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カヤキ28 クマさんと一緒に端島の採炭現場を見学する件

 勤め先に義理が有る、と態度を保留したクマさんに

「それはそうですな。義理を欠いてはおとこすたる。御立派なお考えです。」

と少佐殿は理解を示した。

「義を見てせざるは勇無きなり――おっと、これは違うか。ま、急ぎませんから御熟慮お願いいたしますよ。」


 仮にクマさんがホントウに隠密であったとしたなら、謎の『御蔵の里』に潜入調査する絶好のチャンスだろうが、元締めである側用人の”中根・壱岐守・正盛(平十郎)”の許可を得るか、少なくともつなぎを付けておくかしないと帰任する方法が無くなってしまう。

 身分的には与力よりきか同心で、江戸には家族や親類縁者も居るであろうし、おうともいなとも即答し辛いのは当然だろう。

 僕は『クマさんがコッチに来てくれたなら、源さん(大内警部補殿)とか大喜びそうだなぁ』なんて考えてしまうが、彼にだって”役目を離れた日常”ってものが在るだろうし、平行世界に転移してしまった僕らとは事情が違っているのは承知している。

 だから

――寺男が連れて来る『龍造寺家支配の肥前再興派カルト』が、優秀かつ説得可能な人物であったのなら、舟山島に落ち着いてもらいたいなァ。

なんて妄想するのだが、義理人情絡みとかでなくカルトにガチ嵌りしてしまった人物であるのなら、洗脳を解くのは不可能かも知れない。

 理性の世界に生きているクマさんとは違って難しい部分である。


 さて奥村少佐殿は次にどんな攻め手を繰り出すのかな? と考えていたら、通信所詰めの当番兵が天幕から顔を出して「少佐殿、海津丸から連絡が入っています。」と告げてきた。

「司令部から連絡が入ったようで、次の石炭運搬船の出航準備が整った模様。」

 少佐殿は「おお、そうか。了解した。」と当番兵に返答すると

「話が尻切れトンボになってしまって申し訳ないが、少し失礼する。熊蔵さん、先ほどの話、よく検討してみて下さい。」

とクマさんに向けて言い「連れてきた貨物船が満杯になったようで、代わりの船を頼んでいたところなのでね。その段取りが付いたようだ。」と通信の内容を説明した。

「次に来る船には、ここ端島に産する石炭を焚いて動かせる小型船を載せてくる。御奉行にも視て貰って、良ければ使ってみてもらいたいと話を進めているところなんだ。」


 鴻池さんが石炭蒸気船に魔改造していた、バートル級の内航船が用意出来たようだ。

 僕はこの件が奉行所との間で既に進行中だとは知らなかったのだけれど、ミッチェル大尉殿か早良中尉殿が上手く段取りを付けたのに違いない。


 クマさんは「へい。お忙しい中、お時間を取って頂き有難うございました。」と頭を下げ「アッシのこたァ結構ですから、お仕事どうぞ御存分に。」と少佐殿が天幕に入るのを見送った。

 それから彼は、フウと一つ溜め息をくと

「しかし修さんも、お人が悪いね。冷や汗かいちまいましたぜ。」

ひたいを拭う。「師匠だなんてねェ……。奥村の殿様、とんでもねェ誤解しておられやすよ?」


 僕は「そうなんですか?」とトボケる。

「オキモトはかく、少佐殿の眼力がんりきはガチですからね。」

 そして「じゃあ、実際に掘っている所を観に行きましょうか。」





 バックホウが掘り上げるズリ混じりの石炭を、ブルドーザーが作業スペースまで押して行き、日雇い契約した蚊焼村の人たちか手早く分別してベルトコンベアに乗せる。

 蚊焼村の人たちは、これまで石炭の分別なんてやった事は無いはずなんだけど、数日間の実務を経て素晴らしい手さばきを見せている。

 コンベアで運ばれた石炭は、輸送ベースに待機したダンプトラックの横に小山となり、ホイールローダーが荷台に積み込む。

 残ったズリやボタは、その日の作業の最後にブルドーザーが海浜まで押して行き、端島の拡張に使われているのだそうだ。


 「今は軽油で発電機を動かしてますけどね」と作業場の班長さんが大声で教えてくれる。「次のフネで石炭ボイラが届く予定なんで、そうすりゃ軽油の発電機は、ここでは用済みになります。焼玉エンジンを使うって手もあったんですが、せっかく石炭が出るんだから、コンベアも石炭で動かすのが無駄が無いでしょう。」


 「石炭ってェのは、スゲェもんですなぁ。」

とクマさんが班長さんに負けず劣らずの大声で応える。

「あんな荷運びのカラクリまで動かしてしまうテェんだから。アッシゃあ今まで、焚物たきものに使えるだけだって思っていやした。」


 班長さんは「いや、薪炭で代用出来なくはないんですよ。」と、これもまた大声。

「しかしカロリーが高いし、これを木材でやろうと思ったら、山が禿げちゃうでしょう。」


 「山が禿げるとですね」と僕も負けずに大声を出す。「水を保つ力が減って、鉄砲水の原因になったりします。薪炭の代わりに石炭を使う事で、洪水の危険も下がるってワケです。」


 「そいつァ驚いた!」

とクマさんがコッチを向く。

「便利なだけでェで、治水にも役立つとなりゃあ、おかみも石炭掘りにウンと言わざるを得ねェ。」


 ――『治水に役立つ』か!

 慎重なクマさんが興奮の余りか、ちょろりと尻尾の先を見せた。


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