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海塩海岸上陸

 小型フェリー改装の特設砲艇「うしお」と「しお」は、座礁しないギリギリのラインにまで、遠浅の砂浜に進入した。

 吃水きっすいの浅い装甲艇3隻は、更に奥まで進出して清国兵の出方をうかがっている。


 しかし防備を固めているであろうと思われていた敵の姿は見えない。

 汐の船舶砲兵長であるレイノルズGunsoは、特大発上のミラー中尉に無線を入れた。

「こちらレイノルズ。海岸線一体、どこも静かなモンです。どうします?」


 特大発のミラー中尉も、武装ジープから立ち上がって海岸線の様子を観察していたところだったから

「ふむ。拍子抜けだね。」

と連絡を返した。

「キミとシューメイカーの105㎜を、一発ずつ丘の林のなかに撃ち込んでくれないか。それで何も無ければ95式軽戦車を上陸させる。」


 「了解。通信終わり。」

 レイノルズGunsoは甲板員に「前部歩板下ろせ。」の指示を出すと、車両甲板に載せている105㎜野砲に「射撃準備。」の命令を下した。

「目標、海岸線奥の丘。弾種、榴弾。着発信管。」

 それから無線を切り替えて潮のシューメイカー軍曹を呼び出した。

「友よ、仕事の時間だぞ。丘の森の中でくつろいで”いるかも知れない”敵に、着任の挨拶だ。」





 ミラー中尉は、特大発の後ろで海を埋めるように集結している福州・温州共同軍船団に無線を入れた。


 バートル級はそのまま砂浜まで乗り入れるのだろうが、宝船ほうせん級だと水夫を艀に移乗させる手間が必要なため、現在は轆轤ろくろ縄梯子なわばしごの操作で水夫一同が大童おおわらわだから、車騎将軍との連絡は難しいかも知れない、と考えていたのだが、意外にも簡単に相手が出た。

 どうも歴戦の武人でもある鄭芝龍は、座乗艦である大型船から既に、バートル級に席を移していたらしい。

『趙だ。車騎将軍に通知か?』


 「こちら戦車隊のミラーです。105㎜砲で前方の丘を叩いた後、特大発を突っ込ませます。」

と、通訳がミラーの言葉を先方に伝える。

 ミラー中尉は中国語が全くだし、日本語もカタコトなら話せるが流暢というわけではない。

 だから念には念を入れて、英語から日本語への通訳をカマしているのだ。

 先方は趙にしても鄭芝龍にしても日本語はペラペラなので、福州軍側で翻訳に関しての間違いが起こる可能性は小さい。


 『了解。揚陸用の艀への貨物の積み込みを急がせる。バートル級は既に第一波上陸準備を終えている。』





 シューメイカー軍曹は、潮の105㎜砲の準備が整ったとの報告を受けて、信号弾用ピストルで信号弾”青”を撃ち上げた。

 それを受けて汐の搭載砲が火を噴く。


 シューメイカー自身も「撃て!」と105㎜の操作班に命令を下す。


 小型フェリー改装砲艇2隻の車両甲板から、海塩海岸奥の丘陵に2発の砲弾が飛んだ。

 105㎜榴弾は、着弾と同時に大量の土砂と木片を空中に弾き上げたが、清国軍は居るのか居ないのか、全く動きがない。

 シューメイカーは次弾装填を命じたが、発射は待たせた。





 特大発が前進するのを見て、鄭芝龍もバートル級船団に出発を命じた。

 銅鑼どらが打ち鳴らされ、大きく旗が振られる。

 各バートルの漕ぎ手が「エイ! エイ!」と声を揃えて櫂を振るった。

 「潮が満ちているうちに、浜に乗り上げるのだ!」


 杭州湾奥は、干潮時・満潮時の潮位の差が5mに達するほど激しい。

 潮位が低くなってしまえば、ヘドロの泥濘でいねいが沖にまで広がり、舟から降りた歩兵の行動が困難になる。

 上陸作戦は時間との勝負だった。

 幸いにして清国兵の妨害は無いようだから、バートル級に乗船している第一波の兵は問題なく揚陸出来そうであった。


 ただし、刀槍兵のみの揚陸であれば兵(と数日分の糧食)を上げてしまえばそれで済むのだが、火力戦を行うとなると追加の火薬や銃弾を絶え間なく補充してやる必要が生じる。

 これが今までの”刀と槍”で決着が付く戦争との大きな違いであった。


 第一波のバートル隊は、兵を降ろしたら直ぐに宝船級大型船の元へと戻り、第二波の兵を積み込む。

 艀はその間、大型船と海岸とを往復して、補給品の揚陸を続けるという段取りだった。

 しかし、いくら吃水の浅い艀といっても、潮が干上がって泥底が広がってしまえば岸近くにまで補給品を運ぶのが困難になる。

 次の満潮まで時間待ちをしなければならなくなってしまうのだ。

 今現在、敵の姿が無いといっても油断は出来ないのであった。





 5隻の特大発が歩板を下ろすと、3輌の95式軽戦車(ハ号)と4両の武装ジープとが猛然と浜に駆け上がった。武装ジープには、ハ号の37㎜砲弾や武装ジープのM2機関銃弾を満載した被牽引車が牽引されている。


