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オハヨウからオヤスミまで、かつ夜中にも

 「着弾今。」

 観測員が淡々と事実を述べる。

 

 対岸の篝火かがりび群の真っ只中で、まばゆい火柱が上がった。

 貨車山砲の進出地点周囲で、紹興側の河岸を固めている明石掃部の鳥銃兵が、怒号のような歓声をあげた。

 彼ら明石隊といえば騎馬銃隊が有名だが、今は哨戒兵を除いては下馬戦闘の態勢で、鳥銃歩兵として陣地守備に就いていた。


 その一方で、砲撃を行なった貨車山砲A班の面々には、そこまでの感慨は無い。

 昼間の内に進入点から敵陣までの測距は終えているし、こちら側の岸を押さえているのが同盟軍の精鋭であるから敵の浸透戦術を警戒しなくても良いわけで、砲撃が滞りなく遂行されたことには何の不思議もないからである。

 狙い通りに75㎜砲を撃ち、期待された通りの成果が出た、というだけの事だ。


 「よし。次弾装填。」

と班長が気負いなく指示を出す。

「照準は方位そのままで、距離は増せ200。今度は暗がりの中にブチ込むぞ。篝火から離れて震えている奴らのケツを、蹴り上げてやれ。」


 今回の発射弾数は2発。

 撃ち終えたら直ぐに、陣を払って城下の駐屯地に後退する予定である。

 自動貨車に搭載してある山砲だから、進入・撤収に手間いらずなのは有難かった。





 百道中尉はサイコロを振った。

 出た目の数は4である。

 「じゃ、次は4時間後に。砲弾は2発。」


 富春江岸に進出した貨車山砲1輌が砲撃を終えて戻ってくると、中尉はそれを労い、次の攪乱砲撃の計画をB班に告げた。


 2輌の貨車山砲はA班、B班の二つに分け、各班が交互に出撃する手筈てはずだ。

 出撃の間隔は清国守備兵に悟られぬよう――と言うよりはむしろ常時敵を緊張状態に置いておく目的で――ランダムに行うためにサイコロを振って決める。

 一度の出撃で消費する砲弾の数は、奇数なら3発、偶数なら2発だ。


 照準には一応の目安めやすを付けてはいるが、事実上は適当で、各班班長の裁量である。

 関仁隊の着上陸阻止に成功した清国軍は、気を良くして河岸陣地の守備兵を増やし、対岸には兵が”ひしめいている”状態だから、どこに75㎜榴弾が着弾しても一定の効果を期待できるという理由からだ。


 また日が昇っている間には、それに加えて装甲艇の57㎜が、これまたランダムな間隔で砲撃を行なうし、紹興仮説滑走路からは複葉の94式偵察機が投下筒に砂利弾を詰めて、偵察を兼ねた空襲を行なう。


 清国軍兵士は慣れぬ非対称型戦闘に持ち込まれて”眠れぬ昼夜”を過ごすことになるわけで、3日間も続ければ疲労困憊して士気はダダ下がりになるだろう。


 それに加えて、杭州湾では車騎将軍(鄭芝龍)が海塩かいえん上陸を画策中だ。

 海塩海岸に鄭芝龍の軍団が進出すれば、杭州の敵には一気に動揺が走るだろうことは間違いない。

 紹興の南明軍が富春江を越えるには、そこまで時を待つ方が『より労少なくして敵をくだす』ことが出来る。


 また関仁隊負傷者を後送した大発は、更に貨車山砲と75㎜砲弾、装甲艇用57㎜砲弾の補充を積んで戻ってくる予定だから、火力支援を担う百道支隊としてもそれまでは砲弾を節約しながらの持久戦を遂行するのが理に適った戦術であると言えた。





