富春江第二次渡河作戦8
回廊から白襷の清国兵を狙撃していた南明軍鳥銃兵は、背後から大荷物を抱えた20人弱の味方が近づいてきた事に気付いた。
「増援か?」と問うと、近づいてきた兵はそれぞれ背負っていた30本ほどの竹筒を降ろし、へへへと笑ってみせる。
「突火槍でさぁ。派手にやってやりますよ!」
突火槍というのは、節を抜いた竹筒に火薬と散弾とを詰めた使い捨ての近接火器だ。
射程は銃口から5mほどと極端に短いから狙撃の役には立たないが、発砲音だけは鳥銃に負けない派手派手しさを持っている。
鳥銃による狙撃に突火槍の射撃音も加わると、清国兵側としては心理的にも開けた場所の移動に慎重にならざるを得ず、採りうる戦術に制約がより加えられることになる。
「さて、おっ始めますかね。」
突火槍兵は竹筒の一本を手に取ると、火縄にフウと息を吹きかけた。
杭州城紹興側で整列を終えた南明軍槍兵隊は、穂先を揃えて前進を開始。
兵数は300を僅かに超えるほどだが、消火活動に参加しなかった新手だから活力は漲っている。
また背後では次の隊列が編成中であるから、敵中で孤立する心配も無く、士気は高かった。
城壁からは盛んに射撃音が響いているが、槍隊に向かってくる弾の気配は無いから、味方の援護射撃であろうと歓声でそれに応えた。
しばらくは何事も無かったが、城の中央近くまで進軍すると松明を手にした白襷の姿をチラホラ見掛けるようになってきた。
白襷は槍隊の姿を発見した途端、松明を投げ捨てて後退する。清国軍の物見のようだ。
前列が追撃しようとするのを隊長は「逸るな!」と制する。
「隊列を崩すなよ。このまま槍衾で押し上げて行くぞ!」
城壁から撃ち下ろしてくる南明軍の鳥銃隊に、清国軍もただ手をこまねいていたのではなかった。
北側の階段から剣と楯とを装備した兵を登らせ、回廊伝いに邪魔な敵の掃討に向かわせたのだ。
南明軍鳥銃隊・突火槍混成部隊と、吶喊を上げて殺到する清国軍掃討部隊とは、狭い回廊上で激突することとなった。
鳥銃兵は眼下に撃ち下ろしていた銃を、慌てて掃討部隊へと振り向けたが、前装式の銃は再装填に時間が掛かる。
掃討部隊は敵弾を避けようもない回廊を、次々に犠牲を払いながらも突進を続けた。南明兵が再装填を済ます前に剣の間合いにまで辿り着ければ勝ちである。
あと数歩、という所まで肉薄し、勝利を確信した清国兵は楯を下げて剣を振り上げた。
と――
数十丁の突火槍が火を噴いた。
轟音が周囲を支配する。
剣を振り上げたまま清国兵集団は、至近から時代遅れの火器が噴き出す散弾と発射炎を浴びた。
突火槍を放ったのは、突火槍兵だけではなかったのだ。
南明軍鳥銃兵は再装填が間に合わないと気付いた時、先込め火縄銃を捨てて旧式火器を手にしたのである。
突火槍は装填済みの使い捨て兵器だから、鳥銃とは異なり発砲間隔が短い。
直ぐに第二斉射が轟音を発した。
前進を続けていた南明軍槍隊は、前方に敵槍兵の隊列を認めた。
物見からの報せを受けて、清国軍も槍衾には槍衾で迎え撃って来るようだ。
南明軍の槍隊指揮官は
「構え! 声を出せ!」
と号令した。
配下の300名が「おう! おう!」と大声で相手を威嚇する。
城壁の方で、ひときわ激しい射撃音が響いたが、それを凌駕するような怒号である。
対して敵隊列も大声でそれに応じ、両軍はそれぞれ隊列を組んだまま、駆け足で激突した。
槍衾同士の押し合いは、最前列では個々の兵の士気が有利不利を分けるが、隊全体で見ると兵数の多さが物を言う。
300ほどの南明軍に対し、清国軍は500ほどを振り向けてきたから清国有利かと見えたが、清国軍が優勢を示したのはほんの数分の間だけであった。
南明軍槍衾の背後から、ヒューズの燃える白煙を引いて、数個の手榴弾が清国兵隊列へと投げ込まれる。
爆発と悲鳴。
後列が手榴弾の被害を受けた清国軍槍衾は、狼狽して裏から崩れた。
その機を逃さず南明兵が一際激しく槍を突き入れる。
穂先を上げてしまった清国兵は、次々に槍の餌食となった。
「押せ、押せ!」と南明軍指揮官が兵を鼓舞する。
清国側の隊列でも「持ち場に戻れ! 敵は小勢ぞ!」と声が上がったが、怯んだ兵の逃げ腰は戻らず、先頭の横隊はどっと後ろに下がった。手榴弾攻撃を受けて地面に転がっていた負傷兵は、味方の足で止めを刺される。
熱狂状態の南明兵は、「殺れ!」 「殺せ!」 と口々に叫びながら、清国兵の亡骸を踏み越えて前に進んだ。
突火槍の斉射を浴びた城壁上の清国兵は、小散弾や発砲炎をまともに喰らって顔面を血塗れにして倒れたが、発砲時のガス圧が低い突火槍は貫通力が高い兵器ではない。
鳥銃弾とは違って楯や甲冑を貫くことは出来ないのだ。
だから後ろに続く清国長剣兵は楯をかざし、邪魔な前列の負傷兵を押し退けるようにして前に出た。
後列とて流れ弾の小散弾が体のあちこちに食い込んで無傷というわけにはいかないが、戦闘不能なほどの深手ではない。
狭い回廊で後ろを向いて逃げ出したとしても追い打ちを受けるだけだから、生き延びようと思えば遮二無二進んで、南明兵を切ってしまうしかない。
突火槍の第二斉射でまた何人かの清国兵が喰われたが、楯のおかげで第一斉射の時より被害は少なく、逆に南明兵側では振り下ろされた長剣を竹筒で受けようとした兵の一人が、突火槍ごと頭を割られた。
回廊をめぐる戦いは、両軍の犠牲を払いながらの我慢比べとなり、戦いの帰趨は突火槍の残数が握っていた。




