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カヤキ26 クマさんに端島で奥村少佐殿を引き合わせる件

 「じゃ、クマさんをお借りします。」

と頭を下げると、御住職は「ほい、気を付けて行っておいで。」と快く送り出してくれた。

昼餉ひるげには、頂戴した”しいれえしょん”を食すとしよう。楽しみじゃな。」


 波止場には既に甲型高速艇がもやってあって、小林艇長殿が

「熊蔵さんの分の軍靴やヘルメットはコレだよ。」

装備品の段ボール箱を出してくれる。「サイズが合わなかったら、言ってくれ。”着付け”が終わったら出発する。」


 僕はクマさんに

「端島の現場は、足元になんアリですからね。面倒でしょうが安全のために着替えて下さい。」

と作業衣袴の上下を取り出す。「長袖・長ズボンに革靴じゃないと、怪我をするかも知れません。」


 クマさんは「うへぇ、まるで戦支度いくさしたくみたようで。」と言って、袴下こしたや作業衣袴を身に着けていく。

 軍足を穿いて軍靴に足を突っ込んだところで、僕が靴の編み上げとゲートル巻きを施す。

 クマさんの足にゲートルを巻きながら

――これ、転移当初は何度やっても上手くいかなかったんだよなあ……

と妙な感傷に駆られてしまった。

「足先とか、痛くないですか?」


 「へえ、大丈夫なようで。」とクマさんは申し訳なさそうに言う。

「修さんに、足の世話までしてもらうたぁ、いかにも申し訳ありやせん。」


 「いえいえ、初見しょけんでゲートル巻きをヤルのは、むつかしいんですよ。」

とそれを終えると、続いて救命胴衣に取り掛かる。

「これはよろいじゃなくて、海に落ちた時に沈んでしまわないための浮きです。」

 「どおりで。」とクマさんが合点がってんする。「……いえね、妙に軽うござんすからね、鉄砲の弾なら抜けちめぇだろぅに、なんて首ィかしげていたところでして。」


 クマさんがヘルメットを被り終えたところで

「準備ヨシだね? じゃ、出すよ。」

と艇長殿が機関士さんにGO!を出す。

 高速艇は波を切って海面を滑り始めた。


 クマさんは舷側にシッカリつかまって「こりゃはええ。小早こばやなんて、目じゃネエや。唐天竺からてんじくまで、ひとっ飛びだ。」と吠えた。

 僕が「痛快でしょ?」とエンジン音に負けないように大声で言うと、クマさんは「それどころじゃネエですよ。」と応じてきた。

ひざァ、ガクガク震えてまさァ!」


 ――ふむ。こんな事くらいでは、尻尾しっぽを出しそうにない、か。





 浮き桟橋に上げてもらうと、桟橋で交通整理をしていた輸送班の人が

「おっ! 室長さん。取材かい? 現場に行くなら、そこのソダを使って良いよ。」

と98式装甲運搬車を指差してくれた。


 僕は「助かります。」とお礼を言って、クマさんには荷台に座ってもらい、自分は運転席に乗り込む。

 クマさんは「修さんが動かすんですかい?」と、一旦は心配そうな声を上げたが

「いえ、腹ァ決めやした。やって下せえ。矢でも鉄砲でも持って来いってなモンですよ。」

と決意を述べた。

 「装甲板で覆われていますからね、矢でも鉄砲玉でも弾き返します。」

と僕がとぼけたら、クマさんは「……いえ、鉄砲で撃ってみせろ、なんて、生意気ナマァ言ってるわけじゃねえんで。」と、ちょっとだけ慌てた。

「江戸っ子の心意気ってヤツでして。」


 僕は「ゆっくりですから、心配はありませんよ。」とエンジンを始動させる。

「じゃ、出します。」

 動き出したソダの荷台で、クマさんは「おお、こりゃ楽チンだ。」と歓声を上げた。

「しかしホントにユックリだね。歩いた方が早えくらいで。」


 「道が悪いのと、僕が小心者なのとでユックリ走っていますけど、コイツは時速40キロまで出るんですよ。」

とソダのカタログスペックを告げる。

「ええと時速40キロっていうのは、半時はんときで10里を走る速さ、ですね。」


 「半時で10里ですってェ?! 馬の駈足かけあしより速ええじゃありやせんか!」

 馬が襲歩ギャロップで走れば60㎞/hくらい出せるのだけど、5分が限界。30㎞/hの駈足でも30分が限界だ。クマさんが驚くのも無理はない。逆に長距離移動するときの並足なみあしだったら、15㎞/hくらいの移動能力である。

 僕は「しかも馬と違って、ソダは疲れ知らずですからね。」と付け加えるが、燃料が尽きれば叩こうが蹴ろうが動かないことは伏せておく。


 もっとも掘削を始めてから日数が経っているから、三左衛門さま(黒田一任)や孫六さま(鍋島安芸守)と見学ツアーを行なった時に比べれば、道は拡張された上にボタやズリが敷き詰められで見違えるほど良くなっているので、石炭山積みのダンプトラックとの離合時間まで含めても、現場まではアッと言う間だった。


 「オオ、片山くん。今日は珍客と御一緒だね。」

と通信所天幕で迎えてくれたのは奥村少佐殿。

 一応、奇遇だという様子は見せてくれているのだけど、船着き場で交通整理をしていた輸送班か、高速艇の小林艇長殿から既に連絡は行っているハズ。

 僕は「今日は石炭を分けてもらいに来ました。こちらのかたは、お寺でお世話になっているクマさんです。」と挨拶する。


 少佐殿はニイッと猛獣の笑みを作ると、ペコペコと頭を下げて小物感を演出しているクマさんの手を握って激しくシェイクハンズ。

 クマさんは合気道のような所作で手を振り解くと、目にも留まらぬ早業で後ろに跳んだ。


 僕は、さも慌てて見えるよう「失礼しました!」と大声で叫ぶと、二人の間に割って入って

「まだクマさんには”握手の礼”を講釈していないのです。」

と少佐殿に告げ、クマさんには

「手を握って振るのは、握手またはシェイクハンドと云って、敵意が無いことを示す仕草しぐさであり、挨拶の礼の一つなんです。」

と説明する。


 クマさんの反応を観るに、少佐殿と僕とが台本通りにこなしているとは考えなくても良さそう。


 少佐殿は憮然とした表情を緩めて

「これは失礼。」

と益々獰猛そうな笑顔になって「片山にも呆れたものだ。先ずは挨拶の仕草を御伝えしておかなくてはならないだろうに。」とうなり、クマさんに

「クマさん、と云われましたな。熊谷くまがい様か熊上くまがみ様、あるいは熊代くましろ様とお呼びすれば宜しいのでしょうかな?」

と語りかけた。


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