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弘光帝の南征?(14)

 伝令の報告に礼部尚書以下は色めき立ったが、藤左ヱ門は

「して、その巨船は帆によって動きおるのか? あるいはまた櫂によって進みおるか?」

と問いを発した。


 伝令は「帆はありませぬ。」と答えた。

「櫂を使っておるやら否やは、遠眼鏡にても視ることあたわず。」


 藤左ヱ門は皇帝に一礼すると

「我らの身を案じた御蔵の鉄船かと思われますが、念のために部下に鉄砲を持たせておきまする。御免ごめん。」

と告げ、その場から大声を発して駆け出した。

「誰かある! ライフルを持て! 各々、手榴弾も用意!」


 騒ぎ出した南安伯館内の文官・武官に弘光帝は

「静まれ!」

と一声鋭く叱責を浴びせると

「その方らも、慌てておらずに弓か槍なりとも用意せよ。」

と今度は穏やかに命じた。

「ま、役に立つか立たぬかは、朕にも、とんと”分からぬ”が、な?」


 その落ち着き払った采配には、黄道周も

「お見事!」

と称えるしかなかった。


 普段は口煩くちうるさい礼部尚書から手放して褒められて、『不出来な』皇帝は照れた。

「いや、御蔵の連発鉄砲でもかなわぬ敵が寄せてきたのなら、打つ手立て無しとはんじたまで。かと言うて、ぼーっと待っておるのも手持無沙汰てもちぶさたであるしのぅ。」


 女官の杜虹隠が落ち着き払って

甲冑かっちゅうをお召しになられますか?」

と問うたが、「よい、よい。」と皇帝は笑って断った。

「昨日の鉄砲演武を見たであろ? 重いだけじゃ。よろいで新式銃の弾は防げぬ。」


 そして「その方、年若の女人にょにんの身に似合わず、肝が据わっておるな。」と杜虹隠の落ち着きぶりを称えた。「朕など、膝が笑っておるわ。」


 これには杜虹隠も「まあ、おたわむればかり。」と笑顔を見せた。

「先ほどからの立ち居振る舞い、物語に読む劉備将軍のように、頼もしき御姿でございました。」





 港に入港してきた鉄船には、明の旗と鄭芝龍の旗とが掲げられていた。

 藤左ヱ門はそれを確認すると、傍らに立つ施琅に双眼鏡を渡した。

「御蔵の船に相違ございませぬ。およそ、車騎将軍もお乗りになられた翠光丸すいこうまるかと。」


 翠光丸は排水量5,860t、貨物積載重量9,100tの貨物船である。

 港に停泊している他の木造船に比べれば、超巨大船と呼んで差し支えなかろう。

 逓信省ていしんしょう標準船A型(排水量6,400t)よりは小さいが、喫水は8.3mあるから座礁のリスクがある港の奥までは入ってこれない。湾口で停止した。

 煙突から上がる排気煙と、貨物の積み込み・積み下ろし用に使う5tデリック×6と30tデリック×1とが屹立きつりつする威容のせいで、初見の者には怪物のように見えたに違いない。


 施琅は食い入るように双眼の遠眼鏡で翠光丸に見入っていたが

「お味方と聞いて、安堵あんどいたしました。」

と肩の力を抜いた。「戦になって小舟で攻め寄せる運びになっても、彼の船に登る段取りすら頭に浮かびませぬ。」


 施琅は、船着き場に駆け付けた水軍衆に

「彼の船は、お味方じゃぁ! 御蔵様の船なるぞ!」

と大声で周知してから、藤左ヱ門から”さり気なく”手渡された双眼鏡が、実は恐るべき高性能の遠眼鏡であることにようやく気付いた。





 デリックで降ろされた内火艇には、車騎将軍の弟である鄭芝鳳ていしほうや翠光丸の一等航海士らが乗り組んでいて、小倉船団の捜索のために南竿島を訪れたことを告げた。

 藤左ヱ門が「御心配をお掛け致しました。」と顔を見せると、内火艇の一行は喜びの声を上げた。


 藤左ヱ門は

みかど御自おんみずらが、皆を南安伯館に招きたい、と申されておりますが……」

口籠くちごもった。


 鄭芝鳳が先を促すと、藤左ヱ門は

「その前に、是非とも御蔵の鉄船に乗ってみたい、と……。」


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