 搭載物を降ろして身軽になった特大発は、直ぐに後進をかけ海岸線から離脱する。このまま海岸線に留まっていても、潮が引いてしまえば身動き出来なくなるだけで、戦闘の帰趨には関与できないからである。

 特大発が戻ってくるのは、鄭芝龍の戦闘団が海塩占領を済ませて、戦車と武装ジープの支援を必要としなくなってから、ということになる。


 戦車とジープは散開して、橋頭保の防衛に就いた。

 内陸に向かって前進するのは、福州温州共同軍の揚陸が進んで、随伴歩兵の態勢が整うのを待たねばならない。

 ハ号の車長が

「どうします? 丘陵の手前まで進出し、伏兵がいないかどうかを探ってみますか?」

と意見具申したが、ミラーは「まあ、待て。」とそれを制した。

「小口径の砲くらい、隠れているかもしれん。この距離なら初弾命中は無いだろうが、至近距離だと食われる可能性が無いとは言えんだろう。兵の頭数が揃ってから、前に進む。」





 続々とバートル級艇から浜に降り立った福州兵は、戦車隊の陰に身を潜めて用意の弾丸を鳥銃に込めた。


 鄭芝龍は寧波滞在中に、鳥銃の元込め銃化を研究していたのだが、御蔵の銃が使用しているような薬莢や雷管を『明国の技術力では制作不可能』であると諦め、『火縄銃の射撃の効率化(速射性能の向上)』に工夫の方針を改めていた。

 辿り着いたのが、弾と火薬とを個別に分包しておく『早合はやごう(ペーパーカートリッジ)』で、これは特に新工夫というわけではないけれども、車騎将軍はそれを火縄や燐寸まっちと一緒にビニール袋に入れて、鳥銃兵個々に携帯させたのである。

 この工夫によって、着上陸戦闘にいても水濡れによる発射不能が回避できるようになったわけだ。

 ビニール袋2,000枚や燐寸の小箱2,000箱は、舟山の新町湯別館を通じて購入し、金銀で支払いを済ませてある。

 金銀は今まで御蔵勢が欲しがらなかったので、福州軍が台州や寧波の戦利品の分配品として唸るほど獲得していたから、鄭芝龍としてはここで使うのに惜しいとは思わなかったのだ。

(ただし新町湯の主人は「出来れば屑鉄で。」と申し入れをしてきていたのであったが、福州軍としても屑鉄より金銀の方が”余っていた”というわけだ。)

 購入した『水濡れしない魔法の袋』の価格は、鄭芝龍の感覚としては、性能の割には信じられないほど安価である、と思われた。





 橋頭保の鳥銃兵が1,000人ほどを数えたとき、ようやく清国兵が動きを見せた。

 丘陵の林に旗が林立し、銅鑼や喇叭らっぱが響くと、2,000ほどの槍兵が突撃を開始したのだ。

 また500ほどの軽騎兵が右手に迂回して、橋頭保の側面を衝こうという勢いを見せている。


 この時まだ、福州・温州共同軍第二波は海上にあり、揚陸が完了してはいなかった。

 清国軍としては孫子の兵法 行軍編に忠実に

『半ば済らしめて之を撃つは利なり。(渡河中の敵は、これを半分ほど上陸させてから叩くのが有利でる。)』

を実行したわけだ。

 一撃してサッと引けば、上陸部隊は負傷兵を抱えて作戦を断念する、と踏んだのであろう。


 しかし橋頭保に戦車や武装ジープが待ち構えていたことによって、清国軍の迎撃は目論見通りには進まなかった。

 95式軽戦車の37㎜砲と車載機銃、武装ジープのM2重機関銃が火を噴くと、敵の突撃部隊は見えない壁に突き当たったかのように突進が止まった。

 騎兵隊には、装甲艇3隻の砲塔・銃塔から57㎜榴弾と機銃弾とが降り注ぐ。

 オマケに丘陵の敵攻勢開始地点には、105㎜砲弾が武装フェリーから叩き込まれ、旗も木々をも沖天に巻き上げる。

 橋頭保の福州軍鳥銃兵は、自分が抱えている銃の有効射程にまで、敵を迎え入れることすら皆無だった。

 火蓋を切って狙いをつけてはいたのだが、引金を引くまでもなく敵が壊乱したからである。


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