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富春江第二次渡河作戦3

 大発の歩板が下りると、騎乗の馬得功は幕僚と共に杭州側の陸を踏みしめた。

 御蔵勢の大砲に恐れをなしたか清国兵は気配も無く、第一波の将兵は既に先を急いでいて河岸では銃声やときの声も聞こえない。

 振り返れば、第二波の艀群が富春江を半ばまで迫って来ていたし、彼らを運んだ大発は歩板を上げながら後進をかけ、第三波を迎えに戻りはじめていた。

 「順調、順調!」

 馬得功は馬に鞭を入れ、幕僚たちに「さて、先頭を追いかけるぞ。」と呼ばわった。




 福松から、李成棟には秘策あるやも知れず、と告げられた大将軍はウゥムと唸ったが

「既に矢は放たれた。かくなる上は騎虎之勢きこのいきおいにて、あたら迷わず進むべきであろう。」

と突き放した。

はや、車騎将軍(鄭芝龍)は海塩を下して東から杭州を窺う。我らがここで手をこまねいておれば、杭州攻めの功は”そなたの父”に帰することにならん。……まさか、それが望みではあるまいな?」

 福松は『そうではないのだ!』と叫び声を上げたかったが、それをグッと飲み下すと、一礼して梯子はしごを下った。




 爆装機の派遣要請をした百道は、ハミルトン少佐から『それは大将軍からの要請か?』と確認を受けた。

 前に「今回の杭州攻略には、渡河の安全確保のみの協力を要請されている。」との報告をしていたからだ。

 百道は「違います。自分の考えです。」と返答した。

「杭州側の反撃が、あまりに少なすぎます。まるで無風です。罠かも知れません。」

 少しの間を置いて『要請を却下する。』と結論が述べられた。

『GAは我が軍に対して懸念を払拭しきれていない。将軍ジェネラル鄭や監国閣下とは違ってな。同盟軍とはいえ勝手な動きをすれば、GAの不信感は増すばかりだろう。』

 GAとはジェネラル・オブ・ジ・アーミーで元帥げんすいを意味する。ここでは大将軍 唐王のことだ。

 『ただし、寧波飛行場には爆装の98式直協を3機待機させておく。それと紹興仮設滑走路の94式には、今から”代替機”を送る。投下筒の替わりに小爆弾8個を積んだヤツをな。GAか軍師将軍から許可が出れば、寧波の98式も直ぐに飛ばす。それで良いか?』

 「御配慮に感謝いたします。」百道は無線電話の送受話器を握ったまま、深々と頭を垂れた。




 応天府(南京)陥落前後の挙動から福松らには不信感を持たれてはいるが、馬得功が”政治的にも軍事的にも”修羅場を潜った経験豊富で老練な将であるのは間違い。

 彼は馬を進めながら”放棄されたままの旗の数に比して清国兵の亡骸なきがらの数が異様に少ない”ことに気付いていた。

 御蔵の火砲から、背をこすられるようにして第一波は清国陣地に飛び込んだのだから、死傷者を――少なくとも死者を――収容する余裕が清国勢には無かったはずなのである。

 ――最前線に出ていたのは、旗を抱えた雑兵ばかりか! 李成棟は何を考えている?


 方陣を組んだ1,850人の先頭集団に追いついた馬得功は、まずは「よくやった!」と第一波上陸の勇をねぎらい、「疲れておろうが、やってもらわなければならない事がある。」と声を張った。

 対して兵からは

「疲れてなどおりません!」 「敵が勝手に逃げてしまっていたんでさあ!」 「田将軍の仇討ちを!」

などと前進継続を望む様々な声が上がり、第一波の士気が高く保たれたままなのを示した。


 「まあ、待て。」と、馬得功はヒートアップした部下に、今度は少し穏やかに呼びかける。

「後続を待たねばならぬ。いくら一騎当千の強者ばかりでも、さすがに2,000では城は落とせぬ。」


 「確かに!」 「そりゃそうだ。」

 奔馬ほんばのようにはやっていた兵たちの間にも、馬得功の言葉で余裕が出たのか笑いが起こった。


 それを見て「やってもらいたい事とは他でもない。」と馬得功は話を続ける。

「後続を待つ間に、息の有る清国兵を探し出して欲しい。ちと、問いただしたいことがあるのでな。遠くへは行くなよ。50人ほどずつの班を作り、固まって動くのだ。」




 福松から伝言を託された第三波の騎兵が馬得功に追いついた時には、先頭集団は3,500ほどにまで増えていた。

 伝言を受け取った馬得功はそれを一瞥いちべつすると、ふむ、と頷いた。

「ここまで急いでくれた処なのに悪いが、急ぎ軍師将軍に伝言を頼む。『今日、河岸に出向いておった清兵は、みな海塩から逃げ戻った者ばかりであった』とな。李成棟めの子飼いはらぬ。旗だけを持たせて捨て駒にしたわけじゃ。確かに御蔵の大将が申すよう、彼奴きゃつが何かを企んでおるのは間違いなかろう。『礼を言う』と伝えておいてくれ。」


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