 寧波から戻って来た大発を出迎えた百道中尉は

「なんだぁ、こりゃあ!」

と、当惑を隠せなかった。


 予定通りに75㎜砲弾と57㎜砲弾は届けられたのだが、追加の貨車山砲(もしくは97式81㎜曲射歩兵砲)が積まれていなかったからである。

 その代わりだというのか、大発の荷台には妙な被牽引車トレーラーを牽引したジープ2輌が鎮座していた。

 被牽引車の足回りは見慣れた米軍仕様の物なのだが、上に載っているのは蓮根れんこん型に鉄パイプを6本束ねた『砲』とは呼びにくいシロモノで、中尉は『輪胴式拳銃リボルバー薬室チャンバーのような……』と感じた。


 「煙幕放出機ネーベルヴェルファーの新型ですよ。ドイツ軍が開発中の。発射音が金切り声みたいにひどいんで、『なげきのミニー』って綽名あだなが付けられてしまいましたが。」

と、大発に便乗してきた米軍操作班の曹長が説明するが、丸っきり弁解のような口調だった。

「Mikuraの工場で製作したブツでしてね。エリオット技師長殿が、是非とも試射させてもらって来い、と。設計図はスパイが仕入れてきてたモノらしいのですが……」


 「煙幕放出機か……。」

 百道は腕組みした。

 エリオット技師といえば、155㎜カノン砲『ロング・トム』で寧波砲撃を成功させた人物である。


 確かに富春江を煙幕で覆えば、渡河の最中に敵弾の命中率を下げる効果はあるだろう。

 しかし、今欲しいのは火力支援用の火砲なのである。

 中尉は大発にゴッソリ積み込まれてある木箱に目をやった。

「実験に協力するのは、やぶさかではないのだけれどね。けれども、今は火力を必要としておるんだ。煙幕弾を山のように持って来られてもナァ。」


 すると米軍曹長は慌てて

「いえ、煙幕弾ではありません。150㎜ロケット砲弾です。煙幕放出機は、コードネームですよ。」

と木箱を開けて中を見せた。

「これを一度に6発、敵陣に撃ち込めるという火砲です。」


 「噴進弾ふんしんだんか! しかも150㎜。」

と百道は目をいた。

「それで砲身が、あんなに薄いのか!」


 曹長は「ええ。砲身の耐圧性が必要なくなりますから。」と頷き

「ドクター・エリオットは、個人が携帯できる肩撃ち式の80㎜クラスのロケット砲も開発中みたいですね。城門や望楼を攻撃するのに便利だろう、と。推進剤は化学工場で作れますし、鉄資源の節約にもなるみたいですね。」

と結んだ。


 「早速、試射してみようじゃないか。」

と百道は煙幕放出機の砲身を撫でた。

「貨車山砲の砲撃は一回休みだ。次は”こいつ”の実力を観てみよう。」

 そして「こいつは、前線までジープで曳いて行けるんだね?」と曹長に確認した。





 河岸に進出した煙幕放出機1基の発射準備を終えると、米軍曹長は

「試射準備完了。音がスゴイですからね。注意して下さい。鼓膜をやられますから。」

と皆に耳を塞ぐように要請した。

 通訳が明国語で、周囲の陣で興味深そうに身を乗り出している南明守備兵にも、大声で注意する。


 「じゃ、撃ちます。」

と曹長が宣言した直後、辺りは

ヒーン、もしくはギーンという、凄まじい轟音に包まれた。

 同時に『煙幕放出機』というコードネームにたがわず、モクモクとした黒煙が充満した。


 対岸の清国軍陣地には、150㎜砲弾着弾の閃光が次々に6回瞬き、巨大な火柱と土煙が盛大に噴き上がった。

 少し遅れて、腹に響く雷鳴のような轟音が轟いてくる。

 照準は野砲やカノン砲に比べれば”大雑把おおざっぱ”なのかも知れないが、面を制圧するという能力に関しては恐るべき威力を有していると評価せざるを得ない。

 着弾点付近に散開していた敵部隊は、一瞬の内に信じられないほどの被害を出したことだろう。


 百道は内心――あの下には居たくないものだな――と舌を巻いた。

 そして「砲火力としても、煙幕放出装置としても……どっちにしても凄い威力じゃないか。」と曹長に告げた。


 が、当の米軍曹長は耳を抑えるのが遅れたらしく

「え? よく聞き取れません。」

と困惑した顔で百道に応えた。


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