み下ろしには、歩板となる厚板の用意も含めて手間がかかる。
――百道殿の鉄船が使えれば、一度に5隻で50騎を送ることが出来ように……。
と、ここでも福松は御蔵勢の持つ機械化力の凄みを、改めて思い知った。
回廊をめぐる戦いでは、清国長剣兵部隊が折り重なった血みどろ死体の山を築きつつ、度重なる突火槍の斉射を凌ぎ切った。
南明鳥銃兵が、手持ちの旧式使い捨て火器を全数撃ち切ってしまったのである。
残余の清国兵は――無傷な者など一人としていなかったが――「もう一押しで勝ちぞ!」と長剣を振りかざしたが、南明兵も空の鳥銃を棍棒代わりに振り回して抵抗する。
『弾無し銃』を手にしていても鳥銃兵の士気は衰えず、清国長剣兵が期待していたように総崩れになって後ろを見せる心算は更々無かったのだ。
この士気の高さは南明軍内で、台州攻略から紹興戦まで戦勝続きで兵数が増えすぎていたために、ベテラン兵士や郷党出身の志願兵を除く、それまでに現地で動員された”それほど戦意が高くない兵”を故郷へ帰すなり荒れた農地の再開発といった生産職へと振り向けるなりして、選別した結果がもたらしたものだった。
言い方を替えれば、必要に応じて『贅肉を削ぎ落した結果』とでも評するべきか。
確かに『数は力』というのは、装備や士気が同等である場合には、戦場における真理ではあるのだが、大軍はとにかく物資の消費が多くなる。
兵一人が一日に1㎏の穀物を食べるとするなら、2万の軍勢の消費量は20t/日。20万人だと200t/日だ。
糧秣の輸送力(兵站力)が伴わなければ、大軍勢は自重で圧壊してしまうのである。
だから戦場では、直接戦闘参加する兵員数は全兵数の内の1割からせいぜい3割までで、残りの7割から9割は後方支援に充てざるを得ない。
現地調達という手段もある――いや、むしろそれが一般的であったのだが――農民・住民層からの支持を失うことに繋がる上、”そこに物資が既に存在しなかった場合”速攻で『詰み』なのである。
幸いにして河南地方は大穀倉地帯だから、今は何とか食料確保が出来ているが、余剰兵を帰農させるのは今後の南明朝政権の行方を考えれば”打たなくてはならない一手”であった。
また必要物資の確保という観点以外にも、大兵を率いるのには糧秣が大量に必要なばかりでなく糧秣を消費した結果としての『排泄物』も莫大になるという問題がある。
兵一人が一日に200gの糞を出すとするなら、20万の軍勢であれば40t/日。4tトラック10台に満載の量である。
適切な屎尿処理を怠れば、大軍勢とて伝染病で壊滅するのである。
以上の理由から紹興で再編を終えた”選抜された南明軍兵士”は、ただその場で槍や剣を渡されたばかりの未熟な動員兵とは違って既に経験値を持った兵士であったし、その中でも”鳥銃”という訓練を受けなければそもそも使いこなすことが出来ない兵器を持った鳥銃兵は、タフな兵士であったのだ。
映画やドラマに登場する火縄銃は銃口から火を噴くだけだが、実際の火縄銃は操作兵の顔の直ぐ傍で火皿から火薬の火が飛び散る。雷管式の後装銃とは違って肝が太くなければマトモに扱うことが出来ないのである。
乱戦の中で、長剣で串刺しにされる鳥銃兵が居る一方で、銃床で顔面を砕かれる長剣兵も出る。
互いに無傷であったなら、近接戦闘では長剣装備の清国兵に利があったのかも知れないが、既に突火槍の小散弾で手負いになっていた長剣兵は、一人また一人と鳥銃兵の銃床で撲殺されていった。




