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富春江第二次渡河作戦4

 第五波の兵が到着したことで、馬得功指揮下には9,000を超える兵数が集まった。

 その間、杭州城側からの逆襲は無く、清国側が何を考えているかは判らないままだった。

 随時送り出している斥候からも

「敵影なし。」 「動きは見られず。」

という報告ばかり。


 このまま待機を続けていれば、兵がだれるであろう、と判断した馬得功は前進を命じた。

 中央に槍兵を配し、左右を弓鉄砲で固める。敵が仕掛けて来れば、まず飛び道具で迎え撃ち、槍隊が突き崩すという構えだ。

 虎の子である擲弾兵は、戦闘に自在に投入できるよう手元に置く。

 騎馬の兵は、幕僚の他には40騎ほどしかいないから騎兵部隊を編成するのは無理で、これも敵弾兵同様に自分の手元に配置だ。

 「はやるなよ。時が進むにつれて我が軍の兵数は増すばかりだ。周囲に目を配りながら、ゆるゆると進むのだ。兵が膨れ上がるのを見て、敵は焦りを覚えるであろう。」

 馬得功は大声で訓示をあたえながらも

――はたして李成棟は、我らの動きを視ているのかどうか?

と内心では疑問を感じていた。




 馬得功からの返事を受け取った福松は「気付いておられたか。」と頷いた。

 やせても枯れても総軍監を務めていた男である。いくさに関して抜け目は無いようで、彼を軽く見ていたことを少し見直した。

 福松はその足で”御蔵の大将”を訪ね、馬得功との遣り取りを伝えることにした。


 「おお! 軍師将軍。」と福松は百道中尉から歓迎を受けた。「お忙しいところを、お運び頂いて恐縮です。」

 福松は「馬将軍は気付いておられました。」と馬得功からの返答を前置き無しで切り出す。

「砲撃を受けて死んでいた敵の前衛は、海塩から逃げ戻った兵ばかり。李成棟は手練てだれを手元に置いて、怖気づいた敗残兵を弾除けに使ったものかと。」

 ただし、と福松は続けて「杭州の兵とて御蔵の砲にはおびえておりましょうから、城から兵を退かせる時を稼ぐための策やも知れませぬ。」と、李成棟が防衛ラインを湖州ふーちょう方面へと引き下げた可能性を示唆した。

 湖州は京抗大運河沿いの重要拠点で、南明軍が南京を目指そうとするなら、必ず取らなければならない城でもある。

 逆に清国側から考えるならば、湖州を取られると紹興の南明軍は大雑把に言って

宣城しゅわんちょん蕪湖うーふー馬鞍山まーあんしゃん→南京

という最短ルートと

無錫うーしー常州ちゃんちょう鎮江ちぇんちあん→南京

という太湖たいこ沿いから揚子江に抜けるルートの、二つを選択できることになり、その両方を警戒しなければならない事となるのだ。

 それだけに、李成棟が杭州を捨てて湖州防衛に兵力を集中しようと考えたとしても不思議はない。湖州であれば、杭州と紹興との間のように大河で隔てられているわけではないから、今回は不調に終わった浸透攻撃や迂回攻撃を成功させることが出来ると思い描いたものであろうか。


 「ふむ、それは朗報。ちと気を回し過ぎましたかな。」

と”御蔵の大将”は破顔した。

「では、物見のために飛行機を飛ばしてみましょうか? ちょう良い具合に、寧波から”たまたま”交代の機が来ておるのです。」

 そして百道は「一機を杭州の上に張り付け、もう一機を湖州に向かう街道に偵察に向かわせては?」と案を出してきた。「念のために、爆裂弾を積んだ機体を3機、寧波に待機させておりますし。」


 「それは妙案でありますな。」

 福松は百道の手配りの良さに舌を巻いたが、唐王が許すまい、との諦めの念も強く

「しかし先ほど意見具申に伺った折、大将軍は明朝独力で杭州を落とす覚悟が固いと見えました。凧を飛ばすのを快くは思われますまい。」

と答えざるを得なかった。


 「なるほど、大将軍閣下の御意思でしたら、94式は滑走路に止めておくしかありませんな。」

 百道は福松の答えに理解を示した。「自分も上から、要請無き行動は慎しむよう、言い含められております。」

 ただし、と彼は続けて

「御要請いただいたら、直ぐに飛ばせるようにはなっております。何か有りましたら、遠慮なく言って下さい。」

と軍師将軍に敬礼した。




 馬得功が杭州城を望む位置に着いたころには、彼の手元には14,000ばかりの兵が集まっていた。

 しかも後続の渡河はなお進行中だ。

 牽引筏による物品輸送も始まり、大発に載せる馬も騎兵用は一時中断して、輓馬ばんば駄馬だばが優先されていた。


 14,000の兵は大軍である。しかし城を囲んだり、攻め入るにはまだ足りない。

 それに本格的に籠城した敵を攻めようと思えば、梯子はしごや攻城塔などを含めて物資が必要である。

 また、兵は飯を食わねば戦えない。一日二日であれば腰兵糧こしびょうろうで済ませられても、炊事の支度はさせなければならないし、休息だって不可欠なのだ。


 馬得功は陣を構える事に決め、野営の準備を兵に命じると、同時に手元の騎兵を一纏めに城への偵察に出した。

 一部の兵には竹を切り出して、梯子を作らせる。


 騎馬偵察隊から伝令が戻って来たのは炊煙が上り始めてしばらくしてからのことで、伝令は息を切らしたまま「申し上げます!」と大音声を上げた。

「城の旗は全て降ろされ、門は開け放たれたまま、にございます!」


 幕僚たちは報告に色めき立ったが、馬得功は「慌てるな!」と皆を制した。

「李成棟めが古臭い”空城の計”を持ち出して来たのやも知れぬ。時は我が方に利がある。急いで攻め入る愚は犯すべからず。」

 そして、先ずは落ち着いて飯を食え、と落ち着いた声で粥の煮立った鍋を指差した。


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